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アロマ―戦後の防火建築は横浜に多く残ってるそうよ。
特派員―1階が店舗や仕事場で上が共同住宅という設計だね。空襲で廃墟になった地域に建てられた。
編集長―あれは当然だよ。政治関係者や住民の反対がなかった。戦争の被害で永久建築という理念が日本人に根づいたと言っていい。
アロマ―そうね。でも、流行したと思ったら、法律が変わり、そう簡単に防火建築をつくれない環境になった。
特派員―木材業界が政治家に文句を付けたかもしれないな。
編集長―そう、よくあることだ。社会の未来をだめにしてしまう運動だ。
半分半分放送局長―木材業界の背後には放火魔の集団がいて、マッチ1本で都市を全滅する陰謀をたくらんでる、なんていう映画はどうだろう?
編集長―マッチ1本で?非常に安上がりだな。
放送局長―マッチ1本が原子爆弾だ。
特派員――マッチ2本が水素爆弾。
アロマ―でも、防火建築のアパートで生活すれば、そんな恐ろしい強迫観念から自由です。放送局長も特派員も安心してタバコを吸えます。毎日イージー・リヴィングですよ。
編集長―大館ケーブルTVスペシャル。
 
 
*防火建築帯関連法の歴史
1952年(昭和27) 
耐火建築促進法 国と県、市が補助。
防火建築帯造成事業が開始。
1953年(昭和28)       
大館市 大火の復興 893mの防火建築帯を造成。
1961年(昭和36) 
防災建築街区造成法。
防災建築街区造成事業が開始。
 大火復興での土地区画整理事業は焼失区域とその周辺に限定されたため、
 街路等の都市基盤は体系的に整備されなかった。例 能代市。
19 ?               
市街地改造法。
1969年(昭和44)      
都市再開発法。
 
片町連鎖店舗に関する歴史資料はどこに?
 
 
 
Filming; 2016.1.12 片町連鎖店舗 防火建築帯
 
 
 
 
 
 

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