grunerwaldのブログ

ドイツと音楽、歴史や旅行を楽しむ憩いの森へ
数年ほど前から、びわ湖ホールではゴールデンウィークの時期に合わせて毎年「ラ・フォル・ジュルネ・びわ湖」を開催している。各地で行われている同名のイベントと同じように、3日間の期間中、一演目あたりを小一時間程度の規模の小さなコンサートにしてイベント数を豊富にすることで多数の客の来場を促し、チケットの低価格化を実現している。普段はクラシックコンサートに縁のない小さな子供連れのファミリー客が行楽気分で気軽に本格的なプロの音楽家の演奏に触れあえると言うのが、イベントの狙いだ。そうすることで、クラシックの市場の裾野を広げようという趣旨のようで、実際行楽シーズンの気軽なイベントとして家族づれの客には好評を博しているようだ。こういう時は、普段はクラシックコンサートに行きたくても行けない、より多くの家族づれに一席でも席を譲る思いで参加を見合わせているものだが、今年は前夜祭(4月28日夜7時)に沼尻竜典指揮・日本センチュリー交響楽団の演奏で大好きな「カルミナ・ブラーナ」をやるのと、二日目の4月30日の夕方(16:20)にはロシアのウラルフィルハーモニー管弦楽団の演奏で、これも好みのラヴェルの「ラ・ヴァルス」と「ボレロ」、デュカ「魔法使いの弟子」をやるというので、珍しくチケットを予約していた。S席一枚2千円である。

①4/28 LFJびわ湖前夜祭

4月28日夕。びわ湖に面したホワイエの大きなガラス越しには、湖越しにたおやかな比良山の山並が一望でき、その彼方に乳白色の夕景が静かに染まって行く。まずは前夜祭の「カルミナ・ブラーナ」を大ホールで鑑賞。今年は、1937年7月の初演から80年ということで、結構あちこちでこの曲が演奏されているようだ。直近では大阪フィルが大植英次指揮でやっているようだが、どうだっただろうか。この日は結論から言うと、バリトンの大沼徹が大変素晴らしかった。声質はディースカウにならった大変丁寧で品格のあるソフトな印象のバリトンだが、二部の「酒場で」では豪快で圧倒的な声量とこの歌の性格をよく表現した鬼気迫る演技と表情で、大変聴きごたえがあった。「カルミナ・ブラーナ」を実演で聴くのは今回が3度目になるが、文句なしに今まででは一番だ。この曲は、なんと言ってもバリトンがつまらないと、面白さが半減する。飲んだくれの破戒僧がくだを巻くところなどは演技もそれらしいもので実に表現力ぴったりと言う感じだった。ただ、ファルセットでの最高音部は流石に得意ではないらしく、やや不安定にはなってしまったが、これはこの曲の酷なところで、仕方のないことだろう。ファルセットと言えば、カウンターテノールの藤木大地というのもはじめて聴いたが、愛嬌たっぷりの演技と表現力で、楽しく聴かせてくれた。字幕がないのは残念だが、ローコストのLFJでそこまで求めるのも現実的ではないだろう。

沼尻指揮センチュリー響の演奏も、やはり人気の曲で演奏頻度も高いのか、よく手慣れているという感じで、じゅうぶんに迫力があって、この曲の面白さを体感させてくれた。テンポ感もよく、安心して聴いていることができた。この曲は、途中途中でぐっと遅くなったり早くなったり、野辺の花摘みのような軽やかなところがあったり、酒場での猥雑な喧噪感たっぷりなところなど、そのリズムとテンポの変化自在なところが醍醐味だ。そういうところが、今回のLFJのテーマの「ラ・ダンス 舞曲の祭典」にかなっているのだろう。なによりも圧巻はこの演奏のためだけに臨時で編成された300人近い人数の合唱団の数の多さ!常設のオケを地元に持たない、びわ湖ホール唯一の看板と言える「びわ湖ホール声楽アンサンブル」のメンバーに加えて、昨年末あたりから一般市民公募と言うことで告知がされていたが、よくまあ、この地区でこれだけの数の合唱団が編成できたものだと驚いた。市民公募の臨時編成なので、ちゃんとした演奏が出来るのか半信半疑でいたが、結果はというと、じゅうぶんに素晴らしい合唱で脱帽した。丁寧さとひそやかさや可憐さ、大胆さ、壮大さのどれをとっても十分な聴きごたえで、大変迫力があった。大変聴きごたえのある「カルミナ・ブラーナ」の演奏で、こんな本格的な演奏が2千円という信じられないような価格で聴けるというのは確かに魅力的だ。「カルミナ・ブラーナ」に先立って、一曲目に同じソプラノでJ・シュトラウス「春の声」をやったが、あれは不要で無駄だった。悪いけれども、こんなに弾まないワルツの演奏など久しぶりに耳にした。


②4/30、LFJびわ湖2日目

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イベント2日目の4月30日はGWらしい爽やかな快晴で、浜大津から出航している遊覧船「ミシガン」ではイベントと連動して、船内で無料のミニ・コンサートが行われていた。乗船料もコンサートのチケットを提示すれば千円のディスカウントなのでお得(値引き後1500円)。この日はユーフォニウムとチューバのデュエットで、あの手の手で客を楽しませていたが、ユーフォニウムのやわらかでやさしい音色に癒される。帰港後びわ湖ホールに戻り、16:20より大ホールにてディミトリー・リス指揮ウラルフィルハーモニー管弦楽団の演奏で、デュカス「魔法使いの弟子」、ラヴェル「ラ・ヴァルス」と「ボレロ」を聴く。ウラルフィルなんて言われても、今回の演奏ではじめて知った。大体、モスクワとかザンクト・ペテルブルクなんかは何とはなく想像はできるけど、ウラルなんて言うのは申し訳ないけれども地理の授業で「ウラル山脈」とか耳にしたくらいで、どの辺にあるのかさえよく知らない。グーグルマップで確認してみると、ロシア西部のモスクワから見れば内陸を東へ1500㎞ほど離れたところで、南側は400㎞ほどでカザフスタンとの国境と言った所に「エカテリンブルク」という市街があって、そこが本拠地の、「ロシアでは屈指の」実力のあるオーケストラらしい。LFJ創設者のルネ・マルタン氏との縁も深いということらしいので、このイベントでは常連なのだろうか。私ははじめて知った。

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指揮者のディミトリー・リス氏(1960年生まれ)も初めて知ったが、大変ドラマティックな身体の動きで音楽の「うねり」を表現できる、表現力の豊かな良い指揮者だというのがわかった。左手の優雅で巧みな使い方と、身体の重心を下半身にしっかりと構築した動きは実に安定感があって、この辺のところは先日大阪で観たエルプフィルの若き指揮者のウルバンスキのような下半身に力強さのない、なよっとした感じの指揮者とは大違いで、観ていて迫力がある。やはり「ラ・ヴァルス」や「ボレロ」などは、このような「ねばり感」のある官能性が大事だ。音楽もその通り、芳醇なコクとねばり気のあるダイナミックがあって、実に素晴らしい演奏でよかった。

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4月18日(火)大阪・いずみホール(午後7時開演)でのウィーン・アカデミー管弦楽団ベートーヴェン交響曲6番と5番のコンサートに行ってきた。指揮は同楽団創設者のマルティン・ハーゼルベック。1985年の創設以来、ウィーンを拠点に古楽器を使用し(一部レパートリーはモダン楽器を使い分け)、ウィーン古典派の作曲者当時のスタイルでの演奏を続けている。20数年前にウィーンを訪れた際に、楽友協会大ホールで、シューベルト交響曲「ザ・グレイト」を聴いて以来。当時は創設からまだ数年後で、当然ながら指揮者も楽団員も若手の好事家の集団だなあ、と思っていたが、20数年の時を経て風格と安定感が増したと感じた。ハーゼルベックはウィーン国立音楽大学教授でもある。なお本公演はいずみホールとウィーン楽友協会の提携企画による公演。後日NHKにて放映の予定(日時未定)。

演奏に先立って、午後7時より通訳を介してハーゼルベック氏による10分強ほどのプレ・トークで、ここ数年取り組んでいる「リサウンド・ベートーヴェン」の趣旨の概略を手短かに紹介。ガット弦の弦楽器や18世紀から使用されているホルンやティンパニなどの楽器も紹介し、ベートーヴェンの時代からコンサートで使われていたロブコヴィッツ邸など貴族の館のホールやアン・デア・ウィーン劇場などでの実演を通じて、文字通りベートーヴェンの時代の「音」を「リサウンド(再響)」させようという取り組み。うわさには聞いて知ってはいたが、ホルンなどは本当にバルブやピストンがなくて、息の強弱と唇の調子だけで全音程を演奏しなければならず、想像以上に難しい楽器であるらしい。ガット弦の弦楽器もチューニングがとても大変らしく、演奏前の音合わせは通常のオケの何倍もの時間を取って、念入りにチューニングをしていたし、各楽章間毎にピッチ調整をしていた。チェロは床置きの棒がついてなくて、両足でしっかり抱えこむようにして演奏しているのははじめて目にした。女性はちょっと難しそうだ。指揮者は指揮台なし、譜面台なし、指揮棒なしのスタイルで熱の入った指揮ぶりで好演。

演奏は、6番から。何度も何度も聴き慣れた曲だが、やはり久々に聴く古楽器の音、とくにガット弦の弦楽器の音は想像以上に「鳴らず響かず」で、耳が慣れるのにすこし時間がかかった。この響きの良いいずみホールをもってしても、これだけ響かないと言うのは、やはりちょっと勘が狂う。オケの人数自体は50-60人ほどの中規模程度の人数はいるが、楽器自体の音量がいつも聴き慣れたモダン楽器に比べるととても小さいのだ。ほんの数メートルの目の前での演奏なのに、音に距離感があってちょっともどかしさを感じてしまう。普段聴いているモダン楽器の音がいかに大きくてよく響くことか、なるほど大変よくわかる。音量が小さいだけでなく残響もほとんどなく、細かいパッセージも聴き取りづらいので、やはり普段よく聴くオケの演奏のような体感上のゲミュートリッヒ感がなかなかついてこない。弦の音圧の弱さに比べると、ホルンや管楽器は逆に一定の音量以上でないと安定した音が出しづらいこともあって、弦と管の音量的なバランスの不揃いもやや気になる。弦楽器の響きの少なさからすると、更にもう少し小さな容積のロビーコンサートだったら、ちょうどいい塩梅かも知れない。

一曲目の6番はそんな調子で聴感的な物足りなさを幾分感じながら休憩となったが、二曲目の5番は、そうしたもの足りなさは解消されて、全楽章を通じて活力に富んだイキのよい演奏を楽しんで聴くことが出来た。ハーゼルベックのプレトークによると、アン・デア・ウィーン劇場はキャパシティとしてはこのいずみホールとほぼ同程度らしいが、ベートーヴェンの当時は平土間は椅子なしの立ち席で立錐の余地がないほど客が詰め込まれ、なんと現在の3倍は優に超える3千人程度の聴衆が入っていたという。だから当時の聴衆からすると、現在の感じで言うところの「ポップスやロックのコンサートのノリに近いものがあった」らしい、ということは、この5番の熱気溢れる演奏を聴いていると、なるほどとおおいに頷ける。音量そのものは、最後までもちろんモダン楽器の圧倒的な響きとは全く異なる感興のものではあったが、正確に演奏するのが至極困難な古楽器の演奏でこのようなベートーヴェンの快演を聴けたのは実に新鮮で珍しい体験であった。やはりこうした演奏は、かなりもの好きの部類になるのだろうと思う。アンコールは8番の第3楽章というのも、なかなか粋な選曲である。

ベートーヴェン交響曲3番からのプロモーション・ビデオから
(珍しい360°動画)





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4月1日(土)東京文化会館、NHK春祭「神々の黄昏」初日に行ってきた。ジークフリートとブリュンヒルデの主役ふたりが変更になったという主催者からのメールの案内が届いたのは、公演三日前の夜のことで、驚いた。結果論で言うと、レベッカ・ティームのブルンヒュルデは大変強靭な声と声量、圧倒的な歌唱力で、お釣りがくるくらいの儲けもので素晴らしかった!ジークフリートのアーノルド・ベズイエンは、声質は悪くはないが声量が不足気味なうえにさらにセーブしている感があり、圧倒的に物足りなさを感じた。終始譜面にかじりつきなのは仕方ないにしても、歌唱も細部の丁寧さが欠けており、ジークフリートがまだ全然板についていない印象を受けた。突然代役で頼まれて、不承不承ながら仕方なくやっているとまで言うと言いすぎになるかも知れないが、「ニーベルンクの指環」を締めくくる主役としては、もの足りなさを感じた。12列目くらいの席でもそう感じたくらいだから、後席のほうの人ならなおさら聴こえが足りなかったことだろう。声の質は悪くはないとは思ったけれど。今日4日の二回目の公演は行っていないのでわからないが、二日目はきちんと本領発揮できたのだろうか。

ブリュンヒルデと同じく圧倒的な歌唱を聴かせて大ブラボーだったのは、ハーゲン役のアイン・アンガー!素晴らしい!ルックスもワイルド系でハーゲンが完璧に板についてる。もの凄い声量と素晴らしい歌唱力で圧倒された。グンターのマルクス・アイヒェは対照的に(大阪弁で言うところの)「シュッとしたはる」感じの見目麗しい印象、いわゆるブルーブラッドと言うか、いかにも育ちの良さそうな温厚で誠実そうな味わいのあるグンターだった。もちろん歌唱も素晴らしい。映像での印象だが、「マイスタージンガー」のパン屋のフリッツ・コートナーや、フィンランドでの「死の都」のフリッツでも好印象だったし、「タンホイザー」のヴォルフラムもうってつけだろう。なんか指揮台に乗って指揮棒を振っていても様になりそうな姿勢の良さ。あ、もちろんアルベリヒのトマシュ・コニエチュニーも言うに及ばず!こちらもうってつけの役どころ。出番が少ないので、もうちょっと聴いていたいのだが。ヴァルトラウテも出番少ないけれども、エリーザベト・クールマンって、どんだけ贅沢やねん!って感じ。グートルーネのレジーネ・ハングラーも良うございました。日本人歌手による三人のノルンとラインの乙女たちも良かった。冒頭のノルンたちは、舞台の下手側と中央と上手側に離れての歌唱、ラインの乙女は舞台の下手側の低い台に乗って艶やかなロングドレスで揃って歌っていた。むかしタモリの「今夜は最高」とかで、ゲストの歌手のそでで三人ならんで歌ってた、ちょっとお色気系のバックコーラスのおねえさんたちを思い出しました(とか言っても若いもんは知らんわな)。東京オペラシンガーズの合唱も聴きごたえがあってよかった。

マレク・ヤノフスキの指揮で聴くのは、二年前の「ワルキューレ」とベルリン放送響のブルックナー8番、それと去年のウィーン国立歌劇場の「アリアドネ」以来。こういう本格的な巨匠の指揮で何回も日本で観れる(聴ける)なんて、本当にうれしい。いちおうオペラグラスは持っていったのだけれども、歌手は演技がないので、それよりも結構ヤノフスキの指揮姿をオペラグラス越しに見入っていることが多かった。もう、眼福のひと言。N響の演奏も聴きごたえ十分で大迫力で文句なし。ライナー・キュッヒルさんって本当にすごい人で、12列目くらいの席で聴いていてもキュッヒルさんの直接音がガンガン響いてくるのがわかるのだ。要となるホルンのソロは前半と後半で交代で、舞台上にひとりで立って演奏された。前半のときちょっとミスがあったけど、それ以外は大変素晴らしかった。あと、ハーゲンが手下どもを招集する時のラッパというかホルンというか、トロンボーンというか、あんな楽器ははじめて見た。床まで届きそうな長い直管状のラッパというか、スイスのアルプスホルンを真鍮製にしたような感じで、三人の奏者が舞台上の中央と左右にわかれて出て来て演奏していた。こうしてよく思い出してみると、「神々の黄昏」の実演を聴くのって、15年くらいまえのベルリン国立歌劇場の来日公演(バレンボイム指揮)をチクルスで聴いて以来の、まだ二回目か?そうか、実演ではまだそんなに観ていないんだってことに、はたと気がついた。「ラインの黄金」と「ワルキューレ」は結構何度も観ている感じがするのだが、やっぱり「ジークフリート」以後は長さに根負けしてきたきらいがある。今後はこころを入れ替えて、まじめに「ジークフリート」と「神々の黄昏」もきちんと実演で取り組んで行くことにしよう(笑)

今回の四年越しの「ニーベルングの指環」チクルスで聴いたのは、「ワルキューレ」と今回の「神々の黄昏」の二作品だが、全公演とも演奏会形式の上演で、バックの大きなスクリーンにCGの画像が大映しにされ、いわば巨大な「電子書割り」が使用されたとのこと。ただ、同じCG画像とひとくちに言っても、うろ覚えではあるが二年前に「ワルキューレ」で観た時の単調で変化に乏しいと感じた映像に比べると、二年の間の技術的進化があったのかどうか、今回の「神々の黄昏」の背景の映像はその時のものに比べると、随分と変化に富んで違和感のない、ある程度鑑賞にたえるものに仕上がってはいたように感じられた。昨秋のウィーン国立歌劇場来日公演の鑑賞の際のブログでも触れたことだが、そのクラスのオペラ引っ越し公演となると、S席だと6万円を超えるという異常な価格設定に関して、今後も同じような価格で今までのような引っ越し公演ができるかどうかは未知数の要素が多少ともあるやに感じられる。今回のN響によるワーグナー上演は、出演する歌手のレベルで言えば、それらと全く遜色のない顔合わせで、演奏会形式ということでS席21,600円。それを考えると、本格的なオペラ鑑賞の醍醐味は格段に劣りはするが、こうしたある程度鑑賞の理解の一助となるような本格的なCG映像との組み合わせによるコンツェルタント形式の演奏会であるならば、ウィーンフィルやドレスデン、バイエルンクラスのオケによる演奏でも、S席4万円台での鑑賞も可能になるのではないだろうか。ただし、演技や演出がないと、ここでジークフリートがどんなふうに殺されたかとか、グンターがどこで死んだのかとか、演奏を聴いているだけではいまひとつよくわからないと言う問題は残る。

話しが前後するが、当日はお天気がいまひとつだったのか、開演前の金管のファンファーレが会場の外でなく、ホールロビーの入口付近で行われた。室内なので、よく響いて、こちらのほうが断然聴きごたえ十分でよかった。ところで、会場ではウィーン歌劇場のかつての総裁だったイアン・ホレンダー氏の姿をお見受けした。

なお翌日も東京で所用があったので、翌4月2日の小ホールでのマルクス・アイヒェのバリトン・リサイタルも鑑賞(ピアノ:クリストフ・ベルガー)。シューベルトの歌曲から「さすらい人」や「月に寄す」など、ベートーヴェン「はるかな恋人に」、シューマン「リーダー・クライス」。これからのさわやかな春先の月を愛でて、美しいドイツ語の詞を想いおこすのもまた一興である。アンコールはベートーヴェン「くちづけ」、シューベルト「音楽に寄せて」、ワーグナー「タンホイザー」から「ヴォルフラムの夕星の歌」、コルンゴルト「死の都」から「ピエロの踊り」の4曲の大サービス。終演後はロビーで即席のサイン会。あわててCDを買おうとしたら、すでに完売終了だった。


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(以下データ、公式HPより)
■日時・会場
2017.4.1 [土] 15:00開演(14:00開場)
2017.4.4 [火] 15:00開演(14:00開場)
東京文化会館 大ホール

■タイムスケジュール
序幕・第一幕:15:00−17:00
 休憩(30分間)
第二幕:17:30−18:35
 休憩(30分間)
第三幕:19:05−20:20
終演時刻:20:20 [予定]

■出演
指揮:マレク・ヤノフスキ
ジークフリート:アーノルド・ベズイエン
グンター:マルクス・アイヒェ
ハーゲン:アイン・アンガー
アルベリヒ:トマス・コニエチュニー
ブリュンヒルデ:レベッカ・ティーム(4月1日)
        クリスティアーネ・リボール(4月4日)
グートルーネ:レジーネ・ハングラー
ヴァルトラウテ:エリーザベト・クールマン
第1のノルン:金子美香
第2のノルン: 秋本悠希
第3のノルン:藤谷佳奈枝
ヴォークリンデ:小川里美
ヴェルグンデ:秋本悠希
フロースヒルデ:金子美香
管弦楽:NHK交響楽団(ゲストコンサートマスター:ライナー・キュッヒル)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:トーマス・ラング宮松重紀
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
映像:田尾下 哲




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昨年の「マタイ受難曲」に続いて、今年は「ヨハネ受難曲」を京都・バッハ・ゾリステンと京都フィグラールコールの演奏で鑑賞して来た(指揮・福永吉宏、3/26大阪いずみホール、14時開演)。

何度も繰り返し聴いて来て耳に馴染んでいる「マタイ受難曲」に比べると、「ヨハネ受難曲」はバッハによる同じテーマの受難曲だけれども、はるかに聴く機会と頻度は少なかった。CDで聴いていても、やはり「マタイ」のほうが音楽の起伏に富んだ印象でこころに刻まれるのだが、「ヨハネ」のほうは「ふーん、なるほど」と頭には内容は入ってくるのだが、肝心の音楽のほうが「マタイ」ほど浸透してこないのである。歌詞の内容はとても説明的でわかりやすいのだけれども。この点では「マタイ」より叙事的ではあると思う。でも何かもうひとつ、「マタイ」のような「ときめき」が薄いのはどうしたものだろうか。まぁ、こんなことはあくまでも百パーセント、個人的な主観でしかないですが。

とは言えそれは曲についてであって、演奏のほうはと言うと、やはり京都フィグラールコールによる合唱は大変感動的で素晴らしく、来た甲斐があった。実態としてはアマチュアと言うことらしいけれども、全然そんな素人レベルではない。もっと合唱の部分が多くあったらよいのに、と感じるくらいだった。福永吉宏氏の指揮は繊細で丁寧で実に説得力があり、相当丹念にこの曲に打ち込んで来られた証しであると感じる。昨年とほぼ同じ顔ぞろえのソリストも実力十分で安心して聴いていられた。特にイエス役の篠部信宏氏の深いバスは聴きごたえがあった。

席は7列目くらいの中央付近で、理想的な位置で名曲を聴くことができた。昨年の「マタイ」は全席完売だったが、今回の「ヨハネ」はやはりあまり人気がないのか空席も結構多く、ちらほらと目立つ状況であった。隣の大阪城公園では、もう桜が開花しはじめているようだった。

それはそうと、この曲の第一部のイエスと大祭司カイファや提督ピラト、ユダヤ人たち、役人たちのやりとりを追っていると、いまの時節柄、つい先日の某理事長の証人喚問の国会のやりとりが思い出されて仕方がない。いや、あのオッサンがイエスというわけでは全くなく、単純に「糾弾する側」と「糾弾される側」という構図においてだけの話しですが。大祭司カイファの「ひとりの人間が民全体に代わって死ぬ方が好都合だ」とか言う生々しい話しもあるし。「わたしがどんな悪いことをしたのか」というイエスに対し、下っ端役人が「おんどれ!大祭司様に向かってなんちゅう口きいとんじゃあ、ゴルア!」なんて恫喝するところなど、血迷ったあげくにてめえの親分がはしごをかけましたなんて、言わんでもいいことを「自供」したおバカな議員とおんなじではないか。なんか、いつもなんとかのひとつ覚えみたいにオレンジのネクタイばかりしたはるけど。あんたちょっと、悪いんじゃないのぉ〜?まぁ、今日のところは、これくらいにしといたる(笑)  

それにしても、期待度ゼロのメディアのなかにあって、ひとり菅野氏の奮闘ぶりは大したものだ。論旨明確だし、腹が据わってるわ。あれでは、PMといっしょに赤飯食っただの寿司食っただのとか言って調子に乗せられてる大手御用メディアなんかはとても叶わんな。活躍に期待。


指揮 : 福永 吉宏

独奏 : 福音史家:畑儀文   イエス:篠部信宏  
      ソプラノ:松田昌恵  アルト:福永圭子 
      テノール:大久保亮 バス:成瀬当正


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最近新しい演奏会場が出来て、普段は音楽とは縁のない一般紙でも取り上げられたりで話題になっている、ハンブルクのNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団(旧称ハンブルク北ドイツ放送交響楽団)の来日公演最終日、3月15日(水)大阪フェスティバルホールの公演を鑑賞してきた。指揮はポーランド出身のクシシュトフ・ウルバンスキ、ソリストはアリス=紗良・オット(ピアノ)。演目は、


     ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」第3番 ハ長調 Op.72b 
     Beethoven:"Leonore" Overture No.3 in C major Op.72b

     ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op.37<ピアノ:アリス=紗良・オット>
     Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor Op.37 (Alice Sara Ott, Piano)

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     R.シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」 Op.30       
     R.Strauss:"Also sprach Zarathustra" Op.30


旧称の北ドイツ放送交響楽団と言えば、御多分に漏れずギュンター・ヴァント時代のブラームスやブルックナーのCDで耳にしていた。いつ頃から現在のNDRエルプフィルと言う名称に変わっていたのか気がつかなかったが、二年前にヘンゲルブロックとの来日公演で大阪のザ・シンフォニーホールでマーラーの交響曲1番とヴァイオリンがアラベラ・美歩・シュタインバッハーというのでチケットを購入していたのだが、仕事の都合であいにく行けなかった。今回はじめてこのオケを聴きに行き、毎度のことながら本当にドイツというのは各地域の都市ごとにこの様なレベルの高いオーケストラが数多くあるのが、すごいことだと実感する。

主催はフジテレビで東芝の提供。東芝にはもうこのような大盤振舞いを続けて行く余力はないかと思われるが… フジは最近ベルリンフィルの来日公演を主催したりして、クラシックにも注力している様子が窺える。今回のNDRエルプフィル、S席は1万3千円なので、ウィーンフィルやベルリンフィルなどのスーパーオーケストラに比べればべらぼうに安いし、残席も結構余裕がある。毎回思うが、この違いは何だろうか。確かにウィーンフィルやベルリンフィルは素晴らしいオケだし演奏がすごいのは言うまでもないけれど、コンサートのチケットで4万円近いというのはべらぼうだし、そこまでの差がNDRエルプフィルのクラスのオケが出す音とに本当にあるのかどうなのか。実際、価格としては二倍の差はあると言われればそれは納得の範囲内だが、三倍までの差があるほどNDRがヘタレなオケとは思えないというのが実感である。

さて、一曲目「レオノーレ3番序曲」、暗い牢獄の絶望を思わせる、陰鬱で暗く繊細な音で奏でられる冒頭部分の演奏の繊細なこと。素晴らしい集中力で引きこまれるようだ。ところが、冒頭部分が終わりかけたあたりで、近くのご婦人がいかにも退屈そうに、ペラペラと音を立ててパンフレットをめくりはじめた。あのなぁ!客電も落ちてるのに、パンフレットめくったところで、なんか文字読めるか?いかにも退屈でじっとしていられないようで、ごそごそと動いては足元のかばんから何かを取り出したり、おまけに演奏中ずっとチラシの入った薄いビニールの袋を手の平でいじり続けてぺちゃぺちゃと不快な雑音を出し続けている。クラシックの演奏など大した興味ないけど、ただで招待券もらったんでとりあえず来てみたけどやっぱり退屈だなぁ、って感じがありありで。すぐ隣りならすぐにでも注意したいところだが、中途半端に何席か離れているのでそれもできずもどかしいまま。おかげで「レオノーレ序曲」の途中あたりから二演目目のピアノ協奏曲まで、まったく音楽に集中できなかった。いい迷惑な話しである。なのでアリス=紗良・オットの演奏もあんまり耳に入って来ず、強烈なルックスの印象だけしか残らなかった。いい迷惑な話しである。ルックスは凄く印象に残った。細いウェストのスレンダーなプロポーションで、黒のスパンコールのロングドレス。背中と両脇腹に大きなスリットが入ってシースルーになっている。ボディから膝あたりまではぴったりと絞りこんで、膝あたりから足もとにかけて裾が広がったエレガントなシルエットのスパンコールドレス。見せます感オーラがハンパない(笑) 人生楽しいだろうな、きっと。アンコール2曲、グリーグとショパン。

ちょっとこれでは話しにならないので、休憩時に係員さんにオバサンにご注意してもらうようにお願いしておく。まあ、こういう苦情はよくあるのだろう。「はい、わかりました」みたいな感じで、うまく対応して頂いたようで、後半の「ツァラトゥストラかく語りき」では、客席に通常の静謐が取り戻され、音楽に集中することができた。素晴らしい演奏であった。迫力ある演奏だった。何より、R・シュトラウスのこの面白い曲が堪能できた。各楽章にはそれぞれ一見難解そうで意味ありげな標題が付けられているが、別にそれは何かと頭で理解しようとしなくても、音楽そのものは難解ではなく、他のR・シュトラウスの交響詩となにか特段変わったところがあるような曲でもないだろう。壮大なスケールの冒頭、おどろおどろしいところ、可憐でかわいげのある個所、優雅なワルツなど、「ティル・オイレンシュピーゲル」や後の「サロメ」や「ばらの騎士」を想起させるような曲風も感じ取られる。この曲はトランペットは要だと思うが、トランペットをはじめ金管はすこぶるうまく重厚で、大変な迫力があった。ワルツのヴァイオリン・ソロは全然ウィーン風ではなかったが、安心して聴いていられた。チューブ・ベルはどこにあるか見えないようだったが、上部のスピーカーから聞えたような気がした。アンコールはローエングリン3幕前奏曲で、文句なしの快演。どのコンサートも、この価格でこの席(中央付近)で聴けたら、言うことがないのだが。

この曲は、以前2014年5月にライプツイヒを訪ねた時に、ゲヴァントハウス管の演奏(指揮アンドリュー・デイヴィス)でも聴いているが、二階の席だったためかちょっと音が遠く感じてもったいないことをしたのが心残りだった。実はこの時、前半のプログラムは一階の席で聴いていたのだが、ホールの全体像がよく見える二階の席も同時に購入しており、後半はそちらに移動したのだ。やはり音は一階のほうがダイレクト感があった。席を変えずに一階のままで聴いていたほうがよかったのかも知れない。今回のNDRエルプフィルという、よいオケのよい演奏で挽回できたのは、よかった。





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