さぶやんの何でも古事伝承研究”山神様からの伝言

失われていく民間伝承や史跡などを記憶していきます。

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材木流送図

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材木流送図
(「日本文化の遺産」民族文化研究所編)

一、伊勢神宮の川狩無難守の図
 材木川狩にかからぬ前に伊勢へ代参をたて、御祓大麻をこひ得て青竹の先に結什、木尻に添ひ持運び川下げ無難の守とす。
二、小筏の図
 此の筏は木尻に添ひて両岸より鳶竿のとどき得ぬ川中の掛木を外し狩流すためとす。
三、管狩の図
 山元より美濃の下林生・湊までの川丈二十五、六里計りの問、急流難場にかかれる多牟波(たんば)、吹込木を外し狩下るを管狩といふ。多牟波とは川中に相対せる岩間に横さまに掛りたる材を云ふ。
四、鴨筏の図
 長二間材六、七寸角五、六本を藤葛を以て結合せ小筏におなじく木尻に添下りて木をはづし、又日雇人夫などの川越にも用ふ。
五、登り械の図
 登り械(かせ)、下り械(かせ)の二つあり。造り方は大かた同じ、川中の岩などの有所へ材木流れ入っては狩出がたく人夫も多くかかる事なれば、械をさして然る所へ入さるべく防ぐなり。
六、はね橋の図
 人夫通行のために材木を以て川中へかけ出して一本木を架渡す。いともいとも危ければ馴れたる者ならでは得わたらず。
七、切所狩下の図
(其の一)飛騨国益田郡中切村にて字釜といふ所川幅狭く中央に大岩立て高さ四、五問はかり。大滝あり、川筋第一の切所なり。材木ここに押掛れば川中の岩に横たへる数千の材木流通る事を得ざる故に両岸に苧綱事をさげ、筏を釣りて鳶竿を持って付添居り一本づつ繰り出し流すなり。此の釜といふ所、間遠からず二所ありて上釜、下釜といふ。ふたつながら同じさまにて
川岸に釜の形して中凹たる大岩あり。其の外奇岩幾個もあるなり。
八、切所狩下の図(其の二)解説なし。
九、留網の図
 親綱、浮木、クツ木、張網、矢巻綱、矢木、矢からみづな、あゆみ木、千鳥づな、尻あゆみ木、しっペい木、尻からみづな、なは何れも麻苧綱。留綱 詮木−浮木(うきぎ)・木覆木(ぶくり木)・執柄木(しっべい木〕・歩行木(あゆみ木)・タツ木(たつ木)・箭木(や木)・下駄木ハげた木)張綱−麻苧綱イチビ(糸宁)紆桧綱を用ふ・尻からみ綱・矢からみ綱・矢巻綱・胴からみ綱・千鳥綱 此の下駄木親綱の前の下にあり。
十、留綱張渡の図
 美濃の国の堺金山村より一里上、飛騨国中切村にて川中に大綱を張りわたし、材木、榑(くれ)木ことごとく此網に掛る。一本ずつ繰り出し惣数を改む、此所を下原の中網場と云ふ。網長七十余聞、シラクチ藤を以て周五尺余寸に打立て、張渡し材木流来るに随ひ綱重りのため網の上へ引上げ二重、三重にも敷並ぶるなり。
                          つまて
十一、角乗の図
 筏に乗りはなれなどせし時、流れ来る枛(つまて)に乗りて岸によすに人夫休足の節角の上にて諸芸をなす。鯱立、平臥一足立、角廻しなど水上急流をも畏れざる様など是を曲乗りといふ。
十二、切所掛り木の図
 益田川筋にて(美濃国では飛騨川という)美濃国加茂郡加知村のうち咽と云ふ所は、鴨筏、小筏にも乗通る事かなはず。岩石連りて掛り木多し故に持篭に人夫を入て釣りさげ、掛木に綱を付けさせ、シャチ、カグラサンにて巻上げ或は鳶竿にてはずさしむ、山元より美濃麻生湊迄のうち、彼の中切の釜と此所とはいづれも劣らぬ切所なりともいへり。
十三、筏士の図−解説なし。
十四、筏組立の図
 筏楫(かい)、ヒソ木、カリユツボ、装束木。
十五、筏乗下げの図
 美濃国下麻生湊にて下原中綱のごとく川中に綱を張り渡し筏に組立、筏一枚に三人づつ乗り、同国太田まで乗下げ、それより尾張国白鳥湊に着る也。
一六、白鳥湊着筏の図 尾張国犬山よりは筏のうへに筵にて囲ひたる支度所を構るなり、是を(かまぼこ)といふ。
 又筏一枚に舟一隻を添るを見送り舟といふ。
十七、尾州白鳥湊の図
 尾張国白鳥湊にて元船のかかれる所をぼたと云ひて木揚場に揚置たる材を此所まで筏にて
 運び積入るなり。此の「ぼた」と云所潮浅ければ、材を半分ばかり積入、夫より大芥といふ所まで漕出し積満るなり。
十八、揚木の図 解説なし。
十九、卸木の図
 船積の節卸木といひて揚木場に積置たる材を引きおろし、登掻(のぼせかき)と唱へて再筏に造り元船まで乗下るなり。
二十、大船の図
 千四古石入り元船。


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