grunerwaldのブログ

ドイツと音楽、歴史や旅行を楽しむ憩いの森へ
イメージ 1来たる8月5日(土)と6日(日)にびわ湖ホールで上演される、びわ湖ホール自主制作オペラ、ギルバート&サリバンの「ミカド」公演に先行して、今月9日と今日17日の二回のシリーズで、有料(二回通し2千円)のプレ・トーク、というよりは「ミカド」に関するセミナーが行われたので、参加して来た。

指揮は園田隆一郎で演奏は日本センチュリー交響楽団、演出中村敬一、歌手陣はびわ湖ホール声楽アンサンブルの面々。演出家の訳詞による日本語上演。なお本公演は同月26と27の土日に東京(新国立劇場中ホール)でもまったく同じプロダクションにて招聘公演が行われる。本ブログでも度々取り上げてきているように(これとかこれとか)、ギルバート&サリバンの「ミカド」というのは実によくできたオペレッタで、本国の英国だけでなく、アメリカやカナダ、オーストラリアなどの英語圏では人気が高く上演頻度も多い。普段はクラシックにあまり馴染みがなく、ドイツやイタリアの本格的なオペラにも無縁の一般的な人々にも、ポピュラーソング並みに知られていると言ってよい。流行りすたりの激しい日本の歌謡曲やポップスを欧米人に紹介してもなかなかピンとこないことが多いと思うが、「MIKADO」と言うと、「Aha〜!ミーードー!」となる場合もある。逆に日本では上演される機会は極めて少ない。こんなに面白いのに。不敬だと思って自粛してるんだな、きっと。全然そんなことないと思うのだが。

ウィリアム・S・ギルバートの台本にアーサー・サリヴァン作曲により、1885年ロンドンのサヴォイ劇場(ドイリー・カート劇場)で初演され大好評、通算672回上演される大ヒットとなった。回数だけでどれだけヒットしたかピンと来ない方には、興行主のドイリー・カートがこの大ヒットの稼ぎで4年後の1889年にはロンドンで最初の高級ホテルで有名な「サヴォイホテル」を創業したと言えばわかるかもしれない。

今回第一回目の7月9日の中村ゆかり氏(音楽評論家・プロデューサー)による講演では、「ミカド」ヒットの背景となった当時の欧州でのジャポニスムについて詳細なお話しが聞けた。後にゴッホの絵画やドビュッシーの音楽への影響など19世紀末にヨーロッパで流行したジャポニスムは一般的にも広く知られている芸術史の一面だが、今回の話しではとくに1871年のサン・サーンスのオペラ・コミック「黄色い王女」以降の音楽にスポットを当てて「ミカド」のヒットの解説していた。1871年となると、「ミカド」のヒットの12年前にはフランスですでに音楽面でもジャポニスムの影響が始まっていたことがわかる。世界最初のパリ万博の影響はつとに知られている。1855年がその一回目だが、二回目の開催となった1867年の第二回パリ万博は、日本では明治維新直前、と言うより、その渦中の真っただ中であったことからも影響が大きく、この時は旧幕府側と並行して薩摩藩も同時に出展して焼酎などを紹介していたことはよく知られている。

ロンドンでは1851年と1862年に万博が開かれ、2回目の62年に初めて「日本セクション」が紹介されたと言う。さらにその後ロンドンではナイツブリッジで1885年に「日本村」という催事が行われ、これが数か月間で約25万人の来場者を記録したという。直接的には、この「日本村」の一大ブームの影響をもろに受けたのが、「ミカド」のヒットだったということである。現在のアホな日本ホルホル連中からすれば、100年前の日本ブーム、どうだ日本スゲエェェエだろ!となるかもしれないが、あいにくその主体はあくまで欧州側。「日本」というのは、彼らにとって未知の領域の得体の知れない奇異なもの、もっと言えばキワモノ、グロテスクな対象物として飛びついたのだ。ただ、最初の大多数は珍奇さ、コワイものみたさの好奇心からも、その後は文化の理解に繋がり、芸術に取り入れられて行ったことは否定しようはない。「ミカド」は、その「高尚な芸術の一歩手前」の境界線のぎりぎり際どいところにあるところが、醍醐味だと思う。荒唐無稽でナンセンスな主役の「帝(ミカド)」の描かれ方は実は表面的なもので、これを絶好の素材としてネタにしつつ、実際にその揶揄(やゆ)の対象になっているのは、当時のイギリスやロンドンの時世や時局なのである。

で、シリーズ2回目の今日17日の講師は、今回の「ミカド」の訳詞と演出を手掛けた演出家の中村敬一氏。会場は1回目と同じくびわ湖ホール地階のリハーサル室で、ともに14:30〜16:30。1回目はセミナー形式で普通に椅子が設置されていたが、今回は実際にここで行われるリハーサルを見学するという趣向も兼ねて行われたので、参加者は一画のエリアに集められた椅子から講師の話しと実際のリハーサルの模様を見学すると言うスタイルで、面白かった。この部屋は、ほぼ舞台と同じ広さとしてリハーサルに使用できるので、大変恵まれた環境であるらしい。中村氏のほかに演出助手、副指揮者、ピアノコレペティトゥールに歌手陣が揃った本格的な稽古。オープニングの「われら日本のジェントルマン」とココの「生贄のリストの歌」、ヤムヤムたちの「放課後の女学生の歌」などの演出風景が目の前で見られた。衣装はまだできていないが、作曲当時のヴィクトリア朝風の意匠を一部取り入れつつ全体としては現代風のスタイルで、オープニングのサムライたちは現代の日本のサラリーマン、女学生は「JK」という呼び方がぴったりなイメージらしい。歌詞は全て中村氏が訳詞した日本語。中村氏はとくにその日本語による歌唱ということに重きを置いて指導していた。例えば「放課後」という歌詞ひとつでも、「ほ、う、か、ご」とするか「「ほ、お、か、ご」とするかで異なり、筆記は「ほうかご」でも、実際の発音と耳に感じる音は「ほおかご」なので、そうした母音をひとつひとつ丁寧に歌唱することや、助詞の発音・発声にも留意する点等を解説されていた。また、曲の性格として、壮大な独伊の既存のオペラに対する茶化し、即ちパロディであることが大事な点なので、そういう要素がより強く求められる部分では既存のオペラのアリアのようにあまり本格的に力みすぎないで、むしろ普通の「ソング」を例えばカラオケでマイクを持って歌う程度の軽い気持ちでやったほうがいい、とか、なるほどと頷ける内容の指導をされていた。なお、舞台のイメージとしては、「外国人観光客が日本を訪れる時にPCやスマホで参照する、日本文化の紹介をする英文サイト」のセットというようなものになるらしい。

ココ役の迎肇聡氏による「生贄のリストの歌」がひと足早く聴けたのは収穫だった。ここはこの曲のなかでも、思いっきりパロディを効かせて毒のある歌詞にすればするほど面白いところで、上演の度にそれぞれのお国柄や地域柄や時勢ネタを盛り込んで盛り上がるところ。今回ももちろんその「時事ネタ語」はちゃんと入れてあるようだ。その点を最後の質疑応答で問いかけると、中村氏が教鞭を執る大阪音大こそ、まさしく今年最大の話題の件の「あの学校」のすぐ隣りで、渦中も渦中のど真ん中ですからと言うご返答が聞かれたのは面白かった。ただ、めちゃくちゃに羽目を外して本筋から逸れすぎない程度に工夫されているという風には感じられた。自分的には、そこはもう、安倍語、菅語をふんだんに取り入れて「そのご指摘は当たらない」だの、「そういう書類は見当たらない」とか「適切に廃棄いたしました」とか「スシ食いに行ったメディアのリスト」とか「赤飯食ったリスト」とか「お友達じゃないヤツ、全部○○」とか、いまが旬のフレーズがふんだんにあるとは思うのだが、びわ湖ではさておき、なにしろ東京では「お国」のハコでの上演であるから、あまり無理な注文を言ってもまぁ、無理に決まっている。

いままさにこうした情勢のなかにおきましてですね。びわ湖ホールの自主制作というなかにおいて、とりわけギルバート&サリバンの「ミカド」を取り上げられる、ということにつきましては、まさにその慧眼と、叡智に対しまして、こころから賞賛を申し上げたいと、このように、えェ、思うわけで、ございます。


この記事に

開く コメント(0)



イメージ 1



パレルモ・マッシモ劇場来日公演の最終日となった大阪・フェスティバルホールでの「トスカ」の公演を鑑賞してきた(2017年6月25日午後3時開演)。ここ数年はワーグナーやR.シュトラウス、モーツァルトなどドイツ系のオペラや楽劇を鑑賞する機会が多く、イタリアもののオペラの来日公演を聴きに行くの久しぶりだ。そんな自分でも、かつて10年以上前はイタリアもののオペラの来日公演にも足繁く通っていたのを思い出す。スカラ座はイタリアのなかでも飛びぬけた存在だが、それ以外にもフィレンツェのコムナーレ劇場やローマ歌劇場、ボローニャ歌劇場など、イタリア各地に上質のイタリア・オペラを上演している歌劇場があるのは言うまでもない。西暦2000年前後の10年間ほどにかけて、そうしたイタリア各地の歌劇場の出しものの来日招聘公演のブームが一時、異常に過熱した時期があった。

NBSが招聘するスカラ座(97年ムーティ指揮、パヴァロッティ、グレギーナ、モリス他「トスカ」、2000年ムーティ指揮、ガザーレ、ヴァルガス、レスト他「リゴレット」)は言うに及ばず、他にフィレンツェ歌劇場(96年メータ、グルベローヴァ他「ランメルモールのルチア」)やボローニャ歌劇場(98年ポンス、クーラ、バルツァ、フレーニ他「ジャンニ・スキッキ/カヴァレリア・ルスティカーナ」と「フェドーラ」、2002年グルベローヴァ他「清教徒」)、ローマ歌劇場(2006年デッシー、アルミリアート他「トスカ」)などの公演は、一級品の演奏として記憶に残っている。その他にもトリエステ・ジュゼッペヴェルディ歌劇場の「ルチア」(2003年ボンファデリ他)、ナポリ・サンカルロ劇場「ルイーザ・ミラー」(2005年、フリットリ他)、フェニーチェ歌劇場「真珠とり」(2005年)、ベルガモのドニゼッティ歌劇場「アンナ・ボレーナ」(2007年テオドッシュウ他)などの公演は、西日本では大阪のフェスティバルホールが改築工事中で休館だったため大津のびわ湖ホールでその多くが上演されている。シチリアにはイタリア本土に近い東部カターニャのベッリーニ大劇場と、北西部のパレルモにある大劇場の二大歌劇場があるが、カターニャのベッリーニ大劇場がひと足はやく2003年に来日し、やはりD.テオドッシュウで「ノルマ」を聴いている(上記した公演は全て自分自身が実際に鑑賞したもののみで、観ていない演目は記載していない)。

今回が二回目の来日公演となったパレルモ大劇場は、2007年6、7月に「シチリア島の夕べの祈り」と、「カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師」で初来日公演を行っている。演目は良いのだが、あまりよく知らない歌手と指揮者のわりには4万円を超える強気な価格に眉唾感を覚え、鑑賞を見送ったのを覚えている。なにしろ、数年足らずの間に上記したいくつもの伊歌劇場が来日し、いくつもの人気演目を上演しただけに、どの歌劇場のチケットがいくら以上でいくら以下だったかいちいち正確に記憶しているわけではないが、パレルモの4万円超えは、妙な感じとしてよく覚えているのだ。他にもローマ歌劇場の「トスカ」も、ムーティでもないのに5万5千円というのも異常だったが、とにかくその時期日本はイタリアオペラマフィアのいいカモにされていたような気がする。ただ、本場の歌劇場によるベッリーニやドニゼッティなどの本格的なベル・カントオペラが立て続けに聴けたのは幸いだった気がする。

さてそのパレルモ大劇場の10年ぶりの二回目の来日公演が今回の「トスカ」と「椿姫」の二演目で、西日本では6月24日にびわ湖ホールで「椿姫」、翌25日に大阪フェスティバルホールで「トスカ」が上演された。そのうちの「トスカ」を大阪で鑑賞。初来日を見送って、10年ぶりの二回目の来日公演を待った結果、同じS席価格は27,500円(会員25,500円)と、内容に見合った妥当な価格となっていたことは評価に値する。演奏を聴いた結果、それは実感として強く感じる。もちろん、悪い演奏ではないが、イタリア各地に数ある名歌劇場の演奏のなかにおいて、特筆するほど上質な演奏であったかというと、それほどのレベルではない。これで価格が4万円を超えていたら、その思いはさらに増しただろうが、結果としてこの価格で聴けた内容としては、妥当なものだったと言える。演奏で期待のレベルにかなったのは、主役のアンジェラ・ゲオルギューひとりのおかげ。歌唱・演技・ルックスとも高度なレベルで、何と言ってもスター歌手の見事な「トスカ」のなりきりぶりは特筆に値する。オペラグラスでずっと見ていても、美しい舞台写真を見ているようで、それだけでも来た値打ちはある。

他の歌手は、カヴァラドッシも悪くはないが、まあ当たり前のレヴェル。スカルピアは声量もいまひとつで演奏の深みも感じられなかった。悪辣さや憎々しさでいうなら、いまのこの国の政治の中心部で起こっていることのほうががもっとスカルピア化してるような気がする。なにしろ政権の手先なら、破廉恥な事件を起こしても逮捕寸前で揉み潰されて被害者が泣き寝入りさせられるという、信じられないような時代だ。どうかスカルピアは舞台の上だけに、悪代官は銀幕のなかだけにしておいてほしいところだ。スカルピアでついでに言うと、第一幕最後のスカルピアのモノローグ「行け、トスカ」のソロの出だしで妙に長い間があいたと感じたのは自分だけだろうか。時間で言えば数秒のことだが、演出にしては不必要な間があって、どう考えてもスカルピア役の歌詞忘れ(プロンプターのミス?)にしか思えなかった。それに続く一幕最後の聖堂での大合唱とオケの演奏がまったく粗削りで迫力がなく、このあたりがこのプロダクションの限界を露呈していたような気がする。さすがにこういうところは同じイタリア歌劇場と言っても、スカラ座あたりの実力にはまるっきりかなわないのがよくわかる。「椿姫」のほうの評判をネットで見ていると、大変好意的な感想が多い、というか絶賛の感想ばかりですね。すみません、個人的な主観でけなしているように見えるかも知れませんが、部分的に多少物足りないと感じる部分があったと言うことで、全体としては決して悪い演奏ではなかったとは思います。舞台のセットはオーソドックスで大変美しく、よく出来たものでした。

この日が日本公演最終日ということで解放感もあったのか、カーテンコールではアンジェラ・ゲオルギューが率先して盛大な歓声に両手を振って笑顔で応えまくっていて、舞台両袖のファンらにステージから握手をしまくりの大サービス。こんな盛大なファンサービスのカーテンコールは流石にいままで見たことがない。去年4月のウィーン国立歌劇場の同演目でのカウフマン「置き去り事件」が広く伝えられているだけに、イメージ回復のチャンスととらえているように見受けられた。


会場:大阪・フェスティバルホール 15時開演
パレルモ・マッシモ劇場「トスカ」
                                         
[指揮]ジャンルカ・マルティネンギ
 
[出演]アンジェラ・ゲオルギュー(S) / マルチェッロ・ジョルダーニ(T) /
    セバスティアン・カターナ(Br) 他

[演奏]パレルモ・マッシモ劇場管弦楽団 

[合唱]パレルモ・マッシモ劇場合唱団  他                    

この記事に

開く コメント(0)

新国立劇場の「ニーベルンクの指環」第二夜、「ジークフリート」初日(6月1日)を鑑賞して来た。この日は平日のためか開演は午後4時と遅く、45分の休憩二回をはさみ終演は午後9時40分過ぎだった。そのため、行きは余裕をもって会場へ向かうことができたが、さすがに関西への日帰りは無理なので都内で一泊し、翌日の帰宅となった。そう言えば去年の同じ頃には、同じ飯守泰次郎指揮、クラウス・フローリアン・フォークトらの演奏で「ローエングリン」を観ている。さて、開場時刻きっかりに入口を通過する際には両側に警備犬を連れた警察官ら数名の姿があり、海外でのテロ事件の影響もあるとは言え、いささか物々しすぎるんじゃないかと思っていたら、この日は徳仁親王がご高覧との場内アナウンスがあり、なるほどそういうことならと合点がいった。

現在国内で進行中の「リング」サイクル上演で念頭に浮かぶのは、一昨年秋の「ラインの黄金」から始まった新国立劇場での飯守泰次郎指揮ゲッツ・フリードリッヒのフィンランド演出版と、この春の「神々の黄昏」でサイクルを終えたマレク・ヤノフスキ指揮NHK交響楽団の演奏会形式上演(東京文化会館)、それにこの春の「ラインの黄金」から始まった、びわ湖ホールでの沼尻竜典指揮、京都市交響楽団演奏・ミヒャエル・ハンペ演出による新プロジェクトなどがある。昨年は、新国立の「ワルキューレ」と東京文化会館でのアダム・フィッシャー指揮ウィーン・フィル演奏、ベヒトルフ演出の「ワルキューレ」、さらにティーレマン指揮ドレスデン・シュターツカペレの同曲の演奏会形式(サントリーホール)が重なると言う、とんでもなく贅沢な「ワルキューレ」イヤーとなったのは記憶に新しい(※訂正:ティーレマンとドレスデンのは「ラインの黄金」ですた(^^;)。もちろんそれらすべてを観たいのはやまやまだったが、他の予定のことなども考慮し、熟考のすえウィーン・フィル一本に絞った。もし東京在住であったなら、旅費や宿泊費は気にする必要はないので、間違いなく三つとも観ていたに違いない。

そういうわけで、去年の新国立での「ワルキューレ」は残念ながらパスしたわけなので、覚えているのは一昨年の「ラインの黄金」の演奏と舞台だ。ただし今回は演奏が東フィルから東京交響楽団に変わっている。ゲッツ・フリードリッヒのフィンランド版のレンタル上演については、「なんだ、借り物かよ」と言うことで不甲斐ないと言う声や、演出が凡庸だというような声が一部にはあるようだが、借り物であれ自主制作であれ、もっとつまらない演出など腐るほど世の中にはあるわけだから、何を贅沢というか、無いものねだりをしているのかと言う気持ちもないではない。自分自身としては、どうしてどうして、エンターテイメントとして結構面白い舞台じゃないか、とそこそこ楽しめている。ただまあ、現に事実として否めないのは、「なんでまた、今さらゲッツ・フリードリッヒ?」ということで、新鮮さや目新しさというものは期待はできない。舞台演出の手法論からすると、完全にひと昔前の代物であるのは事実である。

しかし逆に言うと、陳腐さも一定の時を経過すると、「昭和ノスタルジー」感に通じるある種の普遍的な郷愁を醸成するのもまた事実であり、そういったところがかつて80年代から90年代くらいのベルリン・ドイツ・オペラでのG・フリードリッヒの舞台に(実演であれ映像であれ)触れたことがある人間からすると、「そうそう、この鋭角的な直線の構成の仕方!」とか、「そうそう、この決してロマンティックとは言い難い生々しいステージ照明の、このフラットで直截的な原色の使い方が醸し出すベルリンらしさ!(と言うか、うらわびしさ、に近いかも)」とか、「あぁ、この頃は、こうしたスモークとレーザー光線使うのが、最先端の方法論だったんだよね、クプファーもそうだったし」とか、それはそれでまた、いろいろと楽しみようはあるのである。方法論で言えば、現在びわ湖ホールで進行中のミヒャエル・ハンペ演出の「リング」は、最新のプロジェクションマッピングを駆使していながら、内容はと言うと、おおよそ教科書のような極めてオーソドックスで明快な紙芝居みたいなものにしているので、子供から音大生、保守派のファンには受けが良いものになるだろう。「指環」入門には理想的な企画だ。自分としては、肩透かしを喰らったようで、ややつまらない感はある。その前の「オランダ人」はもっとエンターテイメント性があって面白かった。

帰ってからちょっと何日か日が経ってしまったので、ざっと舞台の印象を思い出すと、第一幕は森の中のミーメの小屋が舞台の右側の坂道の下にあり、ここが鍛冶場となっている。左手には「かまくら」型のテントのようなジークフリートの遊び小屋らしきものがあり、そこにはお日様やお月様や花や空などの子供っぽい絵が描かれ、ジークフリートの子供っぽさを訴求しているようだ。実際、熊の毛皮をまとって登場するジークフリート(ステファン・グールド)は、デニムのオーバーオールを着た巨大な体躯のアメリカ人の子供のような仕草。と言うか、ジャイアン。そうか、ジークフリートは「若者」というよりは「子供」なんだな。

ミーメの小屋は鍛冶場になっていて、これは序夜「ラインの黄金」のアルベリヒのニーベルハイムの鍛冶場を小さく再現していて、その時と同じ「DANGER」の標識がいくつかうかがえる。ジークフリートが剣の破片をいったん粉々にして、そこから「ノートゥング」を鍛え直して行く様は実に写実的でリアルに描かれる。焼きを入れた剣を水に入れて水蒸気がジューッと沸き立つ所とか、てい鉄で鍛える時には火花が派手に飛び散ったり。オペラの舞台でこんなに写実的な鍛冶の場面を見られるのは、珍しいのではないだろうか。もっともそういうことにこだわるかどうかは、演出家次第だろうけど。普通はもっと、抽象的で象徴的な演技や演出で済ませるだろう。「この演出では、ジークフリートがノートゥングを鍛える場面の、徹底したリアルさにとことんまでこだわりました!」とか案内文に書いたとしても、「おぉ!すげぇな、それ!」とか思う「指環」オタクは、そう多くはいそうには思えない。

第二幕の演奏では、冒頭の不気味な音楽でのチューバがとてもうまく、低弦も迫力ある演奏で圧倒された。アルベリヒの右手が鈎型の義手(海賊の漫画に出てきそうなアレ)になっているのが「序夜」からの繋がりをうかがわせる。「ラインの黄金」の時に残酷にも右手ごとヴォータンに切り落とされて指環を奪われたのだ。ミーメ(アンドレアス・コンラッド)とアルベリヒ(トーマス・ガゼリ)の言い争いの掛け合いの場面は、歌唱も演技も絶品で実にうまくて引きこまれた。その前の場面でジークフリートが削った葦笛をうまく吹けずに難儀する場面では、バンダのイングリッシュホルンのアドリブ風の下手っぽい演奏がツボにはまっていて、会場がドッと沸いているようだった。でも、その後の、得意のはずの角笛に持ち替えてのバンダのホルンが、ここぞと言う場面で外してしまい痛恨の場面に(ここは確か笑う場面じゃなかったよな)。森の小鳥は今回は三人の日本人ソプラノで、セミみたいに木の幹にしがみついて緑や黄色の衣装を着せられて歌っていた。どうしても声が力みがちになってしまって、ご大層に聴こえてしまう。小鳥らしくもっと軽やかな自然さが欲しいところ。ファフナー(クリスティアン・ヒュープナー)は、なんと言ったらよいか、巨大な風船のお化けと言うより表現しようがない。怖いというよりは滑稽。最初はPAの音響装置からエコーがかった声で、ウォーウォーとやっているが、この曲でのファフナーの歌唱の場面は意外に少ない。あれよと言う間にノートゥングで倒されると、風船の空気が萎れて、血だらけで死んでしまう。工事現場のヘルメットを被ったままなのが、「序夜」からの流れ。まったく関係ないけど、スサノオノミコトの大蛇退治をいつも思い出す。

第三幕、さすらい人がエルダ(クリスタ・マーヤー)を起こす場面は、舞台全体が徐々にセリ上がって行き、エルダのいる地下空間が現れる。これがまた殺風景な舞台裏そのままと言う感じで、フリードリッヒらしい雰囲気。もちろん歌唱は言うことなし。第2場では舞台は幕で仕切られていて、さすらい人(グリア・グリムスレイ)がジークフリートに槍を折られて、ブリュンヒルデの眠る岩山への扉を開ける。するとその幕が上に上がって、第3場の岩山の場面へと変わる。ここは割と抽象的な舞台構成で、ブリュンヒルデが眠る円形のステージと、その右側に鋭角的な壁が目に入る。手前には、崩れ落ちたような鉄骨の梁に見えるようなものがある。これは前回の「ワルキューレ」を見ていないのでよくわからないが、おそらくその最終場面から繋がることなのだろう。リカルダ・メルベートのブリュンヒルデ、声量も素晴らしく聴きごたえじゅうぶん。こういう本格的な歌手の演奏が東京で聴けるというのは実に贅沢だ。このメルベートのブリュンヒルデとの出会いと口づけではじめてジークフリートは「怖さ」を知り、「子供」から「青年」へと脱皮する。そういう内面の変化を、ステファン・グールドは実に巧みに歌い演じていた。歌唱力よりは演技性や物語の説明的な性格が大きいように(自分には)思われる第一幕よりも、こうした複雑な内面が歌唱に求められる第三幕のブリュンヒルデとの出会い以降のジークフリートにこそ、彼の歌唱の真価が発揮されたかに思う。毎回、当たり前のようにこのような素晴らしい正統派のヘルデン・テノールが聴けるというのは、有難いことである。グリムスレイのさすらい人も素晴らしかった。

オケは今回は何故か前2回の東フィルから東京交響楽団に変わっていた。十分にパワフルでよく鳴っており、底力を発揮した良い演奏であった。迫力も文句なしだった。ただ、なにかひとつ、全体的に物足りないものがあった。今回の演奏では、弦の圧倒的な美しさや艶やかさ、精妙さにハッとする、引きこまれる、と言う場面があまりなかったように感じられる。まぁ、こんなことは個人差の問題ではあるけれども。なので、今回はとにもかくにも歌手陣の圧倒的なハイレベルの演奏に満足の一夜となった。席は6列目中央付近。抽選から申し込んでいたわけではないけれども、普通に会員発売日になってから、すぽっと一席空きがあるのが見つかったのはラッキーだった。前の席の男性が時々身体を右か左に傾けてくれることがあって(なにしろ長い楽劇なんで、誰しも腰にくる)、その時は飯守マエストロのお姿が間近に拝見できた。



イメージ 1

↓舞台写真が何点か掲載されているチケット販売会社のサイト

この記事に

開く コメント(2)

数年ほど前から、びわ湖ホールではゴールデンウィークの時期に合わせて毎年「ラ・フォル・ジュルネ・びわ湖」を開催している。各地で行われている同名のイベントと同じように、3日間の期間中、一演目あたりを小一時間程度の規模の小さなコンサートにしてイベント数を豊富にすることで多数の客の来場を促し、チケットの低価格化を実現している。普段はクラシックコンサートに縁のない小さな子供連れのファミリー客が行楽気分で気軽に本格的なプロの音楽家の演奏に触れあえると言うのが、イベントの狙いだ。そうすることで、クラシックの市場の裾野を広げようという趣旨のようで、実際行楽シーズンの気軽なイベントとして家族づれの客には好評を博しているようだ。こういう時は、普段はクラシックコンサートに行きたくても行けない、より多くの家族づれに一席でも席を譲る思いで参加を見合わせているものだが、今年は前夜祭(4月28日夜7時)に沼尻竜典指揮・日本センチュリー交響楽団の演奏で大好きな「カルミナ・ブラーナ」をやるのと、二日目の4月30日の夕方(16:20)にはロシアのウラルフィルハーモニー管弦楽団の演奏で、これも好みのラヴェルの「ラ・ヴァルス」と「ボレロ」、デュカ「魔法使いの弟子」をやるというので、珍しくチケットを予約していた。S席一枚2千円である。

①4/28 LFJびわ湖前夜祭

4月28日夕。びわ湖に面したホワイエの大きなガラス越しには、湖越しにたおやかな比良山の山並が一望でき、その彼方に乳白色の夕景が静かに染まって行く。まずは前夜祭の「カルミナ・ブラーナ」を大ホールで鑑賞。今年は、1937年7月の初演から80年ということで、結構あちこちでこの曲が演奏されているようだ。直近では大阪フィルが大植英次指揮でやっているようだが、どうだっただろうか。この日は結論から言うと、バリトンの大沼徹が大変素晴らしかった。声質はディースカウにならった大変丁寧で品格のあるソフトな印象のバリトンだが、二部の「酒場で」では豪快で圧倒的な声量とこの歌の性格をよく表現した鬼気迫る演技と表情で、大変聴きごたえがあった。「カルミナ・ブラーナ」を実演で聴くのは今回が3度目になるが、文句なしに今まででは一番だ。この曲は、なんと言ってもバリトンがつまらないと、面白さが半減する。飲んだくれの破戒僧がくだを巻くところなどは演技もそれらしいもので実に表現力ぴったりと言う感じだった。ただ、ファルセットでの最高音部は流石に得意ではないらしく、やや不安定にはなってしまったが、これはこの曲の酷なところで、仕方のないことだろう。ファルセットと言えば、カウンターテノールの藤木大地というのもはじめて聴いたが、愛嬌たっぷりの演技と表現力で、楽しく聴かせてくれた。字幕がないのは残念だが、ローコストのLFJでそこまで求めるのも現実的ではないだろう。

沼尻指揮センチュリー響の演奏も、やはり人気の曲で演奏頻度も高いのか、よく手慣れているという感じで、じゅうぶんに迫力があって、この曲の面白さを体感させてくれた。テンポ感もよく、安心して聴いていることができた。この曲は、途中途中でぐっと遅くなったり早くなったり、野辺の花摘みのような軽やかなところがあったり、酒場での猥雑な喧噪感たっぷりなところなど、そのリズムとテンポの変化自在なところが醍醐味だ。そういうところが、今回のLFJのテーマの「ラ・ダンス 舞曲の祭典」にかなっているのだろう。なによりも圧巻はこの演奏のためだけに臨時で編成された300人近い人数の合唱団の数の多さ!常設のオケを地元に持たない、びわ湖ホール唯一の看板と言える「びわ湖ホール声楽アンサンブル」のメンバーに加えて、昨年末あたりから一般市民公募と言うことで告知がされていたが、よくまあ、この地区でこれだけの数の合唱団が編成できたものだと驚いた。市民公募の臨時編成なので、ちゃんとした演奏が出来るのか半信半疑でいたが、結果はというと、じゅうぶんに素晴らしい合唱で脱帽した。丁寧さとひそやかさや可憐さ、大胆さ、壮大さのどれをとっても十分な聴きごたえで、大変迫力があった。大変聴きごたえのある「カルミナ・ブラーナ」の演奏で、こんな本格的な演奏が2千円という信じられないような価格で聴けるというのは確かに魅力的だ。「カルミナ・ブラーナ」に先立って、一曲目に同じソプラノでJ・シュトラウス「春の声」をやったが、あれは不要で無駄だった。悪いけれども、こんなに弾まないワルツの演奏など久しぶりに耳にした。


②4/30、LFJびわ湖2日目

イメージ 2


イベント2日目の4月30日はGWらしい爽やかな快晴で、浜大津から出航している遊覧船「ミシガン」ではイベントと連動して、船内で無料のミニ・コンサートが行われていた。乗船料もコンサートのチケットを提示すれば千円のディスカウントなのでお得(値引き後1500円)。この日はユーフォニウムとチューバのデュエットで、あの手の手で客を楽しませていたが、ユーフォニウムのやわらかでやさしい音色に癒される。帰港後びわ湖ホールに戻り、16:20より大ホールにてディミトリー・リス指揮ウラルフィルハーモニー管弦楽団の演奏で、デュカス「魔法使いの弟子」、ラヴェル「ラ・ヴァルス」と「ボレロ」を聴く。ウラルフィルなんて言われても、今回の演奏ではじめて知った。大体、モスクワとかザンクト・ペテルブルクなんかは何とはなく想像はできるけど、ウラルなんて言うのは申し訳ないけれども地理の授業で「ウラル山脈」とか耳にしたくらいで、どの辺にあるのかさえよく知らない。グーグルマップで確認してみると、ロシア西部のモスクワから見れば内陸を東へ1500㎞ほど離れたところで、南側は400㎞ほどでカザフスタンとの国境と言った所に「エカテリンブルク」という市街があって、そこが本拠地の、「ロシアでは屈指の」実力のあるオーケストラらしい。LFJ創設者のルネ・マルタン氏との縁も深いということらしいので、このイベントでは常連なのだろうか。私ははじめて知った。

イメージ 1


指揮者のディミトリー・リス氏(1960年生まれ)も初めて知ったが、大変ドラマティックな身体の動きで音楽の「うねり」を表現できる、表現力の豊かな良い指揮者だというのがわかった。左手の優雅で巧みな使い方と、身体の重心を下半身にしっかりと構築した動きは実に安定感があって、この辺のところは先日大阪で観たエルプフィルの若き指揮者のウルバンスキのような下半身に力強さのない、なよっとした感じの指揮者とは大違いで、観ていて迫力がある。やはり「ラ・ヴァルス」や「ボレロ」などは、このような「ねばり感」のある官能性が大事だ。音楽もその通り、芳醇なコクとねばり気のあるダイナミックがあって、実に素晴らしい演奏でよかった。

この記事に

開く コメント(0)

イメージ 1
4月18日(火)大阪・いずみホール(午後7時開演)でのウィーン・アカデミー管弦楽団ベートーヴェン交響曲6番と5番のコンサートに行ってきた。指揮は同楽団創設者のマルティン・ハーゼルベック。1985年の創設以来、ウィーンを拠点に古楽器を使用し(一部レパートリーはモダン楽器を使い分け)、ウィーン古典派の作曲者当時のスタイルでの演奏を続けている。20数年前にウィーンを訪れた際に、楽友協会大ホールで、シューベルト交響曲「ザ・グレイト」を聴いて以来。当時は創設からまだ数年後で、当然ながら指揮者も楽団員も若手の好事家の集団だなあ、と思っていたが、20数年の時を経て風格と安定感が増したと感じた。ハーゼルベックはウィーン国立音楽大学教授でもある。なお本公演はいずみホールとウィーン楽友協会の提携企画による公演。後日NHKにて放映の予定(日時未定)。

演奏に先立って、午後7時より通訳を介してハーゼルベック氏による10分強ほどのプレ・トークで、ここ数年取り組んでいる「リサウンド・ベートーヴェン」の趣旨の概略を手短かに紹介。ガット弦の弦楽器や18世紀から使用されているホルンやティンパニなどの楽器も紹介し、ベートーヴェンの時代からコンサートで使われていたロブコヴィッツ邸など貴族の館のホールやアン・デア・ウィーン劇場などでの実演を通じて、文字通りベートーヴェンの時代の「音」を「リサウンド(再響)」させようという取り組み。うわさには聞いて知ってはいたが、ホルンなどは本当にバルブやピストンがなくて、息の強弱と唇の調子だけで全音程を演奏しなければならず、想像以上に難しい楽器であるらしい。ガット弦の弦楽器もチューニングがとても大変らしく、演奏前の音合わせは通常のオケの何倍もの時間を取って、念入りにチューニングをしていたし、各楽章間毎にピッチ調整をしていた。チェロは床置きの棒がついてなくて、両足でしっかり抱えこむようにして演奏しているのははじめて目にした。女性はちょっと難しそうだ。指揮者は指揮台なし、譜面台なし、指揮棒なしのスタイルで熱の入った指揮ぶりで好演。

演奏は、6番から。何度も何度も聴き慣れた曲だが、やはり久々に聴く古楽器の音、とくにガット弦の弦楽器の音は想像以上に「鳴らず響かず」で、耳が慣れるのにすこし時間がかかった。この響きの良いいずみホールをもってしても、これだけ響かないと言うのは、やはりちょっと勘が狂う。オケの人数自体は50-60人ほどの中規模程度の人数はいるが、楽器自体の音量がいつも聴き慣れたモダン楽器に比べるととても小さいのだ。ほんの数メートルの目の前での演奏なのに、音に距離感があってちょっともどかしさを感じてしまう。普段聴いているモダン楽器の音がいかに大きくてよく響くことか、なるほど大変よくわかる。音量が小さいだけでなく残響もほとんどなく、細かいパッセージも聴き取りづらいので、やはり普段よく聴くオケの演奏のような体感上のゲミュートリッヒ感がなかなかついてこない。弦の音圧の弱さに比べると、ホルンや管楽器は逆に一定の音量以上でないと安定した音が出しづらいこともあって、弦と管の音量的なバランスの不揃いもやや気になる。弦楽器の響きの少なさからすると、更にもう少し小さな容積のロビーコンサートだったら、ちょうどいい塩梅かも知れない。

一曲目の6番はそんな調子で聴感的な物足りなさを幾分感じながら休憩となったが、二曲目の5番は、そうしたもの足りなさは解消されて、全楽章を通じて活力に富んだイキのよい演奏を楽しんで聴くことが出来た。ハーゼルベックのプレトークによると、アン・デア・ウィーン劇場はキャパシティとしてはこのいずみホールとほぼ同程度らしいが、ベートーヴェンの当時は平土間は椅子なしの立ち席で立錐の余地がないほど客が詰め込まれ、なんと現在の3倍は優に超える3千人程度の聴衆が入っていたという。だから当時の聴衆からすると、現在の感じで言うところの「ポップスやロックのコンサートのノリに近いものがあった」らしい、ということは、この5番の熱気溢れる演奏を聴いていると、なるほどとおおいに頷ける。音量そのものは、最後までもちろんモダン楽器の圧倒的な響きとは全く異なる感興のものではあったが、正確に演奏するのが至極困難な古楽器の演奏でこのようなベートーヴェンの快演を聴けたのは実に新鮮で珍しい体験であった。やはりこうした演奏は、かなりもの好きの部類になるのだろうと思う。アンコールは8番の第3楽章というのも、なかなか粋な選曲である。

ベートーヴェン交響曲3番からのプロモーション・ビデオから
(珍しい360°動画)





この記事に

開く コメント(0)

[ すべて表示 ]


.


みんなの更新記事