銀河の果て魂の居場所

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舌癌 ステージ3

8月31日、舌が硬くて白いと母を耳鼻咽喉科へ。腫瘍がすでに大きくて紹介状をもって9月3日、大学病院で細胞診断。

9月9日、MRIとPET検査で転移はないので、都内の放射線(ラジウム針を何本もさし、糸で束ね固定し一週間隔離する治療)をすすめられる。86才心不全、不整脈、高血圧故、点滴による抗がん剤治療は無理。

姉は癌、私は膠原病、体力的にも困難。9月13日を境に、そう入れ歯をはずす用に指示が出て(出し入れによる出血と痛みで)、何も食べられなくなる。一週間考え、TS1の経口投与を二週間飲んでみることに。

9月15日、2ヵ月に一度の循環器の検診時にいくとセコンドオピニオンのために都内に行け、と。「三日間だけでも入院して点滴をしてあげる」と言った医師を拒み通いの点滴に。その後の予約はなし。情報診断書を出して、それっきり。もう何年も前から口内炎で口の中が痛いから、その医師に口内炎の塗り薬を処方してもらっていたが、一度も口の中を診てくれたことはなかった。大学病院ではその薬はむしろよくないと言われる。
三期になるまでの歳月、一年や二年ではない、、、、痰も絡んでその薬も処方されていたのに。。。
悔やまれてならない。

その後、抗がん剤を飲み十日目に嘔吐と下痢で飲めなくなる。大学病院へ行けばイロウしかなく、本人は入院を拒絶。おかゆの粒も飲めなくなって、ペースト食のみに、それも副作用が治まらないと食べれない。支援包括センターに相談するがなかなか話は進まず、血小板が減少し始めた自分の易疲労とリウマチで二日空き、三日空き。ついに連絡の途絶えた母を見に行ったとき、介護用の手すりに躓きあごを強打し
消えたコタツの中で動けなくなっていた。エアコンもけされたまま。汚物まみれで。
発見してくれた姉はなぜか救急車を呼ばず往診の看護しさんのみに連絡。
医師の往診は翌朝だという。姉は動けない母の枕元に水もおかずに帰ったので、早朝行くとのどが渇いて水の場所まで行こうとした母が転がり布団もないまま、。意識は戻るものの点滴もなく少しずつ
少しずつ飲ませる。が、往診の医師いわくベッドがあいていないので、入院は次の日に。

入院して二日目、爪を切ろうかというナースがきたので足は昨日切ってあるので、手は明日私が切るので
と断ったのに、昨日行くと足も手も切られていて、しかも聞き手の親指は肉ごと切られ血の塊が、、聞くと薬も塗らず一番小さなバンドエイドをたてに張っただけではがれかけ傷が覆われていない。
あごの怪我のガーゼも同じ人がやったと。傷に乾いたがーぜをむりやり引き剥がしたので、治りかかっていたのに浸出液がとまらず首までぐっしょりに。

ナースコールは下に落ち取れない母は、カラカラで声も出ず水も飲めない、、動けないから水だけはお願いしてきたのに。点滴をお願いしているのに「本人がいやだということはしない主義」という院長。
それでも説得して母の了解を得たのに、一人になってドクターがきくと断ってしまうと言う。
救急病院だから、ここには二三週間しかいられないと、、。入院すると介護保険申請はストップしてしまうシステムだそうで、また一からやり直し、、。緩和ケアには早いが月単位とも思えないと。。

どこもすぐには入れないそうで、介護に困ってるひとには時間もないし、介護保険っていったい何なんだろう、とつくづく私は思う。

約束

ある晩のこと。

ふと暗闇の中で横たわっていると、気配を感じる。

妙な圧迫感。

一人で寝ているはずなのに、横に誰かが寝てる。


姿かたちから、父だとすぐわかる。

どうしてこんな狭苦しいところで、寝てるの?

答えは帰ってこない。

苦しいの?

背を向けているので、表情はわからない。

でも、苦しげに寝返ろうとしている。


きっと、成仏してないんだよね。

私が、三途の川の前で待っててねって、

ついつい言ってしまったこと、覚えてるんだよね。

だって、すごく行きたがってなかったから。


そして、姉を先に連れてって、ともお願いしちゃったよね。

コミュニケーション、ばっちりだよね。

原発性腹膜癌の宣告

先週、行った先の病院で入院。

胃腸の不調だと思い、消化器科に通院していた。

お腹の張りが苦しく動けなくなった。

内科から婦人科へ、一夜を過ごした。

あくる日、2300ccの腹水を抜き検査。

月曜日に来院して三日後に病名を聞く。

あさってから抗がん剤治療が始まる。

肩を落とす義兄、泣き崩れそうになる姉。

半年の治療計画の言い渡し、手術不可能。

浸潤してしまった癌細胞。

その先は無い。

母はショックで留守電のまま、かけ直してもくれない。

私も今日、主治医にPET検査を勧められた。

誰にも言ない。

支えていけるだろうか・・・

初めまして、、、

病気と出会うたびに、ため息がこぼれます。

自分の立ち位置が、砂上の楼閣のように感じます。

じわじわと詰め寄られていく。

王手まで後何手なのだろうか、、。

痛みがあるうちは生きている証拠と、誰かが言っていました。


乙一という作家の「失われる物語」を読んでいて、複雑な思いが生じました。

ご興味のある方は、とても短い話なので読んでみてください。

数分で読破できますが、心に余韻を残す物語です。


病院って心を重くする場所ですね。

知らないでいたほうが楽なことって、たくさんありますよね。


そして視力が0.3。

3ヵ月前は0.7。

幸か不幸か、自分の顔がよく見えません(笑)

末期がんの末路・・・

父の面会にナースステーションへ寄った。

「ねえ、○○さんずっと呼んでるけどごめんねでいいよね?」

「あ、いいよ。ほっといて」



それって、私の父なのですが、、、気がつかない様子です。

そのまま病室へ向かうと、酸素マスクをつけた父のくぐもった叫び声が断続して聞こえます。

「○○さ〜〜〜ん!○○さ〜〜〜〜ん!!」

当直の看護士の名前をしっかりと把握しています。

つけたチューブを外すという理由で両手はミトンをはめられ、

ベッドサイドの柵に縛り付けられています。

もちろん、自らナースコールはできない様態です。



酸素マスクにもミトンにも吐物が、、。

吐きそうなのにナースコールできない。

呼んでも来てくれない。

酸素マスクに溢れる吐物で窒息しそうになって、縛られた結果です。

腕には伸縮性のない紐の死ぬまで消えなかった無残な傷跡が・・。



トイレの意思があるにもかかわらず、

入れてしまった管は外せないのでそのままさせろ、と言う惨い答え・・。

誰に非があるのか・・。




新進医療が心身を蝕む現実。

延命の意味。

死の間際に、「緩和ケアに変えてくれ、、。」

父の声が脳裏に過ぎり続けます。

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