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旧国鉄の山陰本線は明治35年(1902年)11月1日に、境〜米子〜御来屋駅間35kmが開業していて、JR米子駅前には、その功績を讃える記念碑が建立されている。 碑には当時の新聞記事が紹介されている。 「陰陽線なる境鉄道の開通式を伯耆米子町に挙行し、試運転を行えり。来会者一千余名。(中略)同地は一帯に国旗、球灯をかかげ、歓喜の様、非常なり。」 中央にあるのは列車の車輪で、左が「C57 43」蒸気機関車の主動輪、右が「客車車輪」。 「C57 43」は、昭和13年(1938年)三菱重工業製で、貴婦人の愛称で親しまれた。米子機関区では、昭和43年〜44年にかけて主力機関車として配属されている。 「客車車輪」は、明治30年代にマッチ箱といわれた客車に使用された英国製の特殊車輪。なぜこの場所に保存されているのかは分からなかった。
記念碑があるのは、米子駅正面からすぐの場所。yahoo!地図 なお、記念碑の一番右にある箱状の物は、ミュージックボックス(?)らしく、ボタンを押すと演奏をしてくれるらしい。曲目は、「山陰鉄道唱歌」、「米子の女(ひと)よ」、「いい日旅立ち」、「皆生小唄」、「米子がいな音頭」の5曲、さすがにボタンを押す勇気はなかった。 実はもう一箇所、「山陰鉄道発祥の地」の碑がある。その碑はJR境線境港〜馬場崎町駅間にあり、もともとの境駅があった場所である。yahoo!地図 「山陰鉄道発祥の地」の文字は、線路に向かった方向にあり道路側からは読めない。 道路側には、昭和37年11月1日に開通60周年記念として米子鉄道管理局が建立したとある。 |
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2009年06月24日
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