リムジン川

リムジン川は、朝鮮半島の軍事境界線を沿うように流れる川です。

仲良くしよ〜

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 歴史認識をめぐって、日本政府は、たびたびアジアの国々から批判を受けています。


 例えば、中国政府は、第二次世界大戦の侵略行為に関する政治家の発言、戦犯に関する発言、靖国神社の参拝、右傾化した教科書について、日本(政府)や日本の政治家の歴史認識は間違っている、おかしいとたびたび主張します。


 しかし、この「歴史認識」って言葉、わかっているようで実体をつかめない言葉です。ちょっと難しい言葉のように思えます。

 歴史認識って何でしょう・・・。


 「認識」という言葉を辞書で調べると、「ある物事を知り、その本質・意義などを理解すること。また、そういう心の働き。」(大辞泉)「物事を見分け、本質を理解し、正しく判断すること。また、そうする心のはたらき。」(大辞林)と書いてあります。

 すると、「認識」のプロセスは、

1 ある事実を正確に知る。
2 その事実がどのようにして起きたのか。なぜそうなったのか。様々な角度から掘り下げる。
3 その事実の本質的な部分を考察する。
4 考察の結果、到達したところを結論づける。

ということになるのでしょうか・・・。


 「認識」の前に「歴史」をつけ、「歴史認識」とすると、

1 ある歴史上の事実について正確に知る(調べる)。
2 その歴史上の事実がどのようにして起きたのか。なぜそうなったのか。様々な角度から掘り下げる。
3 2の掘り下げから、重要な点に着目し、本質と思われる部分について考察する。
4 考察の結果、到達したところを結論づける。

となりそうです・・・。


 しかし、多くの場合、日本とアジアの国々との間で、歴史上の事実として認めている部分に隔たりがあります。また、歴史上の事実についての様々な角度からの掘り下げはあまり行われていないように感じます。お互い認めている事実に隔たりがあり、深く掘り下げることもなく結論について、ああだこうだと言い合っても、分かり合えないのは当然だと思う。


 日本は、朝鮮半島を植民地化したことや、アジアの国々を侵略したことなどについて、「歴史認識」まで至っていないのだと思う。「日本の歴史認識は間違っている」のではなく、「日本は歴史認識をしていない」のだと思う。


 歴史認識のプロセスについて、私の考えるところを何回かに分けて投稿したいと思います。

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三人の石切職人

 皆さん、「二人の石切職人」の話をご存じですか?

 私は、この話が大好きです。

 ちょっと、この話を私流にアレンジしてみました。




〜三人の石切職人〜



 旅人が、ある川のほとりを歩いていました。



 その川では、新しい橋が建設されているところであり、建設現場では、三人の石切職人が働いていました。



 その仕事に興味を持った旅人は、一人の石切職人に聞きました。

 「あなたは、何をしているのですか?」

 すると石切職人は不愉快そうな表情を浮かべ、ぶっきらぼうに答えました。

 「このいまいましい石を切るために、悪戦苦闘しているのさ。」



 そこで、旅人は、もう一人の石切職人に聞きました。

 「あなたは、何をしているのですか?」

 すると、その石切職人は、目を輝かせ、明るい声で答えました。 

 「私は、たくさんの人々が往来し、たくさんの荷物を積んだ車が通る、立派な橋を造っているのです。」

 さらに、旅人は、その石切職人に聞きました。

 「それでは、あなたの造っているこの橋は、どこに架かるのですか?」

 すると、先ほどまで目を輝かせていた石切職人は、怪訝そうな表情を浮かべ、浮かない声で答えました。

 「どこにって・・・、橋なんだから、対岸に架かるに決まっているじゃないか。」



 そこで、旅人は、三人目の石切職人に聞きました。

 「あなたは、何をしているのですか?」

 すると、その石切職人は、目を輝かせ、明るい声で答えました。

 「ええ。私は、人と人を結び、様々な荷物を積んだ車が通る、すばらしい橋を造っているのです。」

 さらに、旅人は、その石切職人に聞きました。

 「それでは、あなたの造っているこの橋は、どこに架かるのですか?」

 すると、その石切職人は、さらに目を輝かせ、生き生きとした声で答えました。

 「この橋は、未来に架かります。この橋を渡った人が対岸で新たな出会いを見つけるでしょう。人々の様々な思いを託した荷物がこの橋を渡るのです。そして、ある人は、一歩、また一歩と踏みしめるたびに、二度と祖国を分断させないと心に誓うことでしょう。」



 何をしているのか。

 それが、我々の「行動の価値」を定めるものではありません。

 その行動の彼方に、何を見つめているのか。

 それが、我々の「行動の価値」を定めるのです。



 20XX年 夏のある日




追記

 現代の工法では、橋を架けるのに現場で石を切るということはありません。初めは、「三人の鉄筋職人」にしようかなって思いましたが、「石切職人」の方が何となく味があるので、石切職人にしました。

 前回は、近所の在日コリアンの家族が引っ越してしまい、その後手紙のやりとりをしていたところまで書きました。今回はその続きです。

 話は小学6年生(だったかな・・・?(うる覚え))に飛びます。

 当時、ラジオの深夜放送を聞くのが好きでした。中でも、ある漫画家がパーソナリティーを努めている番組は毎週欠かさず聞いていました。(他にも、何本か欠かさず聞いていた番組はありましたが・・・。)

 ある日ラジオ番組が始まると、冒頭で「私は在日朝鮮人です。今までそのことを隠してきました。このことを言おうか言うまいかずーっと迷っていましたが、今日、言うことにしました。」というようなことを静かに語り始めたのです。私は、このパーソナリティーの言うことが理解できませんでした。在日朝鮮人であるというところまでは理解できたのですが、そのことを隠してきたということと、言おうか言うまいか迷ったということについては、なぜ?という疑問が浮かんだのです。

 小学3年生の時より少しだけ大きくなった私は、図書館で調べることにしました。本を効率よく探す方法を知らなかったので、ものすごく時間がかかったのを覚えています。1度だけでなく何度も図書館に通いました。選んだ本の半分以上は難しくて理解できないものでしたが、何とか読めるものもありました。

 そして、朝鮮半島を日本が植民地にしたことや、日本語と日本式の名前を強要したことを知りました。強制連行のことも知りました。日本で差別的な扱いを受け、その差別が現在も続いていることも知りました。(漫画家のラジオ番組でも、在日朝鮮人の歴史や差別について触れていたので記憶がごっちゃになっているかもしれません・・・。)

 近所の在日コリアンのお姉さんからお別れの時にもらった手紙の意味をやっと理解できたのはその時でした。言葉では表現できない、なんともやるせない気持ちになったのを覚えています。今でも、時々その時の感情を思い出します。

 小学校の社会科の授業で、日本の歴史を学習します。第二次世界大戦についても勉強します。しかし、教科書に書いてある、日本と朝鮮の関係は「加害者としての日本」という半ページくらいしか割いていないところに、たった1〜2行書いてあるだけでした。たったのこれだけ?と思い、なぜだかものすごく悔しい気持ちになりました。うん、その時の感情は悔しいというのが最も正確ですね・・・。


*ラジオ番組のパーソナリティーを努めていた漫画家の経歴を調べたら、在日コリアンであることは書いてありませんでした。ゲストの話と記憶違いをしているのかもしれません。

*小学校で主に歴史を学習するのは5年生で、6年生では主に公民を学習するので、授業中に読んだ感想ではなく、後で読み返した時の感想かもしれません・・・。

 子供の頃、近所に在日コリアンの家族が住んでいました。その家族には私と同じ年代の子供がいました。女・男・女の3人兄弟でした。1番年上のお姉さんが私より1歳年上で、2番目の子が私より1歳年下でした。よく一緒に遊びました。とても仲の良い兄弟で、3兄弟は一緒にいることが多かったです。よく近くの公園で遊びました。どこにでもありふれた、極々普通の近所の子供同士の関係でした。在日コリアンであることや、民族学校に通っていることを、どうやって知ったのかは覚えていません。

 近くの書道教室にも一緒に通いました。(3兄弟のうち、上の2人が書道教室に通った。)書道教室では2番目の男の子とよくふざけ合いました。で、そのたびにお姉さんに怒られました。

 ところが、私が小学校3年生の時、その家族は引っ越すことになってしまいました。引っ越しの日、私はお別れをしに3兄弟に会いに行きました。お姉さんは私に手紙とお別れのプレゼントを用意してくれていました。子供同士のお別れって、大人みたいに大袈裟にならないんですよね。いつものように公園で遊んで、夕方になって、それぞれの家に帰るようなお別れでした。

 家に帰って、手紙を読みました。手紙の内容は、今ではあまり覚えていません。ただ、最後の方に、「これが私の本当の名前です。でも絶対に秘密です。誰にも言わないで下さい。」と書いてあって、カタカナの名前が書いてありました。小学3年生の私には、それがものすごく不思議なことだったのですが、口止めをされていることもあり、その疑問を解決するすべを知りませんでした。と同時に、ひょっとするとこれはものすごい重大な秘密かもしれない、この手紙が見つかったら大変なのかもと思い、手紙を引き出しの奥にかくしました。

 きっと、ご両親から、外では朝鮮名で呼び合っては絶対にダメだよ。とか言われていて、子供なりの生真面目さでかたくなにそれを守っていたんでしょうね。

 その後、しばらく、3兄弟と言うかお姉さんと手紙のやりとりが続いていましたが、少しずつ間隔が開くようになり、いつの間にか途絶えてしまいました・・・。


                                  (後編へ続く)


 う〜ん。鮮明に覚えていると思っていたことが、文章にしてみると、うる覚えだ〜。

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