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ずっと心臓が悪かったのですが、今年に入ってから特にしんどかったみたいで、 あまり身体のことを口にしない父が、動くと辛い、何かしようと思ってもしんどくてやる気がしない‥ とこぼしていました。 手術を決めたのは、そんな事もあって、まだまだ山の仕事もしたいし、少しでも元気になれば‥ という思いからでした。 もう77歳、年齢のこともあるので、医師も手術を奨めはしなかったのですが‥ 父は一度決めたら、他人の言う事を聞かない人だったので‥ 家族のみんなも少しでも元気になってくれれば‥と思っていました。 手術は朝8時半に始まって、予定では夕方5時頃に終わる筈でした。 それが6時になっても7時になっても終わる気配がありません。 結局、夜中の2時頃、手術がおわりました。 先生の話では血管がボロボロで、縫っても縫っても裂けて、 心臓からの出血が止まらなかったそうです‥ 危ない状態だと言われたので、母と私は控え室で朝まで眠れず過ごしました。 朝になると、父は少し容態が落ち着いたみたいで、母が呼びかけると、 首をうんうんと動かしていました。お父さん頑張ってね‥ という声に答えるように手を握っていました。 体中がパンパンに腫れて、まるで違う人のようになっていました‥ その後、おしっこが出ないので透析が始まり、2回目の手術をすることになりました。 最初の手術が月曜日、2回目の手術が水曜日でした‥ 2回目の手術が終わった時、先生は、出血は止まりましたので、後は回復を待って、 装置をはずせる状態になるまで様子をみましょう‥と言われたので、皆で一安心しました。 その次の日です‥容態が急変。父は目を覚ますこともなく、逝ってしまいました‥ 先日、お山に行ってみると、さくらんぼが沢山できていました。 去年も一昨年も虫にやられて実が少ししかならなかったのに、今年はたわわに実っていました。 じーじが実らせてくれた「さくらんぼ」を子供といっしょにいっぱい採って帰りました。 まだまだお山の仕事をしたかっただろうに‥ じーじのお山はじーじがいなくなって寂しそうでした‥ 母も私も子供も今でもまだ信じられなくて‥ 突然の家族の死はなかなか受け入れられないものですね‥ それでも父が苦しまずに逝ったこと、安らかで幸せそうな顔をしていたこと、 それだけが救いです‥ あんなに元気そうだったのに‥ 今でも、どうして‥という気持ちでいっぱいですが‥ お父さん、今までいっぱい頑張ったもんね‥ まだまだいっぱい親孝行したかったのに‥ 私と凜太郎のことを何よりも愛してくれたお父さん‥ |
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