grunerwaldのブログ

ドイツと音楽、歴史や旅行を楽しむ憩いの森へ
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4月18日(火)大阪・いずみホール(午後7時開演)でのウィーン・アカデミー管弦楽団ベートーヴェン交響曲6番と5番のコンサートに行ってきた。指揮は同楽団創設者のマルティン・ハーゼルベック。1985年の創設以来、ウィーンを拠点に古楽器を使用し(一部レパートリーはモダン楽器を使い分け)、ウィーン古典派の作曲者当時のスタイルでの演奏を続けている。20数年前にウィーンを訪れた際に、楽友協会大ホールで、シューベルト交響曲「ザ・グレイト」を聴いて以来。当時は創設からまだ数年後で、当然ながら指揮者も楽団員も若手の好事家の集団だなあ、と思っていたが、20数年の時を経て風格と安定感が増したと感じた。ハーゼルベックはウィーン国立音楽大学教授でもある。なお本公演はいずみホールとウィーン楽友協会の提携企画による公演。後日NHKにて放映の予定(日時未定)。

演奏に先立って、午後7時より通訳を介してハーゼルベック氏による10分強ほどのプレ・トークで、ここ数年取り組んでいる「リサウンド・ベートーヴェン」の趣旨の概略を手短かに紹介。ガット弦の弦楽器や18世紀から使用されているホルンやティンパニなどの楽器も紹介し、ベートーヴェンの時代からコンサートで使われていたロブコヴィッツ邸など貴族の館のホールやアン・デア・ウィーン劇場などでの実演を通じて、文字通りベートーヴェンの時代の「音」を「リサウンド(再響)」させようという取り組み。うわさには聞いて知ってはいたが、ホルンなどは本当にバルブやピストンがなくて、息の強弱と唇の調子だけで全音程を演奏しなければならず、想像以上に難しい楽器であるらしい。ガット弦の弦楽器もチューニングがとても大変らしく、演奏前の音合わせは通常のオケの何倍もの時間を取って、念入りにチューニングをしていたし、各楽章間毎にピッチ調整をしていた。チェロは床置きの棒がついてなくて、両足でしっかり抱えこむようにして演奏しているのははじめて目にした。女性はちょっと難しそうだ。指揮者は指揮台なし、譜面台なし、指揮棒なしのスタイルで熱の入った指揮ぶりで好演。

演奏は、6番から。何度も何度も聴き慣れた曲だが、やはり久々に聴く古楽器の音、とくにガット弦の弦楽器の音は想像以上に「鳴らず響かず」で、耳が慣れるのにすこし時間がかかった。この響きの良いいずみホールをもってしても、これだけ響かないと言うのは、やはりちょっと勘が狂う。オケの人数自体は50-60人ほどの中規模程度の人数はいるが、楽器自体の音量がいつも聴き慣れたモダン楽器に比べるととても小さいのだ。ほんの数メートルの目の前での演奏なのに、音に距離感があってちょっともどかしさを感じてしまう。普段聴いているモダン楽器の音がいかに大きくてよく響くことか、なるほど大変よくわかる。音量が小さいだけでなく残響もほとんどなく、細かいパッセージも聴き取りづらいので、やはり普段よく聴くオケの演奏のような体感上のゲミュートリッヒ感がなかなかついてこない。弦の音圧の弱さに比べると、ホルンや管楽器は逆に一定の音量以上でないと安定した音が出しづらいこともあって、弦と管の音量的なバランスの不揃いもやや気になる。弦楽器の響きの少なさからすると、更にもう少し小さな容積のロビーコンサートだったら、ちょうどいい塩梅かも知れない。

一曲目の6番はそんな調子で聴感的な物足りなさを幾分感じながら休憩となったが、二曲目の5番は、そうしたもの足りなさは解消されて、全楽章を通じて活力に富んだイキのよい演奏を楽しんで聴くことが出来た。ハーゼルベックのプレトークによると、アン・デア・ウィーン劇場はキャパシティとしてはこのいずみホールとほぼ同程度らしいが、ベートーヴェンの当時は平土間は椅子なしの立ち席で立錐の余地がないほど客が詰め込まれ、なんと現在の3倍は優に超える3千人程度の聴衆が入っていたという。だから当時の聴衆からすると、現在の感じで言うところの「ポップスやロックのコンサートのノリに近いものがあった」らしい、ということは、この5番の熱気溢れる演奏を聴いていると、なるほどとおおいに頷ける。音量そのものは、最後までもちろんモダン楽器の圧倒的な響きとは全く異なる感興のものではあったが、正確に演奏するのが至極困難な古楽器の演奏でこのようなベートーヴェンの快演を聴けたのは実に新鮮で珍しい体験であった。やはりこうした演奏は、かなりもの好きの部類になるのだろうと思う。アンコールは8番の第3楽章というのも、なかなか粋な選曲である。

ベートーヴェン交響曲3番からのプロモーション・ビデオから
(珍しい360°動画)





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4月1日(土)東京文化会館、NHK春祭「神々の黄昏」初日に行ってきた。ジークフリートとブリュンヒルデの主役ふたりが変更になったという主催者からのメールの案内が届いたのは、公演三日前の夜のことで、驚いた。結果論で言うと、レベッカ・ティームのブルンヒュルデは大変強靭な声と声量、圧倒的な歌唱力で、お釣りがくるくらいの儲けもので素晴らしかった!ジークフリートのアーノルド・ベズイエンは、声質は悪くはないが声量が不足気味なうえにさらにセーブしている感があり、圧倒的に物足りなさを感じた。終始譜面にかじりつきなのは仕方ないにしても、歌唱も細部の丁寧さが欠けており、ジークフリートがまだ全然板についていない印象を受けた。突然代役で頼まれて、不承不承ながら仕方なくやっているとまで言うと言いすぎになるかも知れないが、「ニーベルンクの指環」を締めくくる主役としては、もの足りなさを感じた。12列目くらいの席でもそう感じたくらいだから、後席のほうの人ならなおさら聴こえが足りなかったことだろう。声の質は悪くはないとは思ったけれど。今日4日の二回目の公演は行っていないのでわからないが、二日目はきちんと本領発揮できたのだろうか。

ブリュンヒルデと同じく圧倒的な歌唱を聴かせて大ブラボーだったのは、ハーゲン役のアイン・アンガー!素晴らしい!ルックスもワイルド系でハーゲンが完璧に板についてる。もの凄い声量と素晴らしい歌唱力で圧倒された。グンターのマルクス・アイヒェは対照的に(大阪弁で言うところの)「シュッとしたはる」感じの見目麗しい印象、いわゆるブルーブラッドと言うか、いかにも育ちの良さそうな温厚で誠実そうな味わいのあるグンターだった。もちろん歌唱も素晴らしい。映像での印象だが、「マイスタージンガー」のパン屋のフリッツ・コートナーや、フィンランドでの「死の都」のフリッツでも好印象だったし、「タンホイザー」のヴォルフラムもうってつけだろう。なんか指揮台に乗って指揮棒を振っていても様になりそうな姿勢の良さ。あ、もちろんアルベリヒのトマシュ・コニエチュニーも言うに及ばず!こちらもうってつけの役どころ。出番が少ないので、もうちょっと聴いていたいのだが。ヴァルトラウテも出番少ないけれども、エリーザベト・クールマンって、どんだけ贅沢やねん!って感じ。グートルーネのレジーネ・ハングラーも良うございました。日本人歌手による三人のノルンとラインの乙女たちも良かった。冒頭のノルンたちは、舞台の下手側と中央と上手側に離れての歌唱、ラインの乙女は舞台の下手側の低い台に乗って艶やかなロングドレスで揃って歌っていた。むかしタモリの「今夜は最高」とかで、ゲストの歌手のそでで三人ならんで歌ってた、ちょっとお色気系のバックコーラスのおねえさんたちを思い出しました(とか言っても若いもんは知らんわな)。東京オペラシンガーズの合唱も聴きごたえがあってよかった。

マレク・ヤノフスキの指揮で聴くのは、二年前の「ワルキューレ」とベルリン放送響のブルックナー8番、それと去年のウィーン国立歌劇場の「アリアドネ」以来。こういう本格的な巨匠の指揮で何回も日本で観れる(聴ける)なんて、本当にうれしい。いちおうオペラグラスは持っていったのだけれども、歌手は演技がないので、それよりも結構ヤノフスキの指揮姿をオペラグラス越しに見入っていることが多かった。もう、眼福のひと言。N響の演奏も聴きごたえ十分で大迫力で文句なし。ライナー・キュッヒルさんって本当にすごい人で、12列目くらいの席で聴いていてもキュッヒルさんの直接音がガンガン響いてくるのがわかるのだ。要となるホルンのソロは前半と後半で交代で、舞台上にひとりで立って演奏された。前半のときちょっとミスがあったけど、それ以外は大変素晴らしかった。あと、ハーゲンが手下どもを招集する時のラッパというかホルンというか、トロンボーンというか、あんな楽器ははじめて見た。床まで届きそうな長い直管状のラッパというか、スイスのアルプスホルンを真鍮製にしたような感じで、三人の奏者が舞台上の中央と左右にわかれて出て来て演奏していた。こうしてよく思い出してみると、「神々の黄昏」の実演を聴くのって、15年くらいまえのベルリン国立歌劇場の来日公演(バレンボイム指揮)をチクルスで聴いて以来の、まだ二回目か?そうか、実演ではまだそんなに観ていないんだってことに、はたと気がついた。「ラインの黄金」と「ワルキューレ」は結構何度も観ている感じがするのだが、やっぱり「ジークフリート」以後は長さに根負けしてきたきらいがある。今後はこころを入れ替えて、まじめに「ジークフリート」と「神々の黄昏」もきちんと実演で取り組んで行くことにしよう(笑)

今回の四年越しの「ニーベルングの指環」チクルスで聴いたのは、「ワルキューレ」と今回の「神々の黄昏」の二作品だが、全公演とも演奏会形式の上演で、バックの大きなスクリーンにCGの画像が大映しにされ、いわば巨大な「電子書割り」が使用されたとのこと。ただ、同じCG画像とひとくちに言っても、うろ覚えではあるが二年前に「ワルキューレ」で観た時の単調で変化に乏しいと感じた映像に比べると、二年の間の技術的進化があったのかどうか、今回の「神々の黄昏」の背景の映像はその時のものに比べると、随分と変化に富んで違和感のない、ある程度鑑賞にたえるものに仕上がってはいたように感じられた。昨秋のウィーン国立歌劇場来日公演の鑑賞の際のブログでも触れたことだが、そのクラスのオペラ引っ越し公演となると、S席だと6万円を超えるという異常な価格設定に関して、今後も同じような価格で今までのような引っ越し公演ができるかどうかは未知数の要素が多少ともあるやに感じられる。今回のN響によるワーグナー上演は、出演する歌手のレベルで言えば、それらと全く遜色のない顔合わせで、演奏会形式ということでS席21,600円。それを考えると、本格的なオペラ鑑賞の醍醐味は格段に劣りはするが、こうしたある程度鑑賞の理解の一助となるような本格的なCG映像との組み合わせによるコンツェルタント形式の演奏会であるならば、ウィーンフィルやドレスデン、バイエルンクラスのオケによる演奏でも、S席4万円台での鑑賞も可能になるのではないだろうか。ただし、演技や演出がないと、ここでジークフリートがどんなふうに殺されたかとか、グンターがどこで死んだのかとか、演奏を聴いているだけではいまひとつよくわからないと言う問題は残る。

話しが前後するが、当日はお天気がいまひとつだったのか、開演前の金管のファンファーレが会場の外でなく、ホールロビーの入口付近で行われた。室内なので、よく響いて、こちらのほうが断然聴きごたえ十分でよかった。ところで、会場ではウィーン歌劇場のかつての総裁だったイアン・ホレンダー氏の姿をお見受けした。

なお翌日も東京で所用があったので、翌4月2日の小ホールでのマルクス・アイヒェのバリトン・リサイタルも鑑賞(ピアノ:クリストフ・ベルガー)。シューベルトの歌曲から「さすらい人」や「月に寄す」など、ベートーヴェン「はるかな恋人に」、シューマン「リーダー・クライス」。これからのさわやかな春先の月を愛でて、美しいドイツ語の詞を想いおこすのもまた一興である。アンコールはベートーヴェン「くちづけ」、シューベルト「音楽に寄せて」、ワーグナー「タンホイザー」から「ヴォルフラムの夕星の歌」、コルンゴルト「死の都」から「ピエロの踊り」の4曲の大サービス。終演後はロビーで即席のサイン会。あわててCDを買おうとしたら、すでに完売終了だった。


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(以下データ、公式HPより)
■日時・会場
2017.4.1 [土] 15:00開演(14:00開場)
2017.4.4 [火] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール

■タイムスケジュール
序幕・第一幕:15:00−17:00
 休憩(30分間)
第二幕:17:30−18:35
 休憩(30分間)
第三幕:19:05−20:20
終演時刻:20:20 [予定]

■出演
指揮:マレク・ヤノフスキ
ジークフリート:アーノルド・ベズイエン
グンター:マルクス・アイヒェ
ハーゲン:アイン・アンガー
アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
ブリュンヒルデ:レベッカ・ティーム(4月1日)
        クリスティアーネ・リボール(4月4日)
グートルーネ:レジーネ・ハングラー
ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
第1のノルン:金子美香
第2のノルン: 秋本悠希
第3のノルン:藤谷佳奈枝
ヴォークリンデ:小川里美
ヴェルグンデ:秋本悠希
フロースヒルデ:金子美香
管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング宮松重紀
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田尾下 哲




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昨年の「マタイ受難曲」に続いて、今年は「ヨハネ受難曲」を京都・バッハ・ゾリステンと京都フィグラールコールの演奏で鑑賞して来た(指揮・福永吉宏、3/26大阪いずみホール、14時開演)。

何度も繰り返し聴いて来て耳に馴染んでいる「マタイ受難曲」に比べると、「ヨハネ受難曲」はバッハによる同じテーマの受難曲だけれども、はるかに聴く機会と頻度は少なかった。CDで聴いていても、やはり「マタイ」のほうが音楽の起伏に富んだ印象でこころに刻まれるのだが、「ヨハネ」のほうは「ふーん、なるほど」と頭には内容は入ってくるのだが、肝心の音楽のほうが「マタイ」ほど浸透してこないのである。歌詞の内容はとても説明的でわかりやすいのだけれども。この点では「マタイ」より叙事的ではあると思う。でも何かもうひとつ、「マタイ」のような「ときめき」が薄いのはどうしたものだろうか。まぁ、こんなことはあくまでも百パーセント、個人的な主観でしかないですが。

とは言えそれは曲についてであって、演奏のほうはと言うと、やはり京都フィグラールコールによる合唱は大変感動的で素晴らしく、来た甲斐があった。実態としてはアマチュアと言うことらしいけれども、全然そんな素人レベルではない。もっと合唱の部分が多くあったらよいのに、と感じるくらいだった。福永吉宏氏の指揮は繊細で丁寧で実に説得力があり、相当丹念にこの曲に打ち込んで来られた証しであると感じる。昨年とほぼ同じ顔ぞろえのソリストも実力十分で安心して聴いていられた。特にイエス役の篠部信宏氏の深いバスは聴きごたえがあった。

席は7列目くらいの中央付近で、理想的な位置で名曲を聴くことができた。昨年の「マタイ」は全席完売だったが、今回の「ヨハネ」はやはりあまり人気がないのか空席も結構多く、ちらほらと目立つ状況であった。隣の大阪城公園では、もう桜が開花しはじめているようだった。

それはそうと、この曲の第一部のイエスと大祭司カイファや提督ピラト、ユダヤ人たち、役人たちのやりとりを追っていると、いまの時節柄、つい先日の某理事長の証人喚問の国会のやりとりが思い出されて仕方がない。いや、あのオッサンがイエスというわけでは全くなく、単純に「糾弾する側」と「糾弾される側」という構図においてだけの話しですが。大祭司カイファの「ひとりの人間が民全体に代わって死ぬ方が好都合だ」とか言う生々しい話しもあるし。「わたしがどんな悪いことをしたのか」というイエスに対し、下っ端役人が「おんどれ!大祭司様に向かってなんちゅう口きいとんじゃあ、ゴルア!」なんて恫喝するところなど、血迷ったあげくにてめえの親分がはしごをかけましたなんて、言わんでもいいことを「自供」したおバカな議員とおんなじではないか。なんか、いつもなんとかのひとつ覚えみたいにオレンジのネクタイばかりしたはるけど。あんたちょっと、悪いんじゃないのぉ〜?まぁ、今日のところは、これくらいにしといたる(笑)  

それにしても、期待度ゼロのメディアのなかにあって、ひとり菅野氏の奮闘ぶりは大したものだ。論旨明確だし、腹が据わってるわ。あれでは、PMといっしょに赤飯食っただの寿司食っただのとか言って調子に乗せられてる大手御用メディアなんかはとても叶わんな。活躍に期待。


指揮 : 福永 吉宏

独奏 : 福音史家:畑儀文   イエス:篠部信宏  
      ソプラノ:松田昌恵  アルト:福永圭子 
      テノール:大久保亮 バス:成瀬当正


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最近新しい演奏会場が出来て、普段は音楽とは縁のない一般紙でも取り上げられたりで話題になっている、ハンブルクのNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(旧称ハンブルク北ドイツ放送交響楽団)の来日公演最終日、3月15日(水)大阪フェスティバルホールの公演を鑑賞してきた。指揮はポーランド出身のクシシュトフ・ウルバンスキ、ソリストはアリス=紗良・オット(ピアノ)。演目は、


     ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番 ハ長調 Op.72b 
     Beethoven:"Leonore" Overture No.3 in C major Op.72b

     ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op.37<ピアノ:アリス=紗良・オット>
     Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor Op.37 (Alice Sara Ott, Piano)

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     R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」 Op.30       
     R.Strauss:"Also sprach Zarathustra" Op.30


旧称の北ドイツ放送交響楽団と言えば、御多分に漏れずギュンター・ヴァント時代のブラームスやブルックナーのCDで耳にしていた。いつ頃から現在のNDRエルプフィルと言う名称に変わっていたのか気がつかなかったが、二年前にヘンゲルブロックとの来日公演で大阪のザ・シンフォニーホールでマーラーの交響曲1番とヴァイオリンがアラベラ・美歩・シュタインバッハーというのでチケットを購入していたのだが、仕事の都合であいにく行けなかった。今回はじめてこのオケを聴きに行き、毎度のことながら本当にドイツというのは各地域の都市ごとにこの様なレベルの高いオーケストラが数多くあるのが、すごいことだと実感する。

主催はフジテレビで東芝の提供。東芝にはもうこのような大盤振舞いを続けて行く余力はないかと思われるが… フジは最近ベルリンフィルの来日公演を主催したりして、クラシックにも注力している様子が窺える。今回のNDRエルプフィル、S席は1万3千円なので、ウィーンフィルやベルリンフィルなどのスーパーオーケストラに比べればべらぼうに安いし、残席も結構余裕がある。毎回思うが、この違いは何だろうか。確かにウィーンフィルやベルリンフィルは素晴らしいオケだし演奏がすごいのは言うまでもないけれど、コンサートのチケットで4万円近いというのはべらぼうだし、そこまでの差がNDRエルプフィルのクラスのオケが出す音とに本当にあるのかどうなのか。実際、価格としては二倍の差はあると言われればそれは納得の範囲内だが、三倍までの差があるほどNDRがヘタレなオケとは思えないというのが実感である。

さて、一曲目「レオノーレ3番序曲」、暗い牢獄の絶望を思わせる、陰鬱で暗く繊細な音で奏でられる冒頭部分の演奏の繊細なこと。素晴らしい集中力で引きこまれるようだ。ところが、冒頭部分が終わりかけたあたりで、近くのご婦人がいかにも退屈そうに、ペラペラと音を立ててパンフレットをめくりはじめた。あのなぁ!客電も落ちてるのに、パンフレットめくったところで、なんか文字読めるか?いかにも退屈でじっとしていられないようで、ごそごそと動いては足元のかばんから何かを取り出したり、おまけに演奏中ずっとチラシの入った薄いビニールの袋を手の平でいじり続けてぺちゃぺちゃと不快な雑音を出し続けている。クラシックの演奏など大した興味ないけど、ただで招待券もらったんでとりあえず来てみたけどやっぱり退屈だなぁ、って感じがありありで。すぐ隣りならすぐにでも注意したいところだが、中途半端に何席か離れているのでそれもできずもどかしいまま。おかげで「レオノーレ序曲」の途中あたりから二演目目のピアノ協奏曲まで、まったく音楽に集中できなかった。いい迷惑な話しである。なのでアリス=紗良・オットの演奏もあんまり耳に入って来ず、強烈なルックスの印象だけしか残らなかった。いい迷惑な話しである。ルックスは凄く印象に残った。細いウェストのスレンダーなプロポーションで、黒のスパンコールのロングドレス。背中と両脇腹に大きなスリットが入ってシースルーになっている。ボディから膝あたりまではぴったりと絞りこんで、膝あたりから足もとにかけて裾が広がったエレガントなシルエットのスパンコールドレス。見せます感オーラがハンパない(笑) 人生楽しいだろうな、きっと。アンコール2曲、グリーグとショパン。

ちょっとこれでは話しにならないので、休憩時に係員さんにオバサンにご注意してもらうようにお願いしておく。まあ、こういう苦情はよくあるのだろう。「はい、わかりました」みたいな感じで、うまく対応して頂いたようで、後半の「ツァラトゥストラかく語りき」では、客席に通常の静謐が取り戻され、音楽に集中することができた。素晴らしい演奏であった。迫力ある演奏だった。何より、R・シュトラウスのこの面白い曲が堪能できた。各楽章にはそれぞれ一見難解そうで意味ありげな標題が付けられているが、別にそれは何かと頭で理解しようとしなくても、音楽そのものは難解ではなく、他のR・シュトラウスの交響詩となにか特段変わったところがあるような曲でもないだろう。壮大なスケールの冒頭、おどろおどろしいところ、可憐でかわいげのある個所、優雅なワルツなど、「ティル・オイレンシュピーゲル」や後の「サロメ」や「ばらの騎士」を想起させるような曲風も感じ取られる。この曲はトランペットは要だと思うが、トランペットをはじめ金管はすこぶるうまく重厚で、大変な迫力があった。ワルツのヴァイオリン・ソロは全然ウィーン風ではなかったが、安心して聴いていられた。チューブ・ベルはどこにあるか見えないようだったが、上部のスピーカーから聞えたような気がした。アンコールはローエングリン3幕前奏曲で、文句なしの快演。どのコンサートも、この価格でこの席(中央付近)で聴けたら、言うことがないのだが。

この曲は、以前2014年5月にライプツイヒを訪ねた時に、ゲヴァントハウス管の演奏(指揮アンドリュー・デイヴィス)でも聴いているが、二階の席だったためかちょっと音が遠く感じてもったいないことをしたのが心残りだった。実はこの時、前半のプログラムは一階の席で聴いていたのだが、ホールの全体像がよく見える二階の席も同時に購入しており、後半はそちらに移動したのだ。やはり音は一階のほうがダイレクト感があった。席を変えずに一階のままで聴いていたほうがよかったのかも知れない。今回のNDRエルプフィルという、よいオケのよい演奏で挽回できたのは、よかった。





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びわ湖ホールプロデュースオペラ「ラインの黄金」(会場・大津市びわ湖ホール・14時開演)3月4日(土)と5日(日)の両公演を鑑賞してきた。沼尻竜典指揮、京都市交響楽団演奏。ソリストは下記。演出ミヒャエル・ハンペ、美術・衣装ヘニング・フォン・ギールケによるオリジナル・ニュープロダクション。このチームによる公演は、昨年3月の「さまよえるオランダ人」を観て非常に面白かったので、期待も高まる。この「ラインの黄金」を皮切りに、2020年まで4年をかけて毎年一作づつ「ニーベルングの指環」が制作・上演される「びわ湖リング」プロジェクトの第一作目。

普段はひとつの公演を一回観るだけのことがほとんどだが、今回は珍しく両日ともほぼ同じ席から鑑賞することができた。休憩なし一幕2時間半の演奏。


客電が落ち、暗闇と無音のなか静かに幕が開いて行くと、まずはCG(プロジェクションマッピング、以下CGとする)で大きいスクリーン一面に星々に散りばめられた宇宙の模様が映写される。そこから低弦のペダルで序奏が静かに開始されていく。序奏の盛り上がりに合わせて、中央のスパークのような模様が徐々に大きくなって行く。宇宙空間はいつしか水面の下のラインの川床の様子に変化して行く。舞台奥の大スクリーンと、舞台手前側にも紗幕によるスクリーンがありそこにも水面の揺れる様子がCGで映写されるので、非常に立体感に富んだ映像感覚で、あたかも本当に深い水中に漂っているような感覚である。ちょうどすぐ隣りはびわ湖なので、びわ湖の水面の下、という印象も受ける。細かい水の泡の感じまでリアルに感じる。

最初に登場するラインの乙女は、人魚のような姿で描かれたCGの動画で現れる。水のなかを行ったり来たりはCGのアニメーション。歌声は深いエコーがかかってスピーカーから聞こえる。アルベリヒが登場して彼をからかう段になって、ようやく岩陰から彼女らがひょいという感じで出てくると、そこからは生の歌声に切り替わり、また岩陰にひょいと隠れたかと思うとスクリーンのなかのアニメに切り替わり、スピーカーの音に変わる。これがとてもタイミングよくうまく切り替わるように演出されている。

ところで舞台上に設えられたセットらしいセットと言えるものは、舞台左右のこの土手のような岩場のようなものだけで、あとは舞台奥と正面の二つの大きなスクリーンに映写されるCGの画像のみ。言わば「電子書割り」である。神々の城やニーベルングたちの地下の洞窟のような作業場などはト書きに忠実に描かれていて、奇をてらったようなものでは全くない。衣装も割とオーソドックスな感じで奇抜さはないが、例えばローゲなんかは遊園地かなにかのこども向けのアトラクションに出て来るアニメのキャラクターのような感じでちょっと面白い感じだったのと、ラインの乙女が結構身体のラインピッタリで金髪の鬘でなんだか人魚版セーラームーンみたいな感じだった。ファフナーとファゾルトは、上下二段で下段に足の役の人が隠れた「ジャンボマックスくん」みたいなやつ(古〜っ!つか世代限られる!)。アルベリヒがドラゴンに化けるところももちろんCGなのだが、うまく尻尾の部分だけを巨大なつくりものにして、これが舞台上でのたうちまわる仕掛けにしているので、かなり立体的で3D感と迫力のある映像である。とは言え、CGはどこまで行ってもCG。CGの制作費は相当掛かっているだろうことはわかるが、舞台上に設えられた造作物は上で述べた土手と岩場のセットくらいのものだけ。舞台演出としてはCG90%と言ったところではないだろうか。ここまで徹底してプロジェクションマッピングだけの「指環」の上演というのは、はじめてではないだろうか。CG製作費を除外すれば、舞台制作のコストは最小限にまで抑えられた経済的なやりかただろう。豪華でリアルなセットにコストと労力がつぎこまれた舞台こそがオペラの醍醐味と思い続けていると、今の時代の新しいオペラ演出の変化が見えてこないかもしれない。とは言え、ちょっと寂しい感もなきにしもあらず。最後の虹の橋を渡る神々の城への入場のCGはしょぼすぎて失笑。あんなものならないほうがまし。明らかに最後の壮大な音楽とは不釣合いだった。

歌手の皆さんは両日とも、どの役も大変聴きごたえ十分ですばらしかった。これだけ実力のある歌手による「リング」がびわ湖ホールで聴けるのは実に有意義なプロジェクトだと実感。期待通りのハイレベルな演奏にまったく文句なしだった。京響の演奏は、二日両日とも聴いて、初日と二日目で大きく印象が異なるということはなかった。実に丁寧な演奏で、美しいところは美しく、迫力のあるところは十分に迫力のある演奏で高水準だった。ただ、濃厚なコクで音楽の渦に巻き込まれるほど重厚で強烈な印象があったかと言われると、そこまでの重厚感まではなかった。ドイツ車で時速160キロくらいでアウトバーンを疾走するような感じではなく、名神高速を時速90キロくらいで安全運転している感じだった。なお両日とも完売御礼の案内が出ていて、実際満席のようだった。関西での本格的な「リング」プロジェクトへの期待値は低くはないと思われる。

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ラインの黄金 
Das Rheingold
3月4日3月5日
ヴォータン
WOTAN

ロッド・ギルフリー
ROD GILFRY

青山 貴
TAKASHI AOYAMA

ドンナー
DONNER

ヴィタリ・ユシュマノフ
VITALY YUSHMANOV
           
黒田 博
HIROSHI KURODA

フロー
FROH

村上敏明
TOSHIAKI MURAKAMI
 
       
福井 敬
KEI FUKUI
ローゲ
LOGE

西村 悟
SATOSHI NISHIMURA

清水徹太郎*
TETSUTARO SHIMIZU

ファゾルト
FASOLT

デニス・ビシュニャ
DENYS VYSHNIA
 
        
片桐直樹
NAOKI KATAGIRI

ファフナー
FAFNER
斉木健詞
KENJI SAIKI
               
ジョン・ハオ
ZHONG HAO
                 
アルベリヒ
ALBERICH
カルステン・メーヴェス
KARSTEN MEWES
      
志村文彦
FUMIHIKO SHIMURA
           
ミーメ
MIME
与儀 巧
TAKUMI YOGI
              
高橋 淳
JUN TAKAHASHI
            
フリッカ
FRICKA
小山由美
YUMI KOYAMA
              
谷口睦美
MUTSUMI TANIGUCHI
     
フライア
FREIA
砂川涼子
RYOKO SUNAKAWA
    
森谷真理
MARI MORIYA
              
エルダ
ERDA
竹本節子
SETSUKO TAKEMOTO
     
池田香織
KAORI IKEDA
            
ヴォークリンデ
WOGLINDE
小川里美
SATOMI OGAWA
        
小川里美
SATOMI OGAWA
    
ヴェルグンデ
WELLGUNDE
小野和歌子
WAKAKO ONO
               
森 季子*
TOKIKO MORI
        
フロスヒルデ
FLOßHILDE
梅津貴子
TAKAKO UMEZU
             
中島郁子
IKUKO NAKAJIMA 
  
*…びわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバー

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