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まずは、報道の記事をお読み下さい。 下に行くほど古い記事になります。 <<イラン人一家退去>円満帰国条件に法相「配慮したい」> 最高裁で強制退去処分が確定したイラン人のアミネ・カリルさん(43)一家について、長勢甚遠法相は13日の閣議後会見で「不法残留を反省し、早く自主的に出国することが確認されれば、長女の留学にはできるだけの配慮をしたい」と述べた。一家が円満に帰国すれば、群馬県内の短大に合格した長女マリアムさん(18)の再入国を認める方針だ。 アミネさんは9日、一家全員が帰国するという文書を東京入管高崎出張所(高崎市)に提出するとともに、長女が留学できるよう在留資格認定証明書の交付を申請していた。東京入管は13日午後、アミネさんから帰国の日時や方法について改めて事情を聴く。 2月13日 毎日新聞(11時13分) <<イラン一家>13日に入管へ出頭 帰国に向けて> 不法残留し、最高裁で強制退去処分が確定している群馬県高崎市のイラン人、アミネ・カリルさん(43)が帰国に向けて13日、東京入国管理局(入管)に出頭する。アミネさんは今月9日、高崎市の東京入管高崎出張所で一家全員が帰国するという文書に署名し、同所から13日に東京入管に行くよう指示されたという。 2月12日 毎日新聞(3時5分) <イラン人一家に退去方針> 約16年前に来日して不法残留となり「帰国すると日本で育った子どもが適応できない」との理由で、一家4人の在留特別許可を求めているイラン人アミネ・カリルさん(43=群馬県在住)に対し、東京入国管理局は8日、在留を許可せず退去させる方針を伝えた。 東京都内で記者会見したアミネさんは「子どものことを考えると帰国する気持ちはありません」と話した。代理人の弁護士は、あらためて在留特別許可の再審査を申し立てる方向で準備を進める。 群馬県内の短大への進学が決まっている高校3年の長女マリアムさん(18)は「自分の人生は自分で選びたい。せっかく短大に合格できたのに。絶対、友達みんなと卒業したい」と訴えた。 8日は強制退去の猶予措置である仮放免の期限に当たり、東京入管は一家について来年1月12日までの仮放免を認める一方、帰国の準備をするよう求めた。 アミネさんは1990年に来日。翌年に妻(39)と当時2歳だったマリアムさんを呼び寄せ、96年に二女(10)が生まれた。4人は99年に在留特別許可を求めて東京入管に出頭したが、強制退去処分を受けた。 2000年に処分取り消しを求め東京地裁に提訴したが、今年10月の最高裁決定で敗訴が確定。在留特別許可の再審査を求めていた。 二女も地元の小学校に通っており、アミネさんは「日本語しか話せず、日本の文化しか知らない子どもたちはイランで生活するのは不可能」と主張している。 2006年12月8日 日刊スポーツ <日本人が好きなのに…在留特別許可求めるイラン人一家 > 10月に最高裁で強制退去処分が確定し、法務省に在留特別許可を求めている高崎市新町のアミネ・カリルさん(43)=イラン国籍=は不安な日々を過ごしている。育ち盛りの娘2人を抱える一家の大黒柱。「特別許可が出ると最後まで信じたい」と希望を捨てないでいる。(大竹直樹) 「法務大臣に会ってオーバーステイを謝り、特別許可をお願いしたい」 アミネさんが許可を求め、法務省や東京入国管理局(入管)に出した手紙は20通以上。長女のマリアムさん(18)=高校3年生=も長勢甚遠法相に手紙を書いた。 アミネさんが特別許可を求めて法務省に提出した署名は約4300人分。マリアムさんの中学時代のクラス担任からも人道上の見地から嘆願書がを出され、国外退去を猶予する「仮放免」期間の1カ月延長が10日に決まった。 しかし、「悪いニュース」が飛び込んできた。長勢法相が21日、会見で在留特別許可に否定的な見解を示唆。保育士を夢見て勉強を続けてきたマリアムさんは、1週間前に高崎市内の短大保育学科に推薦合格したばかり。「イランに帰るより死んだ方がまし」と肩を落とした。 アミネさんは今、「娘の夢を壊すくらいなら、正直に出頭せず、オーバーステイのまま生活した方がよかったのだろうか」と自問自答している。 平成2年にアミネさんは来日。イランでは洋服店を経営していたが、イラン・イラク戦争が起きたため店をたたみ、日本へ逃れた。家族の生活費を稼ぐためだった。約1年後、妻のアキラム・ファロキさん(39)と当時2歳のマリアムさんを日本に呼んだ。土木工事や解体作業をしながら生活費を工面。8年には二女のシャザデちゃん(10)が生まれた。 「不安のまま生活するのが嫌だ」 スクスクと成長する娘たちの姿を目の当たりにしたアミネさんは、こんな思いを強め、出頭を決意。11年に在留特別許可を求めて入管に足を運んだ。だが、特別許可は認められず、茨城県牛久市の入管収容所に10カ月間収容された。家族とは離ればなれになった。 「せめてあと半年、出頭を待てば…」 妻のファロキさんが悔しがる。外国人支援団体「APFS」を通じて、一緒に出頭した5家族のうち、中学生以上の子供がいた家族は在留を許可された。当時、長女のマリアムさんは小学6年だった。 それから6年。アミネさん一家は最高裁で敗訴後、マリアムさんの短大進学やシャザデちゃんの成長などを理由に法務省に再審査を申し立てている。 「娘はイランで絶対に生きていけない。文化が違い過ぎる。私たちは戦争のない日本と日本人が好きです」 アミネさんは、近所の人からもらったお守りを握り締めた。12月8日。再度の出頭要請日はあと2週間に迫っている。 2006年11月24日 産経新聞 日本は法治国家です。入国管理法(出入国管理及び難民認定法)と照らし合わせ、在留が認められないのであれば退去となるのは法治国家として当然だという考えもあるでしょう。 しかし、どうしても何とかならないものか?と考えてしまいます。 何とか18歳の長女は日本に滞在できそうだけど、日本に生まれて日本しか知らない10歳の次女を含め他の3人はイランに「帰国」せざるを得ないようです・・・。 本当に、何か方法はないものでしょうか? このイラン人の方、同情どころか、尊敬までしちゃういます。戦争で店がダメになっても諦めず、日本に密入国して、肉体労働でお金を稼いで、子供をちゃんと育てて・・・。こんな苦労、今の日本人に出来ます? あまりにも可哀想すぎますよね・・・。 法律云々以前に、ただただ可哀想だという感情が沸いてきます。 今回のようなケースはこれからも出てくるでしょう。 どの様に入国してこようが、日本に相当年住んでいて、日本での生活が根付いていて、国に帰れば生活に支障をきたす等の条件がそろえば、日本にずっといられる様に法律を改正することって出来ないのかなぁ・・・。 日本は人口減少で超高齢化社会に突入するんだから、それくらいのことしてくれたっていいんじゃない・・・?
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この人や関連する施設、子供達が通っている学校には機動隊行かないの? 車庫飛ばしと密入国だとどっちが重たいだろうか。。。論点ずれてすみません。
2007/2/13(火) 午後 11:44
アッパマンさんコメントありがとうございます。教育の場に警察は酷いですよね。ありゃないね。嫌がらせ?って思いました。それを報道するマスコミも含めて・・・。最近そういうのが多いですね。
2007/2/14(水) 午前 0:32
fwapyさんトラックバックありがとうございます。とてもいい記事なので、皆様も読んでくださいね。
2007/2/14(水) 午後 10:32
私もこの記事、fwapyさんとこで読みました。あと、外国人のお嫁さんを持つ方のブログにも心情が綴られていました。なんとも胸が痛いです。今、日本で訴える人権て何なんでしょうね?色んな意味で辛いです・・・
2007/2/14(水) 午後 11:15
僕もこの件に関して記事にしました。よかったらご意見聞かせて下さい。
2007/2/16(金) 午後 7:00
マリリンさんコメントありがとうございます。どこから見ても気の毒な状況を切り捨てる世の中はイヤですよね。
2007/2/22(木) 午前 0:10
まっちゃんさんコメントありがとうございます。今から見に行きまーす。
2007/2/22(木) 午前 0:11
ぼくは、2回イランに行って、38日滞在しました。その時会ったイランの人はたいてい、日本にいたときのことを懐かしがって、また日本に行きたいといっていました。“だけど、ビザが下りない、あなたは日本に帰れていいですねえ”といっていました。今日、イランの人のことを書きました。よかったら覗いてください。
2009/1/21(水) 午前 11:51 [ moriizumi arao ]