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「アンソロジー カレーライス!!」 を、読む。
ひたすらカレー。
頁もカレー色。
ノスタルジックなカレーの写真の数々。
夏、真夏、汗をじんわりかきながら、熱いページを捲る。
ほんとうにぼんやりできます。
(水分補給を忘れずに)
それから
「popeye(ポパイ) 8月号 カレーと本」 (7月10日発売)
片手に遠出するのもヨシ。
(カレー屋と本屋マップ付き)
素敵な夏休みをお過ごしください。
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ぼんやり本店
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「センネン画報」 (今日マチ子) を、読む。
ちょっと、ぼんやりしてはいられない。
不意に、攫われたような気になる。知らない人に。
小さい頃、そんな気になったのは、「えのないえほん」 を読んだ時。
いまはもう中身はどんなだったか、覚えてはいないのだが、
しまった、もう帰れない、と、じんわり汗をかき、まばたきを忘れた。
センネン画報は主に 「え」 だけれど、久しぶりに、
取り返しのつかないような気持になったのだった。
果てしない気持ち。
つぎは、「はてしない物語」を、読もうかな。
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「ことり」 (小川洋子)
を、お正月休み用に買って、おいてあった。
見事大晦日、ノロウイルスにやられる。
大騒ぎで、顔が真緑になった。
夜更けに鏡を見て、ついに未来が(あるいは過去が)見えてしまったのかと思ったほど緑だった。
幸い軽かったのか、二日ほどで肌色が戻ってきた。
寝正月、動けないまま「ことり」を読む。
誰にも言えない。何にも言えない、と、思った。
ありきたりには紹介できるけれど。
本当のところは、読んだ人にも、何がどうして自分の身体にこんなにも影響を与えるのかを、
言えないと思う。
病み上がりのせいかつよい衝撃で眠られなくなる。
おじさんの人生をおもって。
じっとすること。
何か困ったことが起きたら、とにかくじっと、じっとしなさい。
と母に言われて育ち、いまでもそうしてしまう私にとっては、
この小説は、ひとつの救いであった、と、思う。
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「東京の空の下 オムレツの匂いは流れる」 (石井好子)
「いしいしんじのごはん日記」 (いしいしんじ)
「八ヶ岳の食卓」 (萩尾エリ子)
「斜陽日記」 (太田静子)
「明るい方へ 父・太宰治と母・太田静子」 (太田治子)
を、読んでいる。
相変わらず空腹である。
二人のイシイさん、趣はずいぶん違うのにとてもリンクしていて面白い。
食いしん坊が潔くてすっとする。
八ヶ岳、は、ひたすらレシピが載っている。 668ページ!!
寝る前に読んでは悩ましい一夜を過ごしている。
そしてなぜか空腹だと、太宰治がするする読める。
斜陽日記、は、「斜陽」のもとになった静子さんの日記、
明るい方へ、は、ノンフィクション、だが、
本の頁の文字の後ろの黄みがかった空白が、
曇りの空のようで、その色は、たとえば「斜陽」の全体を通じて空へかかっているようで、
太宰も、静子さんも治子さんも、こんな曇りを見たんだろうか、と、
やはりこれは空腹のせいなのか、
感傷的になってしまう。
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「チクタク食卓」上下 (高山なおみ)
「わたしの献立日記」 (沢村貞子)
「沢村貞子の献立日記」 (高橋みどり、他)
を、読む。
夏バテを長くしていたせいか、この頃ようやく目があいて、周りが見えるようになってきた。
すると空腹になった。
それで、献立の載った本ばかり読んでいる。
写真で、一度の食事がいっぺんに見られるのが好きだ。
献立を見るということは、(写真ではどんなお箸を使っているかもわかって、)
歯ブラシの色を教えてもらったみたいに、何かに急速に近しくなってうれしい。
何にだろう。
高山さんや沢村さんの献立だからといって、
高山さんや(365日分の献立が写真で載っているけれど)
沢村さんに(こちらは文章で、27年間の記録)、というわけではない。
自分のとても身近な人に、だろうか。
食事することの幸せを考えた。
だから今何でもがおいしくて、たくさんいただいた林檎をでたらめに切っては食べてみる。
林檎って、おもちゃの兵隊になったり、ヒゲ親父になったり隙間になったり、
面白い。
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