凛と蘭と気まぐれ日記

東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

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いつの間にか4歳に

凛も蘭も捨て猫出身なので、生年月日は不明です。
 
うちに来た時、動物病院の先生の見立てでは、10月生まれではないかとのことでした。ということで、うちに来てから4年が経過し、いつの間にか4歳になりました。
 
凛は松江市内から、蘭は米子市内から貰い受けました。兄弟でもないのに、それなりに仲良く暮らしています。
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11月に入って急に寒くなったときは「コタツ出せ〜」の大合唱でしたが、その時より幾分寒さに慣れたのか、コタツに入らずにヒーターの前で寝ていることも多いようです。
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4歳になって、ますますわがままに磨きがかかる凛。寝ているときだけは、可愛い顔をしています。
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同じく4歳になり、ますます食欲に磨きがかかる蘭。体重5キロを軽くオーバーし、「機敏なデブ」と呼ばれています。
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毎年この時期になると、研究会と称して「怪しい探検隊」もどきの活動を行っています。昨年までは、3年計画で奥出雲地域研究会に所属しておりましたが、今年はまた別のテーマに参加することに。
 
今年のテーマは、「今福線」です。
 
「今福線」というのは山陽と山陰を結ぶ鉄道で、広島の人には「広浜鉄道」と言うほうが分かりやすいかもしれません。広島市と島根県の浜田市を結ぶ鉄道で、戦前と戦後2回に渡り工事が施工されましたが、未成線のままその役目を終えています。ちなみに、現存するJR可部線は今福線の一部で、可部〜三段峡間は惜しくも廃線となってしまいました。
 
朝9時半、浜田市の石見海浜公園に集合した「怪しいおじさん探検隊」、2台の車に分乗して旧旭町丸原地区に向かいます。ここには、戦後、新線として建設されたトンネルや橋梁が残されています。
 
まず、御神本トンネルへ。イメージ 1
 
トンネル入口には、銘板が残されていました。昭和52年竣工のようです。
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トンネルの中は意外にきれい、コンクリートも古さを感じさせません。
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トンネルを抜けた先は橋梁でした。路盤に砕石は敷かれていませんが、完成間近だったことが分かります。
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続いて、丸原トンネルへ。
長くて暗いトンネルの天井には、コウモリの群れが生息していました。
とても一人では入れない不気味さです。
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最初の場所に戻り、御神本橋梁を下から眺めます。ここまで造っておいて、一度も鉄道を走らせなかったのは、関係者にとっては断腸の思いだったのだろうなと、しばし考えました。
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さて、気を取り直して、旧金城町今福地区へ。この地区の地名が今福線の由来です。
この地区のみどころは、浜田市佐野町に向けて、旧線と新線が交差していることにあります。
 
まず、新線の今福橋梁へ。田んぼの中にポツンと橋梁が残されているのはある意味異様な光景でした。
向うに見えるトンネルは、下長屋ずい道。この間の路盤は今も道路として使われています。
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橋梁とトンネルの間の直線道路。元々線路だったので、真直ぐな道です。
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途中には新線と旧線の交差する場所が、左側に下りていくのが旧線です。
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旧線をずっと下っていくと、舗装道路から地道に変わりました。この先は立入禁止区間で、通行不能のようです。
紅葉がちょうどいい時期を向かえていました。
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