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公平 2007/3/9(金) 午前 8:32
著作権を広義に考えすぎと思います。ベートーベン作曲第九の4楽章は詩人シラーの「歓喜の歌」をモチーフに作曲されましたが、作曲者が冒頭部分に「オオ!友よ、もっと素晴らしい音を・・・」と言う部分を付け足しております。また演奏者が変奏曲を奏でる時、作曲者に許可を求めて変奏する事などあり得ません。またジャズに至っては、アドリブこそ命であり、作曲者にその都度、許可をもらってアドリブを加える等聞いた事がありません。あまりに著作権を広義に考えすぎると、それだけで文化の閉塞を齎します。
柳 四郎
僕はこの件に関して・・・著作権を問題にしては居ません。
果たして著作権侵害であるのかどうか疑問です・・・レコーデングしたのなら別ですが舞台でどのように演出するかはそのときの気分に拠るでしょうし・・・ジャズなどは貴方の言うとおり原曲をいかにアレンジするかが勝負です。
多分この形の森進一の曲のCDは無いのでは?
ただおふくろさんと言う曲が僕は嫌いです・・白々しいので・・・森もそう感じて前に変なものを貼り付けたのかも・・・貼り付けた曲想は大変いいので・・これを一曲として別な曲にしたほうが良いような・・感じがしたほどです。
岸壁の母・・・これもつまらない前句が入り・・・菊池はこんな変な文句は入れずに歌っていましたが・・・浪花節の歌手が変な臭い文句を入れてから嫌いな歌になりました・・・歌自身はそこはかとない哀愁があるそこそこの歌でしたが・・・あのおばさんが歌う岸壁の母は聞きたくありません。
僕も2〜3詩を書いて曲をつけたりしたことがあります・・・そうです極寒のシベリアのタイガを吹雪に行き暮れる・・獄につながれる恋人を追って・・すごい曲想と詩・・・未完のままの名曲・・・ということにしておきます・・・・。
公平
チベット、内モンゴルへの軍事介入は、国際法上、内政問題。中国の主張に間違いはありません。第二次大戦終結後の国境確定で、中国は清朝領土の確保を国際的に認められており、その国境線から言えば、チベットも内モンゴルも中国国内、米国や欧州が批判したのは、その軍事介入で人権侵害があったからです。この点は、柳四郎さんの主張が正しい。
柳 四郎
http://www.sankei.co.jp/seiron/danwa.html
ここで論じてみませんか?
僕はその辺のことはほとんど読んでないので詳しくはありません。
正論も・・・偏見の固まりのような保守の巣窟なのかもしれませんが・・・しかし産経の管理ですから・・・結構まともな論があります。
公平
1945年以降に、独立国家で戦争に負けて国が無くなったと言う事がないのも事実。また、自国防衛を自国の軍備で確実に守れると言えるのは、米国だけ、後は、外交上の政策に於いて戦争を回避していると言うことでしょう。スイスが国民皆兵政策で防衛できていると言うのも現実を知らない理論、本気でナチスが進行していたら、フランスより遙かに早く、降服していたはず。これが現実です。
柳 四郎
歴史の銀座通りのスイス・・・絶えず他国の軍隊が通過する・・・おとなしく通れば良いが・・・軍隊とは略奪者の群れ・・・とてもおとなしくとおりはしない・・・当然青・壮年はすべて武装して略奪から身を守る・・・これが歴史的実態でしょうね・・・ただしこんな山の荒涼とした国を占領する価値は無いから・・・ただとおるだけ・・・ヒットラーにも連合軍側にも加担せず・・・どちらにも反抗しないことが国を保つ唯一の道・・弱者の知恵でしょう。
軍事論をやるとすぐに誰かは持ち出す・・・スイスは決まり文句のひとつですね・・・しかしこんな特殊な国をどう論にて見ても意味は無いのにね。
公平
その米国の防衛力でも守れなかったのが、9:11である事をかんがみれば、如何に軍備と言うものが無用の長物になり果てているかを証明していると言えます。そろそろ、勇気を出して、国軍と言う存在を考えるときでしょうね。
柳 四郎
しかし軍隊は必要だ!!
という固定観念から誰も抜け出せない・・・現実のほうがとっくに・・軍事不要の世界になっているのに・・・どうしてこれを誰も理解しないのか?
不思議で仕方が無いです。
先日久しぶりに貴方のブログを見て・・・すごいですね・・・プロのような文章を書かれている・・実に良いですね・・すばらしい。
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転載、コメント、いつも勉強になります。感謝いたしております、ありがとうございます。プロの様な文章を・・・汗顔の至りであります、下書きなしの書きなぐりでありまして、褒められると恥ずかしい限りであります。極端な保守である方は、どうしても共産中国が歪で不公正と言う色眼鏡で判断していると感じます。民主主義の実験など、現実には、この50年でしかないと言う事実を鑑みる事がありません。まだ、保守と言いながら、日本の文化を根底から否定しているところが顕著であり、その事に気付いていないと言う事も挙げられます。
2007/3/12(月) 午後 6:44
靖国神社の問題も、実はこの意識が、この問題を複雑にしております。泰邦が、我が国の歴史的な文化であると言う論法です。これは明らかに間違っております。詳細にコメント欄では書けませんが、彼の神社は、明治時代に時の為政者が苦し紛れに考え出した富国強兵政策の結果として存在すると言う事実を無視しております。彼らにとっての日本文化は明治以降と言う事になります。本来の歴史的な背景を考えれば、靖国は日本文化を否定した上に存在していると言うことです。
2007/3/12(月) 午後 6:48
この様な、本来、公正に、あるいは公平に考えると、どうも歪であるのは、我が国の在り方ではないかと感じるのです。長くなりました、これからも頑張って書いてゆく所存でありますので、よろしくご指導お願いいたします。
2007/3/12(月) 午後 6:49