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『アテネの学童』

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ラファエロ・サンツィオ(1483-1520 Raphael Santi)はレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと並ぶ盛期ルネサンスの三大巨匠の一人です。
「聖母の画家」として有名ですが、今日はプラトン、アリストテレス、ソクラテス、ピタゴラスなど古代ギリシャの偉人・哲学者が描かれてる「アテネの学童」を取り上げてみました。

中央にいる二人は、プラトン(左 赤い服)とアリストテレス(右 水色の服 )です。
プラトンは天を指さし、アリストテレスは手を地上と同位置に向けています。

中央下のひじをついている人が哲学者ヘラクレイトスで、ミケランジェロがモデルです。ここで、ラファエロがミケランジェロに敬意を示しているといわれています。

中央左で鎧を付けているのは、マケドニアの王アレクサンダーで、アレクサンダー大王はアリストテレスの弟子でした。その向かいに、薄茶色の服を着たソクラテスがいます。

階段なかほどで横になっている水色の服の人は、「犬」とあだ名された哲学者ディオゲネス。アレクサンダー大王の戴冠式を無視した人です。

階段の左で本を読んでいる水色の服の人は、はギリシャの哲学者エピクレスです。エピクレスは幸福について説きました。

右下の図を指しているのはユークリット、弟子たちに幾何学の定理を説明しているところです。
後ろ向きになって地球儀を持っている薄茶色の服の人は、宇宙の中心に地球があると説いた天文学者トレミーです。
その向かい側で天球儀を持つ黒い帽子の人は、ペルシャの預言者ゾロアスターではないかと言われています。

左下の本を読んでいるのがピタゴラスです。

右上にはメドゥサの首を持っているミネルヴァがいます。ミネルヴァは学問や芸術の守護神です。
左はじには、竪琴を持った太陽神アポロがいます。アポロは理性と調和の神です。


ラファエロはここに自画像も描いています。さてどこにいるでしょうか?


答え:右から二人目黒い帽子でこちらを見ている人です。

サロメとモロー

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「サロメに魅せられた画家」といえば、ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau 1826-1898) 、
モローは、何作も「サロメ」を描いています。

ちょっと「サロメ」のお話を;
   サロメはユダヤ王ヘロデの姪で、その後妻ヘロデヤの娘。
   ヘロデは、自分と兄嫁ヘロデヤとの再婚をヨハネが不義として非難したことを怒り、彼を投獄す
   る。一方、サロメはヨハネに求愛するが、聖人であるヨハネには相手にされず、やがて愛情は
   憎しみへと変わっていく。サロメはヘロデの誕生日に見事な踊りを披露し、何でも欲しいものを
   与える」と約束をされるが、母のヘロデヤにそそのかされたサロメは「ヨハネの首が欲しい」と
   言ってしまう。ヘロデはヨハネの首をはねて、お盆にのせてサロメに渡す。こうしてサロメは、
   死んでしまった愛しい男の生首を手に入れる。

   「サロメ」の物語のモチーフは「マタイ」及び「マルコ」の福音書の中にあるが、ここには
   サロメの名の記述はない。「ユダヤ古代史」にサロメの名前が出てくるが、上記のような記述は
   ない。のちに、母のヘロデヤと混同され、首を欲しがったのはサロメの意志によるもの、という
   話になった。また、オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」によって、憎しみのあまり「聖者ヨハ
   ネの首をはねて口づけをする王女サロメ」というイメージが定着した。

モローが世間に注目されたのは、1876年、サロメ」をモチーフにした作品をサロンに出品したときでした。その中に水彩画『出現』と油彩画「『ヘロデ王の前で踊るサロメ』がありました。『出現』では空中に出現したヨハネの首に驚くサロメの姿が描かれています。
『出現』はこのほか油彩画が何作かあります。

象徴主義の画家として分類されているモローが活躍したのは、モネなどのロマン、写実、印象派の画家たちと同時代ですが、モローはどの派にも属さず、悲劇や苦しみ、喜びを神話や聖書を題材にして、幻想的・神秘的な世界を描き出すことを得意とする画家でした。決して流行画家とはいえないモローは、富裕な愛好家に囲まれ、独自の芸術を築き上げていきます。その才能を認めた愛好家にはゾラやプルースト、オスカー・ワイルドがいました。

1888年、美術アカデミー会員に選出されたモローは、晩年にはエコール・デ・ボザールで教鞭をとり、自分の美学を押し付けることなく、学生の個性を尊重し、美術教育者としても優れた才能を見せました。
こうして生まれたのが、のちに絵画の世界に革命を起こす、マティス、ルオー、マルケたちです。

モローはサロンで発表した作品数の少ない画家でした。1898年、残された絵画やデッサンなどの全てを見られるように展示して欲しいと遺言し、その遺言通り、パリの住居兼アトリエが、世界初の個人画家の美術館となり、「ギュスターヴ・モロー美術館」として公開されるに至っています。
教え子のルオーはこの館長も勤めています。

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