凛と蘭と気まぐれ日記

東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

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旧上灘駅前の広場にはモニュメントがあったが、芸術というジャンルにまったく疎い私にとって意味を理解するのは困難であった。
あとで分かったことだが、作品名は「To the Sky」だった。
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しばしの休憩が終わり、打吹駅跡を目指して出発。
 
長い直線の途中で、道路をはき掃除している人を発見。近所の人々のこうした努力があってか、道路上にごみは一つも落ちていなかった。
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長い直線が終わり、打吹山が迫ってくると、清水病院の裏側あたりで美作街道と合流する。
 
石畳の舗装とも一端ここでお別れとなる。
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美作街道の歩道と兼用となる交差点。歩道は、平板ブロック舗装となり、歩きやすい。
 
自転車もこの舗装のほうが走りやすいらしく、多く見かけるようになる。
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カーブを回りきると、再び美作街道と別れ、線路跡となる。ここから再び石畳風の舗装が復活する。
 
この辺りからは、街路樹が一変する。花木にまったく疎い私には、木の名前がわからないのだが、「ヤマボウシ」のように見える。白い可憐な花が美しい。いずれにしても、「ハナミズキ」の種類の一つではないだろうか。
 
通路のど真ん中にでっかい石が鎮座している。あれもモニュメントの一つなのだろうか。イメージ 8
近づいてみると、一つの石に見えたその物は、半分に割れた石で、中はくり抜かれてベンチになっていた。
 
このモニュメントのお題は「時空」。旧倉吉線開通と廃線の時を表現しているらしい。
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出発から2時間近く経過し、旧打吹駅付近に到着。倉吉駅から4.2kmに位置している。
 
打吹はもともと倉吉の中心地で、一時は倉吉駅となっていた。山陰本線がこの地を通過しなかったので、現在の倉吉駅(上井駅)に名前を譲り、かろうじて倉吉線という名称だけは残したのである。
 
旧打吹駅跡(厳密には少し位置が異なるが)には、倉吉線鉄道記念館があり、その近くに「C11 75」が静態保存されている。
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C11は、昭和49年までこの路線の主力列車として活躍した。
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今は動かないC11。カメラワークで、車輪を少し動かしてみた。
 
テクニックがいまいちなので、これが精いっぱいだけど、動いているように見えないだろうか。
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続いて、鉄道記念館を見学。この記念館、中は無人で、電気は利用者が点灯するシステムとなっている。
出るときは、消灯することを忘れずに。
 
記念館の内部には、写真パネルや倉吉線に由来する品々が展示されていた。
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貨車移動機の雄姿。
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旧打吹駅があったと思われるスペース。今は駐車場となっている。
 
この付近には、かつて商店街や映画館などがあり、倉吉の中心街であったが、今は見る影もない。
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この先、関金方面へと向かう旧倉吉線だが、小鴨川を超えて西倉吉に入るまではまったく路盤が残っていない。
 
今は、道路に改良され役立てられている。
 
私もここから、バスで西倉吉に移動することにした。(さらに続く)
イメージ 5
 
 

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線路の名残があるけど、元々線路があったなんて知らなければ、何も分からないで通っているのでしょうね。

2011/5/5(木) 午後 8:58 まつ 返信する

まつさん。
ほとんどの人が、何も分からずに通っているでしょうね。後半訪れる地域には、今でも線路が残っているらしいので少し期待しております。

2011/5/6(金) 午前 8:17 りんらんぱぱ 返信する

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