凛と蘭と気まぐれ日記

東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

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凛と蘭の受難

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父が亡くなったのは5月の日曜日の午後。我が家から実家へは、車で片道3時間かかります。(同じ、島根県なのですが)いつかはこういう事態になると思いながらも、いざというときの準備はしてきませんでした。一番困るのが、凛と蘭の処遇です。
 
この子達は甘やかされて育ったので(甘やかしたのは私ですが)、他人に対する免疫がほとんどありません。以前、ピンポンダッシュの項でも書いたように、訪問者があるとすぐに逃げる2匹なのです。今までは、実家に帰るのは1泊2日と決めていて、多めにエサを与えるようにしていました。しかし、今回ばかりは1泊2日というわけにはいきません。日曜日は深夜に自宅に帰ってきたのですが、月曜日から木曜日までは帰れない事態となりました。
 
そこで急遽頼んだのが、妻の妹でした。犬を飼っているので、フンの始末もそんなに嫌がらずにやってくれるだろうと思い、頼み込みました。「いいよ。」と抵抗なく受け入れてくれたので、これ幸いとお願いしました。
 
次の日からは、妻がメールでやり取り。初日、「いい子してたよ。」に一安心。2日目、「ノープロブレム。」3日目、「よし。」だんだん、短くなるメールに、「ホントに大丈夫か?」と妻が電話していました。
 
義妹によると、初日はさすがに2匹ともビックリしたようですが、「あんた、誰?」って感じで見ていたそうです。2日目からは、さすがに寂しかったのでしょう、義妹が家に入ると近寄ってきてスリスリしたそうです。ちなみに、2匹が寄り添ってソファーの上で寝ていたようで、この辺りに一番毛が多く付いていました。
 
私たちが帰ったときは、2匹とも少しシランプリ。突然置き去りにされたことに、ご立腹のようでした。しかし、夜は仲良くみんなで就寝。
 
蘭の「おとう、もう置いていかんでね。」と言う涙ながらの訴えに、ちいさくうなずく私でした。

丸亀製麺/松江市学園

島根にあるうどん屋は、だいたいそば屋を兼ねていて、「出雲そば、讃岐うどん」と幟が立っている店が多いのですが、注文してみると「これって讃岐うどん?」と首をかしげるような代物が多いのが現実です。
 
近年「はなまるうどん」が松江に2店舗できたのですが、本場に比べるとどうも物足りない感じがしていました。中でも「ひやかけ」がメニューに無いのは、どうにもいただけない。
 
ところが、昨年辺りから「丸亀製麺」が進出してきたようで、出雲を皮切りに松江にも2店舗オープンしました。オープン直後に一度出かけて見たのですが、長蛇の列に断念し、先日ようやく仕切りなおしで行くことが出来ました。
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店に入ると、「ひやかけうどんフェアー」なる幟が何本か立てられていました。「やったー、ひやかけが食べられる。」喜び勇んで店内に入りました。
 
開店直後の混雑はなかったものの、はなまるに比べると明らかにお客さんの入りは良いようです。しばらく行列に並んだ後、私の注文する順番がきました。
 
まよわず「ひやかけ中。」と注文。店の人は「並ですね?」と聞き返す。「そうか、ここはそういう呼び方なんだ。」と思いながら、うなづきました。
 
テーブルに並べられたトッピングを選びます。またまた、うれしいことに穴子の天ぷらがあったので迷わずそれを選択しレジに向かいました。
 
ここの店は、支払いを済ませたあとで、薬味、だしを自分で入れる方式となっています。ただし、ひやかけのだしだけは、注文と同時にかけてくれるようです。
 
レジには店員さんが二人いて、わたしの丼を指差し「これがひやかけね。」ともう一方の店員さんに教えています。どうやら、一人は新人さんのようでした。しかし、「ひやかけフェアー」と銘打ちながら、開店してからひやかけを注文したのは私が初めてだったのでしょうか?意外でした。
 
窓際のカウンターに腰掛け、ひやかけのだしを一口。
うれしい、ひやかけの味だ。(あたりまえだけど)そして、麵をすすりこむ。なかなか、いいコシ・・・。ん?すこし、硬い。コシがあるというよりは、すこし硬い麵のようです。コシがあって表面がモチモチとしている麵が最高なんですけどねえ。ひやかけが食べられるだけで今日は良しとすることにしました。
 
穴子の天ぷらは、さくさくっとして、揚げたてで最高でした。ただし、テーブルにソースと醤油しかなかったのが少し不満です。おいしい天ぷらは、塩が最高なんですよね。
 
ちなみに、ひやかけ(並)280円、あなご天(大)180円でした。ごちそうさま。
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ブログを再開します

先週の土曜日、6月26日に父の四十九日の法要を無事に済ませたので、休んでいたブログを再開しようと思います。
 
ブログを再開する前に一つの区切りとして、父のことに触れておこうと思います。
 
父は昭和5年に、島根の片田舎に農家の長男として生まれました。
昭和19年に祖父が陸軍に招集され、それを追うように海軍の少年航空兵に志願し、予科練に入隊しました。国民学校高等科2年、今で言うと中学2年です。幸いにも予科練にいる間に終戦となり、故郷へ帰ってきました。もう少し戦争が長引けば、父の命はもちろん、子供である私達兄弟もこの世に存在しなかったことになります。
 
終戦後は、中国で戦病死した祖父に代わり、農業を継ぎました。7人兄弟の長男として、時には幼い兄弟の父親として、孤軍奮闘の日々を送ったようです。
 
その後母と結婚し、二男一女(つまり私達兄弟ですが)をもうけて貧しいながら幸せな日々を送っていました。
父は多趣味でした。旅行、カメラ、カラオケ、社交ダンスなど、仕事以外にも忙しい日々を送ったようです。特に私達が就職して身軽になってからは旅行三昧の日々で、北は北海道(利尻、礼文島)から南は沖縄(先島諸島)まで、日本国中行かない所は無いくらいに満遍なく周っています。
 
そんな父に病魔が忍び寄ったのは約30年前のようです。その病魔とは、C型肝炎。近年はやりのC型肝炎ですが、父の場合何処でどのように感染したのか全く不明です。まさに青天のへきれきだったと思います。5年前にはガン化していることが分かり、その後入退院の日々を過ごすようになります。
辛い治療だったようですが、父は真面目に治療を受けていました。晩年父の主治医が、『真面目に治療を受けなかったら30年近くも生きてこれなかっただろう』と父に語ったようです。考えて見れば予科練時代に一度覚悟した命、父の日頃の潔さは常に覚悟した命だったからかもしれません。
 
父の最期は穏かでした。まるで眠っているような死顔でした。亡くなる前日までは自宅で過ごし、容態が悪化してから亡くなるまではほんの数時間だったようです。父の希望通り無駄な延命治療は行いませんでした。
そのため、連絡を受けてからすぐに駆けつけたにもかかわらず、父の死に目には5分ほど間に合いませんでした。病室に入った時、ナースステーションから空しく聞こえてきた「ピー」という抑揚の無い機械音が、父の絶命のサインなのだという事がすぐに分かりました。まだ温かい父の手を握り、年がいもなく号泣しました。
 
それからの1週間は、まるで夢の中を過ごしたような感覚でした。突然の父の死を半ば受け入れられないままに、葬儀の段取りは進んでいきました。
通夜と葬儀をあわせて500人ほどの方々がご参列下さいました。みなさん口々に父の死を悼み、生前の父との係わり合いをお話くださいました。中には、数十年前にこの地から都会に移り住んだ方のご参列もありました。あまりに懐かしい顔に思わず涙し、お礼の言葉も途切れがちになりました。
参列くださった方々に感謝するとともに、「父が常に真心で人々に接していた証なのだ」と亡き父に教わった思いでありました。
 
余談ですが、父が亡くなったあと古い写真を整理し、スキャンしてデータ化しました。法要のあとで、テレビをモニター代わりにして参列者に披露しました。予科練に旅立つ前の記念写真や昭和時代の暮らしの写真もあり、皆さん懐かしさに涙されていたようでした。もう少し早く思いついて、生前の父に見せてあげられたらと少し悔やんでいます。
 
湿っぽい話で恐縮ですが、これで一区切りをつけて、またブログ生活に戻ることにします。ただ心配なのは、1ヶ月以上離れていたので、私のブログを見て下さる人がいないのではということですが、「その時はその時で」。とりあえず、再開します。
 

しばらくお休みします

先週の日曜日、父が他界しました。
 
昨年から入退院を繰り返していましたが、こんなに早く逝くとは家族の誰も想像すらしておりませんでした。
 
故人を偲ぶ暇もないままに、取り急ぎ通夜、葬儀を済ませ、今やっと落ち着いてきたところです。
 
今は、ブログ記事を書く暇も意欲もない状況なので、しばらくの間ブログをお休みいたします。
 
父の喪が明けるころ、また新たな気持ちで、ブログを再開しようと思います。
 
私のブログにご訪問くださる方々、それまでしばしのお別れです。お元気で、お過ごしください。

なんじゃもんじゃの木

イメージ 1松江城山公園の一角、大手門に「なんじゃもんじゃ」の木があります。
和名はヒトツバタゴ、学名は Chionanthus retusus Lindl. et Paxton、 ギリシャ語の  「chion(雪)+ anthos(花)」が語源のようです。
「なんじゃもんじゃ」という名前は、名前が良く分からなかったので、「なんというものじゃ?」と言っていたのが、いつの間にか「なんじゃもんじゃ」に変わっていったものらしいのですが、真偽のほどは確かではありません。
 
 
イメージ 2緑の葉の上に、まるで雪が積もったような様子で、まさに学名どおりのようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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なんじゃもんじゃの花。
白く小さな花びらで、よく見ると4つに分かれているようです。満開になると、飛行機のプロペラのように開くようですが、満開にはまだ少し早いのでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 4大手門の花ほど華やかではありませんが、お城の北側にある椿谷にも数本のなんじゃもんじゃの木がありました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 5ここは訪れる観光客も少なく、ひっそりと咲いています。
木の下でしばらく佇んでいると、ほのかな良い香りがしてきました。いろんな花が咲いているので、どの花の香りか分かりませんが、いずれにしても癒しの空間のようです。
 
 
 
 
 
 
イメージ 6花びらも朝日を浴びて、白く輝いておりました。
 
 
 

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