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花と鳥のテーマパーク「松江フォーゲルパーク」のなかにあるそば屋なので、今まで中々行くことがなかった店。 今回は某住宅メーカーの招待により、行く機会があったのでそばを食べに行くことにした。 ただし、招待客は3,000人。当然大入り満員となり、車は1kmくらい離れた臨時駐車場にとめることになった。 秋の日差しが心地良かったので、歩いて施設の入口に向かう。途中、最近見かけなくなった「いなはで」があった。刈り取ったあとの稲の良い香が、あたりに広がっていた。 柿畑の柿も真っ赤に熟していて、秋本番。 フォーゲルパークに入ると、順路と逆のルートをたどり真っ先にそば屋へ。 逆行したのは、順路通り行くと園内を1周回った先に店があるからだ。 私は掛籠そば800円を注文。出雲そばの代名詞である割子そばはメニューにないので、冷たいそばといえばこの品になる。食べ方は割子と同じで、薬味を乗せ、そばつゆをかけていただく。 ここのそばは、園内にある水車小屋で製粉していて、麺も店内で実演しながらうっている。そのため、香り高いそばを味わうことが出来る。そばつゆも辛めでありながら、だしの効いた旨みのあるつゆで、好みの味だった。 妻は、出雲そば1000円を注文。掛籠そばにとろろ芋、大根おろし汁、きんぴらがついている。 大根おろし汁は、この店の名前にもなっている松平不昧公が、そばと一緒に食されたものらしい。私も一口いただいたが、飲みやすく胃腸に効く感じだった。 1人前いただいたところで、量的には少し不満足。そこで、もう一人前追加した。食券を買いに行くと、おかわりそば、つまり2杯目は500円だとのこと。それではと、かまあげそばを注文した。 温かいそばもかつおだしが良く効いて、美味しいそばだった。 ちなみに妻も足りなかったようで、やはりかまあげそばを追加した。 そばを食べてすぐに帰るというのも、あんまりなので「ふくろうのショー」を見学。 最初のふくろうはごきげん斜めだったのか、途中で逃亡してしまった。進路を変えて急旋回していく所を偶然とらえた。 次のふくろう(ミミズク?)は、律儀に逃げ出した鳥の分まで頑張っていた。 低空飛行から、音もなく上昇してくる様は夜のハンターにふさわしい飛びっぷりだった。
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2009年10月18日
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10時55分発の快速「鳥取ライナー」で鳥取へむかう。快速といっても車両はキハ126の2両編成。のんびりとした旅になりそうだった。 鳥取駅に着くと、変わったペイントのキハ47に遭遇!しかし、この車両とはこのあと3度出会うこととなった。 鳥取駅は新幹線風の駅舎で、造りは松江駅に非常に良く似ている。国鉄時代に高架化されたものだが、特徴がなく、面白みの無い駅舎だ。 駅から西へ向かって約1km、鳥取県で最長の橋梁「千代川橋梁」がある。明治40年に山陰線が鳥取仮駅まで開通したが、この橋梁も同時に竣工している。 橋長は375.23mで、県内最長で最古の鉄橋だ。建設当時は単線で、鉄筋コンクリートの橋脚に鉄骨の橋げたを乗せる構造となっている。 橋げたは後に取り替えられたようで、当初の桁は残っていないようだが、橋脚はコンクリートで被覆された形で現存している。 左岸側に廻ってみると、建設当時の石積みが確認できる橋脚を見ることが出来た。 鳥取滞在わずか1時間30分。急いで鳥取駅からキハ126快速「鳥取ライナー」に乗り込み、倉吉に向かう。列車本数の少ない山陰線では、1本乗り遅れると、大変なことになってしまう。 倉吉駅での目的は、鉄道院時代の跨線橋だ。この跨線橋、駅の高架事業により、近々取り壊される運命にある。 跨線橋の鋳物の柱には、「鉄道神戸明四十一」の文字が刻まれている。鉄道院は明治41年から大正9年までの12年間に存在したと文献にあるので、初期の時代の製造になる。 関西地方では、福知山線などに鉄道院製の跨線橋支柱が多く、撤去される場合も文化財として保存去れる例が多くなっていると聞く。 倉吉駅の跨線橋がこの後どうなる運命なのか分からないが、貴重な文化財として保存されることを望む。 このあと倉吉から16時3分発のキハ47普通「米子行き」、米子発17時43分キハ126快速「鳥取ライナー」出雲市行きに乗り継ぎ、18時17分に松江駅に到着。 駅まで迎えに来てくれた妻の車で帰宅した。 この日の夕食は、鳥取駅で購入した駅弁「かに寿司」と「カップの黒めし」だった。一日歩き回った疲れと、久しぶりに食べる駅弁の美味さにアルコールの回りも早くなり、いつの間にか寝入っていた。
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境港駅から米子駅に戻って、山陰線で鳥取へ向かうことにした。しかし、午前9時代の列車は「スーパーまつかぜ」のみで、この日の切符では乗車できない。次の鳥取行きは10時55分発なので、1時間の待ち時間となった。 朝出かけるのが早く、お腹も空いてきたので駅そばを食べることに。1番ホームにある、大山そばの店に入った。 大山そば 360円を注文。出雲そばに比べると若干細い麺で、つゆも濃い目。でもねぎがたっぷり入っていてホッとする美味しさだった。やっぱり駅そばは最高だ。 米子駅は山陰鉄道発祥の地で、明治35年に開業している。山陰線の主要駅が高架に変わっていく中で、列車の車庫があるためホームは地上のままで、開業当時のものがかろうじて残っている。列車の待ち時間を利用して、それを見て歩くことにした。 まず、ホームの上屋。1番ホームの上屋は昭和3年に造られたもので、骨組みに古レールを使っている。しかも、双頭レールと呼ばれる、上下逆にしても使えるレールを使っている。 手持ち資料によると、1870年イギリスの「ダーリントン・アイアン・カンパニー」製とあり、確認しようと思ったが、ペンキの重ね塗りにより、判読不能だった。ただ、刻印が入っていることだけは確認できた。 よく見ると、上屋の軒には「軒飾り」も残されていた。そんなに洒落た飾り模様ではないが、当時の人たちの遊び心が感じられる。 2、3番ホームの上屋の骨組みにも、レールが使われている。手持ち資料によると、この上屋は明治35年の開業当時のものらしい。レールは双頭レールではないが、丸みを帯びた骨組みに高いデザイン性を感じる。 ここのホームからは、車両基地内の列車が良く見える。それを撮影していたら、車庫に「猫娘列車」が留置されているのを発見! カメラのレンズを250mmのズームに付け替え、車庫を撮影した。 どうも、きょうは猫娘列車の出番は無いらしい。 鬼太郎列車関連のペイント列車は、都合4両ある。後もう一つは「ネズミ男列車」。この車両は、境港からの帰りですれ違っているので、もうそろそろ米子駅に帰ってきているはずだった。0番ホームに行ってみる。 果たして、0番ホームには「ネズミ男列車」が入線していた。とりあえず、4両を撮影するという目的は達成できた。
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金、土と二日間大阪に行ってきたけど、大阪は非常に温かく半袖で過ごせそうな気候でした。 |
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