grunerwaldのブログ

ドイツと音楽、歴史や旅行を楽しむ憩いの森へ

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6月に日生劇場で上演された「NISSAY OPERA 2018『魔笛』」が、舞台をびわ湖ホールに移して10月6日(土)に上演された(午後3時開演)。キャストは日生劇場での二日目(6月17日)と同一で指揮の沼尻竜典も同じだが、オケは日本センチュリー交響楽団で合唱はC.ヴィレッジシンガーズ。

昨年の年末から今年にかけて、なぜか「魔笛」の実演に触れる機会が急に多くなって、今回のびわ湖で4回目(ずっと昔に観たベルリン国立歌劇場来日公演も含めると5回目)。いままで、ダ・ポンテ三作などに比べるといまひとつ「魔笛」を積極的に聴くモティベーションはやや薄かったのだが、昨年末にウィーン国立歌劇場の天井桟敷で聴いたアダム・フィッシャー指揮の「魔笛」の演奏がとても素晴らしかったので、その後3月のベルリン・コーミッシェ・オーパの来日公演(兵庫)、7月末にザルツブルク音楽祭の新演出と、続けて観て来ている。今回の「NISSAYOPERA」の「魔笛」も、それらと比しても全然見劣りしないばかりか、演奏も演出も大変優れた、見応えのある公演だった。

特に直近にザルツブルクで観て来た祝祭大劇場での新演出の「魔笛」は、この劇場の広大すぎる舞台空間をやや持て余し気味と言う印象で、会場のキャパも大きく、モーツァルトのオペラはやはり隣りの「ハウス・フォー・モーツァルト」くらいの小ぶりな会場で聴くのがベストだと感じたばかりだった。その意味では、今回も「びわ湖ホール」という会場も決して小さなスケールではないが、舞台の使用面積は最大限までは使用しておらず、大きな衝立型の書き割りが左右に置かれて景ごとに回転して、その背景になる。実に適度な舞台空間にうまくなかみを凝縮しており、とても心地よいモーツァルト空間を実現、演奏も演出も楽しめた。演出は佐藤美晴さんで、歌唱はドイツ語、セリフ部分はかなり大胆な意訳を随所に取り入れた日本語で、これが非常に面白いもので翻訳版のジングシュピールとして、歌唱と同等の上演の質を、芝居部分でも成功している稀に見るケースだった。歌唱のドイツ語歌詞と日本語のセリフの落差を感じさせない、よくできたものだった。歌手たちは本来は歌唱が本業なので、日本語訳のセリフが少々テンポが悪くて歌唱との落差があっても仕方がないとたいがいは諦めてきていたが、今回の演出は歌手もみな役者のようにセリフが板に付いており、テンポも歯切れもよく、笑わせるところもしっかりと笑える演技ができていて、全然上滑りしていない。これほど違和感なく日本語とドイツ語の混成によるオペラの上演に成功している例は観たことがない。歌手による日本語の芝居劇がこんなにしっかりとできるというのは、言うは易く行うは難しであると思う。いいスタッフが揃っているのだろう。もとの台本にとらわれずに、タミーノの冒頭のセリフで「本当は自分たちはドイツ語で話しているのだけれども、ザラストロのこの不思議な空間ではなぜかそれが観客には日本語として聴こえているようだ」という気の利いた一言で、あとに続くすべての日本語のセリフが違和感なく耳に入ってくる。頭のいいやりかただと感心した。歌手も立派だし、沼尻指揮センチュリー響の演奏は軽快で伸びやかで楽しく、モーツァルトの良さがじゅうぶんに感じられる良い演奏だったが、今回は演出面の面白さがより印象に残った(冒頭の三人の侍女の怪物退治のところでは、殺虫剤を手に手にしゅっしゅと男どもをやっつけているのが笑える)。

劇中の芝居部分のセリフも相当逸脱した「今どき」の内容と表現になっているが、むしろそのほうがセリフと演技がとても自然で、「やらされている感」が全くない。パパゲーノの青山貴などはいつもは威厳のあるヴォータンなどで聴いているが、こんなに喜劇的な芝居が上手だったのかと、意外な一面に驚いた。メイクやヘアスタイル、衣装(とてもカラフルでメルヒェン的でいい)などから観ても、なんだか最近よくテレビで活躍中のちょっと浅黒い日焼け顔が売りのお笑い芸人みたいだ。それから、パミーナの砂川涼子も愛らしいアイドルと言うか、宝塚のヒロイン役のようなピカピカ可愛らしさ全開のキャラ設定もここまで来るとお笑いのレベルかと思うが、実のところ、実際にいやぁ〜本当に可愛い(笑)。歌ももちろんうまいのは言うまでもないけど、容姿実力揃った貴重な逸材だ。タミーノの山本康寛も端正な歌唱とイケメンぶり。小堀勇介のモノスタートスはストーカーキャラ全開。武士Ⅰと武士Ⅱの二塚直紀と松森治は以前観た「MIKADO」で存在感があったが、ここでの二人の武士役もブルースブラザーズのジョン・ベルーシとダン・エイクロイドみたいで存在感たっぷり。二塚さん、張りきりすぎ、声出すぎで、かえって笑える。夜の女王の角田祐子さんのメイクと衣装はこれらの中では従来型の夜の女王のイメージ通りでとてもメルヒェン的。ここまでメルヒェンに忠実な描写の仕方と言うのも、いまではドイツよりもかえって日本のほうが優等生なんではないだろうか。三人の侍女もメルヒェン的で歌唱もセリフも上手だった。三人の童子は少年歌唱ではなくソプラノで、モーツァルトの夢を見ているタミーノと同じ格好をしていて、皆モーツァルトの分身というような感じだった。伊藤孝之のザラストロだけは唯一内面的な悲しみを秘め(威厳と品格はあるけれども)、このメルヒェン喜劇的なお芝居のなかでただ一人悲劇的に描かれているように見える。

2幕のザラストロの昼の世界は、典型的な男尊女卑の世界として極めてお笑い的に描かれていて、ミソジニー的な揶揄が随所に感じられた。並べられた椅子を女性社員たちが拭いて掃除しているところへホワイトカラーのサラリーマン風の男たちがずかずかとお構いなしに入ってくる。彼女たちを気にかけるでもなく、ゴルフの素振りをしたり下世話っぽい話しをしあって品のないガハハ笑いをしたり、当然のように女性社員に飲み物を酌させたりで、ニッポンのオヤジ社会が極めて真っ当に描かれている(笑)。新参者のタミーノをオヤジどもがああでもない、こうでもないと嫌味に品定めするところなどは騎士ヴァルターの受け入れを巡るマイスタージンガーの親方衆のようにも見えるが、もっと露骨で下品な表情で表現されていてコント的で面白い。彼らの世界を冷ややかに見ている第三者の視点として、同じ場所にはいるものの彼らからは同じ世界の人間として認識されないビルメンテの作業員たちを登場させているのもユニークなところだ。このあたりの描き方などは、カタリーナ・ワーグナーの「マイスタージンガー」の一部分とそっくりである。さてそんなオヤジ社会にタミーノとパミーナが取り込まれ、同化して行くのか、あるいは世代交代して新たな世界が築かれていくのか。その答えまではオペラごときが提示できなくても仕方あるまい。ただ、女性社員が打ち勝ったと言うふうにも見えるし(とても疲れきっているようにも見えるが)、倒れた夜の女王を抱えるザラストロは表情は悲劇的に見える。何回聴いても、このオペラの終わり方はいつも時間切れではい終わり、と言う感じで唐突な気がする。それにしてもプログラムを見ると、若い世代のスタッフたちがどんどん新しい仕事を築いて行ってくれているようで、頼もしいかぎりだ。オペラはすべて贅を尽くした伝統的様式美でなければならないなどと時代錯誤な勘違いを臆面もなくのたまうバブル世代の屍を、彼らはいとも軽快に乗り越えて行けばよいのだ。いや、すぐ後ろに執拗に演出家にブーブー言ってるじいさんがいたもので。


指揮:沼尻竜典(びわ湖ホール芸術監督)
演出:佐藤美晴
出演:ザラストロ     伊藤貴之
   タミーノ      山本康寛※
   弁者&僧侶     山下浩司
   僧侶        清水徹太郎※
   夜の女王      角田祐子
   パミーナ      砂川涼子
   侍女Ⅰ       田崎尚美
   侍女Ⅱ       澤村翔子
   侍女Ⅲ       金子美香
   童子Ⅰ       盛田麻央
   童子Ⅱ       守谷由香
   童子Ⅲ       森 季子※
   パパゲーナ     今野沙知恵
   パパゲーノ     青山 貴
   モノスタトス    小堀勇介
   武士Ⅰ       二塚直紀※
   武士Ⅱ       松森 治※
   ※びわ湖ホール声楽アンサンブル・ソロ登録メンバー

合唱:C.ヴィレッジシンガーズ
管弦楽:日本センチュリー交響楽団

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びわ湖ホール開館20周年記念の催しとして当初9月30日(日)午後2時開演の予定だったのが、当日が台風直撃の影響で航空便やJRなど主要な交通機関もストップとの発表もあり、結局当日の演奏会は中止となり、一日前倒しで本日9月29日(土)午後4時からの「特別演奏会」の開催に急遽変更となった。

もっとも、びわ湖ホールからは直前にメールやHPで案内があり、最初の案内が28日にあった時点では、30日当日の当初予定の演奏会については遅くとも当日午前10時までに開催か中止かを決めるとし、それとは別に、当初の予定にはなかった前日29日に急遽この「特別演奏会」を実施するとのことだった。30日のチケット購入者はそのチケットの席が29日も有効で、もし30日も予定通り演奏会が実施されれば当日も有効とのことだったので、運が良ければ同じ演奏会が同じ席で二日連日鑑賞できる可能性もその時点ではあった。結局最終的には上記のように29日午後3時の時点で、当初の30日の予定の演奏会の中止が発表されたので、一日前の「特別演奏会」に来場できた客のみが、当初予定の演奏を聴くことができたというわけである。


さて、マーラー作曲交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」。よく知られている通り、この曲はオケの構成人数も合唱の人数も他に比類のない大規模なもので、今回のリスト(プログラム記載)を一瞥するだけでもオケは約140人、合唱約250人、児童合唱約40人にソリスト8人、合わせると400人を優に超える超大規模なスケールの大きい一大イベントであるので、その準備には相当の労力がかかっている。そのうえ約1800席のチケットが当初の予定では全席完売している期待値の大きい公演である。いくら台風直撃の不可抗力とは言え、みすみすこの事業が中止により完全にお蔵入りでゼロの結果になってしまうのは、金銭だけの問題ではなく、芸術上の損失の意味でも本当にもったいない。そこで主催者が直前二日前に決めたのが、予定になかった前日の前倒し開催である。これだけの大規模な演奏会なので、幸いもともと出演者全員参加によるゲネプロが予定されていたのだろう。なので、せっかくなのでそのゲネプロを急遽、本番に前倒しにしてしまおう。そう決めた沼尻芸術監督と山中館長の決断は英断であったと思う。急遽事前の案内があったとは言え、完売のチケット購入者の全員が二日前に予定を変更できるわけではなく、何割かの客は涙をのんで払い戻ししてもらう他ないが、公演中止でまったくゼロになってしまうよりは、来れる客だけでも聴ける可能性を残した訳だから、何倍もベターな選択だっただろう。実際、本日の特別演奏会の客入りは約7割程度(よりは少ないか?)と言ったところで、千人ていどの客は救済されたのではないだろうか(追記:翌日の京都新聞の記事では約800人の来場となっていた)。また、購入者全員が来場できないことを見込んで、急遽5千円の当日券も発売するとの案内もあったので、もともと完売で購入できなかった人にも救いがあったわけだが、見たところ当日券売り場にはさほど多くの人が並んでいるようには見えなかった。そういうわけで、急遽予定が変更できずに本日来場することが叶わなかった方には、30日当日の公演中止は残念な結果となりました。また知事選の大事な投票日が台風という沖縄県民のかたも大変でしょう。これ以上自然災害の被害が広がらないことを祈る他ありません。

さて「大地の歌」も入れると計10曲からなるマーラーの交響曲では、1番と5番がなんと言っても実演で聴く機会がもっとも多いのではないか。次いで4番、また9番の人気も高い。2番、3番もなかなか規模が大きい。6番と7番も演奏者には難曲そうだが、最近では結構人気が高いように思えるし、個人的には大好きな曲だ。そう言えば「大地の歌」は実演ではまだ聴いていないか、よく振り返ってみると。そして8番は、上記のように構成が破格の巨大規模ということで実演で聴く機会もまれだし、録音や録画で視聴していてもいまひとつ馴染みが薄かった(追記:びわ湖ホールとも縁が深い某著名評論家先生によると「マーラーの交響曲のなかでは事大主義的で、唯一あまり好きではない」というコメントをされていて、「まあ、ちょっとご大層な曲だよな」というのは自分も薄々同じように感じていたところはある)。一部がラテン語で二部がドイツ語と言う構成は個人的には大好きな「カルミナ・ブラーナ」と共通で、二部の「ファウスト」も馴染みはあるのだが、この曲の歌詞内容はやや難解で日本語訳詞を眺めていても没入できなかった。とはいえ、このような大曲が関西圏にあるびわ湖ホールの開館20周年記念と言うちょうど節目の行事の目玉公演として聴けたのはタイミングがよかった。

それにしても凄い規模だ。上にも書いたがオケだけでもステージ上びっしりの百数十人で、京響の楽団員に加えて46人の客演・契約演奏者が加わり、コンマスも神奈川フィルの石田泰尚氏のゲスト・コンマス。オケの後方には、ステージ奥まで全9段のひな壇に約250人以上の男女・児童の合唱がびっしりと並ぶ様はまことに壮観。このような特別な機会の特別な曲でなければ、通常では目にすることがないような規模だ。それに加えて曲の中ほどとフィナーレでは3階左翼に7名ほどの金管のバンダが配置され、豪快な咆哮を轟かせてくれて圧倒的な迫力だ。自席は右バルコンだったので左翼のバンダがよく聴こえてよかった。逆に幸田浩子さんの栄光の聖母の歌唱は多分自席の真上くらいの3階右翼からの歌唱だったようで、姿は見えずエコーのように聴こえた。ソリストは指揮者の右側(上手)にテノール清水、バリトン黒田、バス伊藤の各氏、左側(下手)にソプラノ横山、砂川、アルト谷口、竹本の各氏。どの歌手も実力派で、このびわ湖ホールでの「ニーベルンクの指環」公演でも目に(耳に)した人も出ている。抜きん出てたまげるような声量とか言うようなことはないけれども、聴き応え十分な立派な歌唱だった。250人を超える大合唱も平坦なところや粗っぽいところもなく、美しく深みのある合唱で大変すばらしかった。特にフィナーレの「神秘の合唱」冒頭の「Alles Vergeangliche ist nur ein Gleichnis」(すべて移ろい行くものは あくまで比喩のようなものにすぎない)の入りのところは実に精妙、神秘的で美しく、感動的だった。そしてなによりもこの大曲をこのような特別編成版、大オーケストラの圧倒的な演奏で鳴らしきった沼尻芸術監督に喝采をおくりたい。聴き応えじゅうぶんの、素晴らしい特別演奏会だった。びわ湖ホールには、今後もこうした質の高い公演の実現に引き続き取り組んで頂き、広い地域からのより厚い客層に素晴らしい感動を与えて頂きたいものである。2018年9月29日(土)午後4時開演 びわ湖ホール) 

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    びわ湖ホールtwitterより


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               京都新聞記事より


指揮:沼尻竜典(びわ湖ホール芸術監督)
管弦楽:京都市交響楽団
合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル、「千人の交響曲」合唱団
児童合唱:大津児童合唱団

ソプラノI:横山恵子/ソプラノII:砂川涼子/ソプラノIII:幸田浩子
アルトI:谷口睦美/アルトII:竹本節子
テノール:清水徹太郎
バリトン:黒田博
バス:伊藤貴之




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NHKが数年前から不定期で放送している「NHKスペシャル・未解決事件File」という番組のシリーズ7作目が放送された。この番組ではこれまでに、「グリコ・森永事件」や「朝日新聞阪神支局襲撃事件」や「オウム事件」、「ロッキード事件」などを題材に、ドキュメンタリーと再現ドラマの二本立ての形で放映してきている。そのシリーズの7回目の今回のテーマは、地下鉄サリン事件10日後の1995年3月30日朝に起きた國松孝次警察庁長官狙撃事件。警察の捜査は初動の時点から「オウムありき」で公安警察主導で行われ、元信者で警視庁元巡査長だった被疑者Kらが逮捕されたが、具体的な証拠もなく、その後不起訴・釈放されるなど、未解明なままで2010年3月30日に時効を迎えた。社会を震撼させた凶悪事件にしては公安警察と刑事警察の不毛な対立だけが印象づけられるという不可解な展開をたどった末に、事件としては迷宮入りとなった。結局、この事件により「オウムが怪しい」という印象操作さえ完結すれば、真実や真相などどうでもいいという警察上層部の意向が透けて見えてくるようで、後味が悪い事件だった。捜査の過程では、狙撃犯の目撃者が「(9mの)距離があるうえにマスクをしており、人相までは覚えていない」と証言したものが、調書では「(容疑者の)K巡査に似ている」と内容が変わっていたり、警察から銃撃現場の鑑定を依頼された専門家が「間違いなく技術の高いプロによる犯行」と発言したにも関わらず「後方からまる見えで素人くさい犯行」と言うまったく逆の内容の調書になっていたりで、非常に重要な部分に虚偽があることを伝えている。誤記とか記載ミスというレベルでなく、調書の内容そのものがオウム犯行説に合うものに意図的に書き換えられているのである。

なによりも357マグナムの特殊なホローポイント弾を三発も急所に入れ込まれ、奇跡中の奇跡で死の淵から生還した長官自身の身体的苦痛を思うと想像を絶する。3ℓにおよぶ出血で三度心臓が停止したが、電気蘇生と10ℓもの大量輸血により奇跡的に一命を取り留めたとのこと。オウムのサリン事件直後という緊迫した時期と、国家組織の重要人物という立場だったからこそ可能な処置だったのではないだろうか。ただの一般人がその被害者であったなら、とうてい一命を取り留めることなど不可能だったのではないかと想像する。緊急手術中の写真や、摘出された弾丸の写真も放送されてはじめて見たが、確かに弾頭が体内に射入した瞬間にその先端が外側にめくれあがってきのこ状になり、通常の弾丸よりも非常に大きく体内を損傷させる殺傷力の高いものであると言うのが、よくわかった。ドラマでは中村泰役をイッセー尾形が、それを捜査する警視庁捜査一課の原雄一刑事役を国村隼人が演じた。

ところでその「中村泰」の名前と顔写真が週刊誌などの記事で掲載され出して度々目に触れるようになり始めたのは、長官狙撃事件から7年以上も経ってからのことだった。「東大を中退した自称革命家くずれの前科ありの老人が、長官狙撃の実行犯?」というような記事内容だったように記憶している。そのきっかけは2002年11月22日に愛知県名古屋市の銀行で起きた現金輸送車襲撃事件だった。この事件では二人の現金輸送担当の警備員のうちのひとりが足を拳銃で撃たれて重傷を負い、ひるんだ隙に現金5千万円が入ったかばんが奪われた。犯人はその場で自動車に乗り込み逃走を図ろうとしたところ、もう一人の警備員の反撃に合い、その場でこの警備員に取り押さえられ、駆け付けた警察官に強盗傷害の現行犯で逮捕された(なにが凄いって、同僚に向けて拳銃をぶっ放した強盗犯人に立ち向かって反撃に出て取り押さえたその警備員の度胸が凄い!)。その後取り調べに対し黙秘していた犯人は、指紋から「中村泰(ひろし)」と言う名前の72歳(当時)の男であることが判明した(後に名古屋現金輸送車襲撃事件の前年2001年に大阪で起きた同様の事件でも起訴され、2006年無期懲役刑確定)。そして、この男はそれ以前に1956年11月23日に武蔵野市吉祥寺で起きた警察官射殺事件の犯人で、無期懲役刑を受け19年間千葉刑務所に服役し1976年に出所していることが判明した。名古屋での事件の捜査の過程で中村に協力者がいることがわかり家宅捜索、その後三重県名張市の中村のアジトから地下工作活動に使用したとみられる偽造パスポートやいくつもの変名による証明書類などを含む数千点に上る証拠が押収された。決定的だったのは、中村が偽名で契約していた都内の銀行貸し金庫から大量の銃器と実弾が発見されたことだった。それに加えて名張のアジトからは、95年の長官狙撃に関わったことをうかがわせるようなものも発見され、関係者を色めかせた。

この男が、ことによると警察庁長官狙撃事件に関わっているか、ともすれば実行犯ではないか?捜査を進めるうちに、捜査員らの心証はますます深まって行く。警視庁捜査一課の原雄一刑事が長官狙撃事件に関連して、名古屋の事件で岐阜刑務所に服役中の中村の聴取を開始したのは、2004年から。そのやりとりからは、犯行当日に事件現場に残されていたバッジや硬貨の詳しい位置や逃走後に乗り捨てた自転車の場所のこと、事件の直前に長官送迎の公用車のナンバープレートの表示が変わっていたことなど、当事者でしか知りえない秘密の暴露の内容もあり、疑いはより深まっていく。ただし、自分が狙撃したか否かについては曖昧で、協力者については黙秘、何よりも最重要証拠となる拳銃については、フェリーから海中に投棄したと言うことだけで、それが事実であればその発見は難しい。売名目的の単なる愉快犯である可能性も否定できない。なによりも警察組織の上層部自体が「オウムありき」の方向性を決めてしまっているため、捜査をするにも「ブレーキを踏みながらアクセルを踏めと言われてる」ようなものに感じたと言う原刑事の回想がもっともに聞こえる。冗談か本当の警告か、警察内部で「駅のホームの端に立つな」とまで言われたと言う。半分は冗談を大袈裟に言っているようにも聞こえるし、半分は警察組織内部での対立の大きさを物語るものにも聞こえる。原刑事自身は、中村捜査の専属チームの班長となった際に、自ら希望して公安側からも人員を入れてもらって客観的な捜査となるように努め(ドラマでは「公安から送り込まれた刺客」という原のセリフで表現されているが)、結果的には公安側の人員も中村本星説に納得し捜査に関わる。しかし上層部の「オウムありき」の方針と、最重要証拠の拳銃がみつからない、協力者を供述しないなどで捜査は進展しないまま、2010年の公訴時効を迎えた。

中村泰とは何者だったのか?ここからはこれを機にネット上で調べてみたものである程度整合性の取れるものも加えると、若い頃から相当凶悪な知能犯で、闇社会との関りも深い人間ということが見えてくる。
中村泰は、昭和5年東京生まれ。父が南満州鉄道の技術者で、少年期を満州で過ごし、旧制水戸中学時代には一時、五・一五事件にかかわった橘孝三郎が創設した右翼団体「愛郷塾」の塾生に。旧制水戸高校から東京大学教養学部に入るも、青年共産同盟に参加し大学を中退。昭和31年、職務質問を受けた巡査を射殺し、無期懲役の判決を受けて千葉刑務所に服役。昭和51年に仮出所した。

 平成14年、名古屋市内で銀行の現金輸送車を襲撃し、取り押さえられて現行犯逮捕。大阪でも現金輸送車を襲撃していたが、どちらの事件でも躊躇なく発砲している。左手にジュラルミンケースを提げて歩いている警備員の左足膝の下を狙って命中させ、高い技量を持つことが証明されている。今年で88歳になるが、現在、無期懲役刑で岐阜刑務所に服役中。(文春オンラインより引用)
NHKの番組には中村の実弟も顔出しでインタビュー出演している。中村は幼少時から極めて頭脳優秀で東大にも入ったが、素行不良で間もなく退学している。子供の頃からとにかく読書と機械いじりが大好きで、手先が相当に器用だったようで、その頭脳と特技を活かして金庫破りなどの窃盗を繰り返して度々逮捕されているようだ。青年期は戦後の混乱期ということもあり、度々服役していることからも、その頃からすでに闇社会との関りが深かったのかも知れない。想像ではあるが、米軍あるいは米工作機関などの関係者等からの闇流しの銃器ブローカーのようなことに関わっていたのではないだろうか。これはNHKのドキュメンタリーでも放送されていたが、76年出所後民族派右翼の有力者に銃器武装でのある計画をもちかけたが、人が集められず断念したと言うことになっている。93年にピストル自決した民族派右翼と言えば有名な人がすぐに思い浮かぶし、この計画も「特別義勇隊」(武装民兵計画)をキーワードで調べてみると、すぐにわかる。出所後80年代には偽名・偽造のパスポートで何度も渡米を繰り返し、銃器類の密輸に携わっていたものと思われる。今回の番組ではドラマ編でこの密輸実行に利用された女性にも捜査のため原刑事が渡米したことが描かれている。それによると、中村は「天野守男(Amano Morio)名で女性に接触し、分解した拳銃をパーツにしてバッテリーチャージャー機械の中に隠して検査の緩い船便で日本に送らせていたと思われる。女性は凶悪犯中村泰のことなどつゆ知らず、親身で優しかった「モリオ」を「いまでも愛している」とショックを受ける。またドキュメンタリー編ではホローポイント加工をほどこした青い弾頭のマグナム弾を大量に保管させていた倉庫業者役員(当時)を訪れ、中村が偽名で使っていた名前の東洋人が確かにその弾丸を預けたことを証言している。これは中村の供述の裏付け捜査である。この弾丸は契約期限が切れて中村とも連絡が付かなくなったので、合法的に処分されたとのこと。また、銃器の密輸だけでなく、米国では射撃の訓練に余念がなかったことも想像に難くない。

ところで度々の渡米と長期の滞在を含めて、ほとんど「事業」とでも言える規模のこうした行動を、中村は本当に単独で、ただひとりで遂行していたのだろうか?金庫破りを繰り返して度々服役し、挙句は警官殺しで無期懲役で19年収監されていた人間が、自身の資金だけでそうしたことができるものだろうか。普通に考えれば、収監中に「こいつは使える」と見込まれたパトロンから何かしらの活動目的と資金を与えられて、それに沿った行動をしていたと考えるのが妥当ではないか。ドキュメンタリーでは名張のアジトの映像があったが、ドラマでのその捜査時の再現映像を見る限り、その光景は地下工作機関のファクトリーそのものと言う印象だった。中村は、チェ・ゲバラの本を読むなどして革命活動を意識していたようだが、革命と言うよりは地下工作活動そのものにレーゾン・デートルを見出していたのではないだろうか。実際に若い頃は共産主義活動にも関わっていたようで、当時の共産主義活動とは今とは比べるべくもないほど過激で危なっかしいものであったのも事実らしい。その反面、旧制中学時代には右翼塾に参加したり、出所後は民族派右翼に活動を持ちかけたりで、そこのところはどうも左右一貫していない。あえて一貫したものがあるとすれば、超過激な反警察感情と質の悪いアナーキズム、もっとストレートに言えば、マニアの銃器類を使いまくって暴れまくりたいという凶暴性のみにこの男の本性があるのではないだろうか。粗暴な破壊主義的思潮というのは結局、深層の地下水脈では左右不可分の状態で混然としているものなのかも知れない。そして、そういう男は、右からも左からも、使いようによってはいかようにも使える、そう見込んだ邪悪な闇の勢力が(あるとすれば、の話しだが、歴史を見れば破壊的工作活動と言うのは実際に時々その顔をのぞかせることがある)生活を支援するなり、泳がせるなりしていたのではないだろうか。銃器類のブローカーということであれば、その世界ではそれなりに活動の場所があり、知られた存在であったとしても、おかしくはないと感じる。そういうことを考えていると、警察庁長官狙撃事件がケネディ暗殺事件のパターンとどことなく似てなくもないと思えてくる。中村泰は老いたオズワルドなのか、デヴィッド・フェリーなのか、はたまたどこかにジャック・ルビーはいるのか、クレイ・ショーはいるのか?文学が大事なのは、そうした邪悪性を、文学の中にのみ、留め置くことができることだ。悲劇は文学のなかだけで、じゅうぶんなのだ。

なおドキュメンタリー番組の最後では、山中のとある場所で金属探知機を使って地面を調査し、スコップで掘り返し何かが見つかったのか、そうでないのか、よくわからないところで終わっている。ドラマのほうでならまだしも、ドキュメンタリーのほうでこのような思わせぶりな終わり方はよくない。何に対する挑戦だろうか。証拠の拳銃が発見されていたのであれば事件史を書き換える快挙だし、そうでなかったのであれば詐話師の中村に体よくNHKがのせられたということになる。

文春オンライン記事 http://bunshun.jp/articles/-/7397

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バーンスタインがバイエルン放送交響楽団の演奏で1981年に録音した「トリスタンとイゾルデ」のCDは、数多い同曲のCDのなかでも飛びぬけて濃厚で官能的な演奏で、愛聴盤のひとつになっている。手元にあるのは1993年発売のPHILIPPSのCDで購入してもう20年ちかくになるが、近年ワーグナーを再び頻繁に聴くようになってからは特に聴く機会が増えた。20年前はどちらかと言うと当時発売されて間もないバレンボイムとベルリンフィルのTELDEC盤(右)が、ワルトラウト・マイヤーのイゾルデやマッティ・ザルミネン、ファルク・シュトルクマン、ジークフリート・イエルサレム、マルヤナ・リポヴシェクといった当時の最良のキャスト(そう言えばヨハン・ボータがメロート)での高品質盤ということもあり最もよく聴いていた。この盤はスタジオ収録ということもあり、W.マイヤーの細やかな息遣いやフレージング、アーティキュレーションを鮮明に聴くことができる。例えば2幕第2場で情動昂り行く二人の「O! Wonne der Seele!」の「Seele」でのマイヤーの四音一気に上昇する正確で細やかな表現の歌唱のところなど非常に劇的で、他の歌手の演奏では最高音を発するだけで精一杯という感じがする。

話しがマイヤーの演奏のバレンボイム盤のほうに逸れてしまったが、本題のバーンスタインとバイエルン放送響の「トリスタンとイゾルデ」(右上②)は、それより13年前の1981年にペーター・ホフマン、ヒルデガルド・ベーレンス、ハンス・ゾーティン、ベルント・ヴァイクル、イヴォンヌ・ミントンといったやはり当時最強のキャストで、一幕ごとに1月、4月、11月の三回のセッションに分けて録音され、1983年にLPが発売された。1作のオペラにほとんど一年をかけて一幕ずつ入念に録音していくというのも大変な力の入れようがわかるが、これが純粋にスタジオ収録ではなく、ライブ演奏をベースにした録音だったというのがまた驚く。と言うのは、あくまでもCDのみを聴く限りでは、ライブ特有の演奏の粗さや音のバランスの悪さ、客席のノイズなども皆無であり、一聴しただけでは入念なスタジオ収録だと言われればそう信じてしまう完成度の高さだ。録音技師のエリック・スミスのライナーノーツによると、各幕ごとに、ドレスリハーサルと二回の客を入れたライブ収録、プラス2日間の予備日という工程で収録された音源をもとに編集されたものが、LPとして発売された。なおこのCDは現在国内ではタワーレコードの限定版のみが入手可能で、他の販売サイトでは新品での取り扱いがされていないようだ。この時のそれぞれのライブ収録の模様はバイエルン放送により映像収録され、現地ではその放送もされたらしい。この時放送された全幕の映像の完全版は市販されていなかったが、バーンスタイン生誕100年という企画で、ブルーレイとDVDの映像でこの夏新たに発売された(左上①)。

37年前のビデオ収録初期の映像としては、じゅうぶんに鑑賞可能な程度にリマスター修復されて、最新の大画面TVでもきれいな映像でこの時の収録の様子が見れる。会場はミュンヘンのヘラクレス・ザールで、ステージ中央にオケが配置され、その奥に一段高い舞台が設置され歌手が衣装を着けた状態のセミ・ステージの形で歌う。歌手は表情や手ぶりなどで部分的に表現する以外には演技と言えるほどの演技はしていない。背景には大きな幕(板?)状のものが設置され、荒れた海と空の様子が描かれている。上記のCDで聴けるあの濃厚で官能的な演奏が、このようなかたちで収録されていたのかと言うのが明快に伝わる、貴重な映像である。第1幕では各歌手は暗譜で歌っているようだが、第二幕では途中から歌手のステージのすぐ手前、木管奏者の列の真ん中にプロンプター役のような男性がひとり客席に背を向ける形で座っているのが妙に違和感がある。これの受けがよくなかったのか、第3幕では、ペーター・ホフマンのみ前に譜面台を置き、他の歌手は暗譜で歌っている。もともとオペラ形式ではないし、録音もされているのだから、無理をせずに最初からそれぞれ譜面台を置いて演奏してもよかったのにとは思う。それよりも気になったのは、第2幕の途中部分の結構長い時間、ほんのコンマ何秒かの微々たるものだが音声と映像がごくわずかにずれているのがちょっと気になる。ほんの一瞬のわずかなずれで音声が遅れているのだが、それがずっと続いていると、やはり少々違和感がある。途中、バーンスタインのアップのところで映像が一瞬停止し、それ以後はズレがなくなった。なによりもこの映像でなるほどやはりと納得が行ったのは、バーンスタインのこれでもかというくらいの、身体全身からほとばしる巨大なエネルギーとパッションのもの凄さ。汗だくの表情も凄いものだが、両手を高くに上げ、ジャンプしたかと思うと指揮台すれすれに身をかがめたりで、やはり他の指揮者では見られないような激しい身体表現、と言ってしまえば一言で片付いてしまうが、やはりそれだけの情熱があってこその、この濃厚で圧倒的な演奏だったのだろう。オケの演奏としては、各種手持ちのCDや映像での演奏のなかでも、もっとも濃厚で芳醇このうえない、まことにロマンティックでコクのある演奏だと思う。各楽章が終わってからのカーテンコールの映像からも、観客の興奮した様子と、それ以上に上気したバーンスタインの様子がひしひしと伝わってくる。

ただしこの映像の音源がイコールCDで聴ける演奏内容とまったく同一かと言うと、どうもそうではなさそうだ。上にも書いたように、CDは最低でも都合三種類かまたはそれ以上の音源からの良いところ録りであり、演奏ミスや音ムラなども修復され各楽器のバランスもきれいに整えられて、「音」そのものが勝負のレコードとして発売されている。何種類も持っている同曲の全曲CDのなかでも、演奏内容だけでなくその音質も最上位に位置付けてもいい。それにピュア・オーディオ再生用としてある程度の機材を整えたステレオ装置によるCDの音質と、4Kテレビの大画面とは言えそれにオプションで後付けのスピーカー程度では(いくらサブウーファーで低音に迫力を加えたところで)、その音質の良し悪しなどは比較しようがない。そのことは前提条件としても、やはり最高度につくりこまれたCDの音源に較べれば、このDVDの映像で聴ける演奏の内容は、そうしたCD作製工程以前のさらにラフなオリジナルの状態に近いものが聴けると言っていいだろう。よく言えばライブ感にあふれた演奏と音質だと言えるし、逆に言うと、CDの演奏内容に比べると各楽器のバランスが粗く聴こえ(とくに木管・金管ともに管楽器の音の不均一さは一聴して整音されたCDとは異なると感じる)、各楽器の演奏のあらと言うかミスもそのまま記録されている。だいたい、一幕前奏曲冒頭の弦楽器の出だしに続く木管の入りも、CDに比べると一瞬だが前のめり気味に聴こえないだろうか。客席の咳払いなどのノイズも、映像のほうはリアルに残っており、CDではもちろんそれはほとんど聴こえないように修正されている(と言うよりは、CDのほうは客の入っていないゲネプロでの収録音源がメインなのではないか?)。逆にCDでは結構よく聴こえるバーンスタインの吐息が、この映像ではほとんど聴こえない。もっとも映像でじゅうぶんその姿が堪能できるので、吐息までは不要だろう。とにかく、この映像の記録が大変貴重であることは実感しつつ、CDではこんな音じゃなかったよな、との思いがよぎって、念のためのつもりでCDを聴きなおしてみて、やはりその演奏内容と音質のよさに思わず深く引きずりこまれた思いだ。特にいつも感心するのが第二幕第二場の途中(トリスタン)、"Was mir so ruehmlich scien und hehr, das ruehmt'ich hell vor allem Heer ; vor allem Volke pries ich laut der Erde schoenste Koenigsbraut. のあたり以後で突如曲調が勇壮な感じに変化するところなどは他の演奏ではさらりと通り過ぎてしまうようなところが、このCDの演奏には畳み掛けるような推進力と同時に重厚な「ため」もあって、とても迫力が感じられる。それがこのDVD映像で観ると、CDで聴けるほどの重厚な「ため」が感じられないかな?と思ったりもする。今回発売された映像は貴重だが、そのおかげであらためてこのCDの内容の濃さを再認識する機会が持てた。このような重厚長大で濃厚な「トリスタンとイゾルデ」の演奏は、現代ではもう体験できないものだろう。


ペーター・ホフマン(トリスタン)
ヒルデガルト・ベーレンス(イゾルデ)
イヴォンヌ・ミントン(ブランゲーネ)
ベルント・ヴァイクル(クルヴェナール)
ハンス・ゾーテン(マルケ王)
ヘリベルト・シュタインバッハ(メロート)
ハインツ・ツェドニク(牧童)
トマス・モーザー(水夫)
ライムント・グルムバッハ(舵手)
マリリーズ・シュプバッハ(イングリッシュホルン)
ゲティング・チャンドラー(ホルツトロンペーテ)
バイエルン放送合唱団
バイエルン放送交響楽団
レナード・バーンスタイン(指揮)

舞台装置・衣裳:ゲルト・クラウス
映像監督:カールハインツ・フンドルフ

収録時期:1981年1月13日、4月27日、11月10日
収録場所:ミュンヘン、ヘルクレスザール(ライヴ)



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先週末NHKのBSプレミアムシアターではさっそく先月7月25日にバイロイトで収録された新制作の「ローエングリン」が放送されたが、その舞台でオルトルート役で出演した歌手ワルトラウト・マイヤーの「クンドリー」「イゾルデ」役の最後の出演の日々を追ったドキュメンタリー番組(2017年Annette Schreier・SCREEN LAND FILM制作<※注1>、「Wagner Legend Waltraud Meier "ADIEU Kundry, ADIEU Isolde"」)が、それに続けて放送された。下記囲み記事と写真はドイツARDの番組紹介HPより引用。

※注1、番組エンディングクレジットによると in coproduction with Rundfunk Berlin-Brandenburg, in cooperation      with ARTE ©SCREEN LAND FILM, RBB, ARTE 2017 と表記されている。 

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Waltraud Meier gilt als eine der bedeutendsten Wagner-Interpretinnen. Als Kundry bei den Bayreuther Festspielen begann 1983 die Weltkarriere der damals 27-jährigen Mezzosopranistin.  Heute wird  sie zudem als berühmteste Isolde-Interpretin unserer Zeit gefeiert. Doch nun hat sich Waltraud Meier dazu entschlossen, ihre beiden Glanzrollen hinter sich zu lassen. Mehr als 30 Jahre lang hat sie die anspruchsvolle Rolle der Kundry interpretiert; über 20 Jahre hinweg verkörperte sie Isolde, eine der schwierigsten Sopranpartien überhaupt. Neben ihrem Gesang und unverwechselbaren Timbre ist es auch die Intensität ihrer Darstellung, die Waltraud Meier zu einer Ausnahmekünstlerin werden ließ.  Sie überzeugte und begeisterte als Marie in Alban Bergs Oper "Wozzeck" ebenso wie im italienischen und französischen Repertoire als Santuzza, Amneris, Eboli oder Dido. Doch es sind vor allem die großen Wagner-Rollen, für die sie weltweit gekannt und verehrt wird - ob als Ortrud, Venus, Sieglinde, Waltraute oder eben, allen voran, als Kundry und Isolde. Die Dokumentation "Wagner-Legende  Waltraud Meier -  Adieu Kundry, Adieu Isolde"  folgt Waltraud Meier rund um ihre letzten Aufführungen von  "Parsifal"  und  "Tristan und Isolde". Offen schildert die Sängerin,  was es für sie bedeutet,   Stück um Stück diese beiden Figuren loszulassen. Mit dem Abschied von ihren Paraderollen endet  ein entscheidender Abschnitt im Leben einer großen Künstlerin,  die selbst aber sagt :  "Für  jeden  Verlust gibt es einen neuen Gewinn."
ARD HPより引用(https://programm.ard.de/?sendung=28724263961799

出身地ヴュルツブルク歌劇場を経て20歳の時にメゾ・ソプラノ歌手としてマンハイムの歌劇場と契約。「はじめてのシーズンで12の役を完璧に歌った」と当時同歌劇場のバス・バリトンだったフランツ・マツーラが回想する。「レパートリーが60作ある劇場で二年間生き抜いた者は、キャリアの最後までどんなことにも耐えられます。」その後1983年にクンドリー役でバイロイトの「パルジファル」に出演し世界的な注目を集めて以来、複雑で深みのあるクンドリー役が持ち役となる。「クンドリーを歌ってるんじゃなく、クンドリーそのものだった」マツーラと演出家ハリー・クプファーは口を揃える。そのクンドリーを歌って34年。マイヤーは2016年3月のフェストターゲでのベルリン国立歌劇場(シラー劇場、バレンボイム指揮)での出演を最期にクンドリー役を引退することを決めた。「今はすべてをやり尽くし、満ち足りた気持ちです。やらなければと思うものはもうありません。(中略)この先やることは、言わば『おまけ』です。」そう語るマイヤーの笑顔に、悲愴感はない。むしろ長年の責任と重圧からようやく解放された印象。「まだ歌える状態でやめると言うのは、いいことかもしれません。『惜しい』『まだ歌える』と言ってもらえます。『もう引退すべきだ』と言われるより、ずっといい」(ベルリン国立歌劇場舞台監督ウド・メッツナー、以下職位名は同番組内容より)。

ベルリンでの最後のクンドリーの姿を追い、カメラは楽屋でのマイヤーやアンドレアス・シャーガーとの舞台稽古に励む彼女を撮影する。「彼女は、いわば音に色を付けることができます。感じたことを音で表現できる稀有な歌手です」(クプファー)。「ニルソンやカラスが今でも語り草であるように、マイヤーもさまざまに語られ続けるでしょう」長年の歌手仲間として率直な思いをルネ・パーペが語る。「彼女は何十年も、最高のクンドリーでした。非常に美しく、あの役に必要なエロシチズムも持ち合わせていた」(演出家、ベルリン国立歌劇場支配人のユルゲン・フリム)。彼らのひとことひとことが、稀有なワーグナー歌手としての偉大さを自然に物語る。ベルリン国立歌劇場音楽総監督・指揮者ダニエル・バレンボイムは彼女の発声と歌唱技術の見事さを語り、バイエルン国立歌劇場舞台監督ヴォルフガング・バッハフーバーは「クンドリーという存在の根底にある悲しみを、誰よりも強く表現した」と語る。まさにその通りと思える賛辞が贈られる。また、マイヤーの声の秘密が常に身から離さない「ボンボン」(飴)にあることも自身から語られる。そう言えば1997年の来日公演での「パルジファル」(演奏会形式、NHKホール)の時、たしかにずっとドロップを口に入れていたのを、よく覚えている。

今後のことについては、まだアイデアはないと言う。普通は歌唱の指導者となることが多いかもしれないが、忍耐力がないので、そうした普通のレッスンには向かないだろうと語っている。ひとつの方向性として、良き芸術上の同僚としてその晩年までともに仕事をしたパトリス・シェローの演出法から学ぶマスタークラスを主宰した事例を紹介している。そして最後に、バイエルン国立歌劇場での最後のイゾルデ出演を追う。指揮はフィリップ・ジョルダンでトリスタンはR.D.スミス、マルケ王はルネ・パーペ、舞台は20年前のペーター・コンヴィチュニーの名舞台の再演。これは2001年9月の来日公演で東京でも観ることができ、よく練られた最後のイゾルデの場面に周囲の多くの観客が涙を誘われていたことを思い出す。このバイエルンでのマイヤー最後のイゾルデの再演の模様が、きちんとした美しい映像で使われている。市販されているのは20年前のオリジナルでメータ指揮のDVDで、ブルーレイもなかったはずだ。この直近の再演盤でマイヤー最後のイゾルデのブルーレイ映像があったら間違いなく購入するのだが。

自分自身にとっては、やはり上記した2001年のバイエルンの来日(指揮Z.メータ)でのイゾルデが最高の思い出だ。その後2007年にベルリンのクプファー新演出(指揮バレンボイム)のでイゾルデを再び聴いているが、圧倒的にバイエルンの舞台と演奏の印象が強い。クンドリーは上記した1997年のベルリン(バレンボイム)来日演奏会形式と、2005年1月にウィーン国立歌劇場(指揮がまさかの!?サイモン・ラトル、C.ミーリッツ演出)。97年のベルリン来日では「ワルキューレ」でジークリンデ(東京)と「ヴォツェック」のマリー(神奈川)でも、マイヤーを聴いているし、そもそもその年の1月にはウィーン国立歌劇場の「ローエングリン」(指揮シモーネ・ヤング、ローエングリンはヨハン・ボータ)でのオルトルートに続いて5月のMETの来日ではなんと「カルメン」をマイヤーが歌うと言う珍しいのまで聴いている(おまけに指揮がプラシド・ドミンゴと言うからもう、お笑い!)。いま思い返しても、1997年は本当に自分史上最強のマイヤー・イヤーだった!2003年のベルリン来日の「リング」では「神々の黄昏」(神奈川)のワルトラウテでも出ていた。2007年以後個人的にちょっとの間ブランクがあり、直近ではN響春祭の「ワルキューレ」(2015年4月、指揮マレク・ヤノフスキ)のゲストでジークリンデを歌ってくれたのに続き、新国立の「神々の黄昏」(2017年10月、飯守泰次郎指揮)でもワルトラウテを聴かせてくれた。そして最後となるオルトルートを、この夏バイロイトの地で観納める(聴き納める)ことが叶ったのは夢のようだ。

マリア・カラスやB.ニルソンは伝説でしか知らないが、同時代に生の声が聴けるワルトラウト・マイヤー様様のおかげで、いかに素晴らしい音楽を体験することができ、いかに深くワーグナーの世界に誘われて来たかを思うと、それら諸役との別れに万感が胸に迫り来る。いち歌手と言うよりも、尊敬すべき一人の偉大な芸術家として、最大級のこころからの賛辞を送る思いである。

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