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年代豊凶録
天保3年 1832
今年は夏中雨が降りつづき、一向に暖かくなく、7月になっても、出穂が見えない。[] 御毛見の予定日を延ばしてもらうように願い出たが、8月末に内々の毛見があり、御扱い様は毛付け帳の作成が遅いという理由で組合肝煎り中を叱りつけた。
 
925日御毛見御検地役様が来て、御毛見御見分が済んだ。今年はまことに文化年中の3年つづきの凶作と同じである。[]近在に米がなく、湊から仙北米が来てタカノスの市に出して売買するようになった。
[現代風に書きあらためた。]
 
☆阿仁銀山の火事の前どんな状況だったか ?記事には夏中雨が降り気温が低く、稲の穂が出ないと深刻な様子が記されている。毛見(けみ)とは、幕府や領主が米の収穫量を収穫前に検査してその年の年貢額を定めることであるという。[1]
 
栄村はその延期を要望したが、8月末に非公式の検査が行なわれた。扱い係の役人は毛付け帳の作成が遅いことに文句をつけた。毛付け帳とは何か明らかでない。村の収穫予想記録か ?〈組合肝煎り中〉も分かりにくいが、複数の関係者のことかもしれない。
 
ともあれ、佐竹藩が叱りつけたという事実は他にない。財政難という背景があるにしても、その無情さには少しびっくりさせられる。
 
天保3年は文化の3年連続の凶作と同じ結果になった。北秋田地方に米がないというのは、信じがたいことだが、大げさではないだろう。その年、森吉山の南の地域は幸運に恵まれていたので、カタストロフは地獄の入口で止まった。
 
湊は土崎湊のことである。
 
今日は明治生まれの祖父長谷川喜之助の命日。
1960123065歳で〈老衰〉で亡くなった。
 
 
長谷川一族の風景
 
 
1 大辞林
 
 
Filming; 2016.12.27 大館橋
 
 

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