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スキルス胃癌、、、 最も悪い進行癌の末期。 手術も危ぶまれ、結局開腹し胃の全摘出をするも手遅れ。 手術日、9月17日。 おととしの冬、最後のお正月になるんだねと家族で話していました。 腹膜にも肝臓にも、もちろんリンパ節にも浸潤していると言い渡されています。 腫瘍マーカーの数値も5以上。 2ヶ月にわたる抗がん剤治療。 一月ごとのTs-1服用。 もちろん、ダンピング症候群にも日々悩まされ続けながら。 奇跡的だと医師からいわれています。 もしあの時、本人に余命宣告していたら 現在の父は既にこの世にいなかったと思います。 確定的な宣告を直接患者本人にすることが、本当に本人にとって良いものなのか。 そこにはケースバイケース、プラスアルファーがあるべきなのでは、、。 去年よりつらい年明けを迎えました。 生きているからといって、今までどおりの自由がきくわけではありません。 意思とは別に、容赦なく便意を感じトイレに駆け込まなければなりません。 情けないことだと本人が一番感じていることでしょう。 生きることについてさまざまな教授はあれど、 死にゆくことについての確立された術は宗教くらいしかないように感じます。 生きているという考え方が、既に思い上がりなのかもしれません。 親の死に様、そこから私は何を学ばなくてはならないのでしょうか。 何かのアクシデントや離れて暮らしていたら、 見なくてすんでしまう、、。 後生の一大事。
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ご本人もご家族も辛いですよね。。。
私も母もお互いがお互いに経験しました。
しかし、母は逝き、私は生き残った。
そう・・・正直、生き残ったという表現しか思い浮かびません。
2010/1/5(火) 午後 0:29
おはよう
人は生まれた日から死に向かうとは分かっているのですが
つらいです
2010/1/5(火) 午後 7:02 [ - ]
はねるさん
それが姉が部外者状態でーー;)
昨年10月に退院後、三度顔出しにきただけ、、。
(家族に入るのか?)
ご自身のご病気と重なるつらさ、いかばかりかと存じます。
私の両親はどちらも自分の親を看取っていませんので、
子供の目に映る自分たちの姿や心情は
本当の意味で理解できていないと思います。
誰しもいろいろな形で、その日を迎えなければならない。
事情があって親のいない方もいらっしゃるのですから、
これも幸せと受け止めて、寄り添いながら立ち向かいます。
2010/1/11(月) 午後 1:39
つばささん
江戸の時代には人生50年と言われたのですから、
現代は驚くほどの長寿ですよね。
薬漬けになっていく事への不安もありますが、
術後の大変さは年齢に比例し、
高齢者には多くのデメリットが、、。
緩和ケアについて、考えさせられます。
2010/1/11(月) 午後 1:57
余命をお父様に伝えなくて良かったですね
命の時間を決められてしまう
生きながら、審判されているようで
辛すぎます
りんさんがお父様のそばにいること
何故私が?と思う事、何度もあったでしょうが
りんさんは伝える力のある人
お父様といちばん心を通わせられる人
お父様の生き様を伝えるのに
一番相応しい人を
神様がお選びになったのだと思います
りんさんから聞く
お父様のお話からは命と向き合うことの厳しさと
同じくらいの美しさを感じます
(不謹慎かしら)
お二人の時間が
愛に満ちたものでありますよう
応援させてくださいねo(^-^)o
2010/1/12(火) 午後 5:26
マグノリアさん
主治医にも聞くし、私にも聞きました。
「あと、どれくらいの命だ?」って、
一度や二度ならず、幾たびも、、。
そして、
この度の抗がん剤治療入院についても
ベッドの上で
「何のための入院だ?」って、、。
即座に口をついた言葉は
「延命のため!」
自分の言葉に自分が驚いてしまいました。
それは美化しすぎかも、、です。
(ギャップに苦しみそう;)
遠慮なく
マグノリアさんのお力を頂戴させていただきます。
感じています。
ありがとう!
2010/1/13(水) 午後 9:00