三十路おんなのカルテ

長らくのご愛顧、ありがとうございました。

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たくさんのこどもを見てきた教育者であり、私の恩師でもある人と話をしていた時のこと。
「問題のある子を見ていると、褒めるって大事だなぁと思うんだ」と、彼が言った。
「問題のある子らは褒められるべき時に、ちゃんとフィードバックを受けていない」

彼の話を聞きながら、思い出したことがあった。

それは迷子になった時の思い出。

前にも書いたことがあるエピソードだけれど、私は迷子になることの多いこどもだった。
ひとはどんな体験からも学ぶことができるし、また慣れることもできる。

5才くらいのある日のこと。
いつものように迷子になり、母親の姿を求めて、さ迷い歩いていた私に、あるひらめきが起きた。

「そうだ。一緒に乗ってきた自転車まで戻れば、いずれそこにお母さんは戻ってくる」
幼心に我ながら名案だと思った。
これでもう大丈夫。
一緒に乗ってきた自転車も無事見つかって、ホッとした私は、少し浮かれていたのかもしれない。
道行く人に「お母さん、知らない?」と尋ねていたらしい。
その私を発見した母親が寄ってきた。
母親が寄ってくる姿に、正解をみた気がした。
私は自分の判断が正しかったのだと嬉しい気持ちで私は言った。
「あ、お母さん!」

そんな私の声に弾かれたかのように、直ぐさま母の手が私の頬を打ち、鈍い音がした。
何が起きたのか分からず、私は泣くのも忘れてフリーズした。
褒められこそすれ、叩かれるなどまったく予想外なことだった。

あの時のことは、今でも忘れられないし、私と母の関係を象徴するような記憶だと思っている。
母と私はその後も何かとそのようなすれ違いを繰り返し
母の怒りの正体がつかめぬまま私は大人になっていった。

彼が例に出したのは
親の言うとおりに頑張って、友達の前でワガママに振る舞うのを我慢したのに
そのことを褒められなかった女の子のことだった。

その女の子はその日を境に活発さを失い、ぼんやりと過ごすようになってしまった。
その子の親は
友達の前でワガママに振る舞うのを我慢するのは当然のことだから
褒めるべきことだとは思っていなかった
彼に指摘されるまで、よもやそれが原因でわが子の様子が変わったのだとは思ってもみなかったらしい。
                                         (続く)
 ※参照カルテ 迷子

閉じる コメント(9)

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ほめられるべきときに平手打ちをされるというのはあまりに切ない体験ですが,もしかすると人間が生きていく上でどうしても通り抜け,消化しなければならない原初的な体験なのかもしれないなと思いました。抑圧して忘れていますが,自分にも似たような体験があったんじゃないかという気がしています。

2009/7/29(水) 午後 8:08 NONAJUN

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いや,たぶん絶対あります。似たような体験が。

2009/7/29(水) 午後 8:09 NONAJUN

子供の行動に対する親や教師のレスポンスって、その子供のコミュニケーション様式を規定していくんですよね。毎日のことだから・・・。そうやって、刷り込まれていく。ある意味、怖いです。

2009/7/29(水) 午後 8:15 [ まりん ]

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迷子になるのが得意な子供でした。
迷子になりましたと言って、デパートの館内放送をお願いしたことがあります。(4歳)
当然、親には怒られました(笑) その敵討ちを、私は息子にされました。
その時のお母様の気持ちも、リリカさんの気持ちも、私には解かるような気がします。

2009/7/30(木) 午後 1:07 こごと

「問題ある子供は、褒められるべきときにちゃんとフィードバックを受けていない」というのは、自分の体験からもよくわかります。

6才くらいから、12才くらいまで、うちの母も家族も、私のことは褒めませんでした。いつもケナされていました。家族が主張する理由の一つは、「学校で褒められすぎだから」だったと思います。小学生のとき、目立った優等生だったんですね。

↑でもこれは、「学校で給食をもらいすぎだから、家では食べさせない」というのと同じ。かなり後まで、心の傷が残っていました。

15才くらいになると、心がスサんで、問題児になりました(笑)。

2009/8/1(土) 午前 2:26 [ カール(カヲル32) ]

NONAJUNさん、さらに切ないのは、こういったことを母が他人に話しているのを聞くことです。「この子はこんな駄目な子なんです」という具合に。あれには傷つきましたね。
その後の人生を生きていくのに必要な『理不尽な扱いに対処する力』を身につけるのには役立っているような気がしますが。

そういう体験というのは、自分の軸を決定づけるようなものであるはずなのに、わりと忘れちゃってるということも多く
ひとの心の複雑さといいますか、不思議さを感じます。
もちろん、いつまでもそこに拘泥するのは不便であり、不健康なので、忘れるほうがいいんですけどね^^。
コメントありがとうございます。

2009/8/1(土) 午前 7:45 リリカ

こでまりさん、そうなんですよ。
繰り返し、というところがミソであり、怖いところです。
子どもの頃は「それがふつう」だと思って疑いもしませんから。

2009/8/1(土) 午前 7:46 リリカ

こごとさん、敵討ちですか(笑)。
私はもっと幼い頃に壁中にクレヨンで絵を描いて、仕事中の親の手を止めさせて呼んで見せて、いきなり数発平手打ちをくらって放置されたことがありましたね。
あれも何が起きたのか分かりませんでした。
あ、もちろん、今は分かりますよ(笑)。

その後、数年たってお習字の帰りに電柱に墨で落書きしながら帰って
これまたこっぴどく叱られて…けっこう懲りない子ですよね、私も。

2009/8/1(土) 午前 7:51 リリカ

KAORUさん、お久しぶりです。

>「学校で給食をもらいすぎだから、家では食べさせない」というのと同じ。かなり後まで、心の傷が残っていました。

ほんと、その通りですね。
きちんとしたレスポンスは『こころの栄養』みたいなもんですから。
子どもであっても、大人であっても
それなしには生きていけないような気がします。

私は親の力が強くて、問題児にもなり損ねたクチです^^;。

2009/8/1(土) 午前 7:53 リリカ


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