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26日田原総一郎の朝まで生テレビを久しぶりに見た。
以前には良く見ていたが、テーマの曖昧さからくる論者の主観論と・・水掛け論に飽きて最近はほとんど見ることはないが、久しぶりに見たらずいぶん変わっていた・・論拠として具体的な数字を挙げての論戦・・そのデーターの取り方の違いによる反論など実にいい。
客観的根拠となる数字ですら基本資料と分析でどのようにも解釈できるということを・・見ている人に教える。
しかしこの日のテーマの・・格差社会の是正・・・正社員と非正社員の給与格差・・・終身雇用と・・論点そのものが僕に取りつまらないもので・・最後までは見なかった。
田原総一郎が
「就職先を選ぶときに現在人気のある企業はう止めたほうが良い、20年後には落ち目の企業になってる・・そうだよね!・・」
これには驚いた・・僕が以前から話していた論だから。
田原は出席した他の論者に同調を求めたが誰も同調しなかった。
田原はその理由を説明しなかった、と言うより説明できなかったのだろう、彼の論ではなくどこかで聞いた論なのだろう。
「現在人気のある企業はう止めたほうが良い、20年後には落ち目の企業になってる」
この論は僕がだいぶ以前に就職活動をしている学生に話した・・それ以来あちこちで僕は書いてきた。
「将来を見越してどんな会社に入ったらいいのかは、占い師ではないから僕には答えられないが・・入ってはいけない会社ならわかる・・現在人気のある企業はう止めたほうが良い、20年後には落ち目の企業になってる」これが僕の論だ。
理由は
1・・企業の平均寿命は15年。
当然創業以来150年という企業もあるが平均企業寿命は15年というデーターを見た覚えがある。
2・・製品の平均寿命は15年。
たとえばTVが世にでてすでに50年以上だが・・TVの製品寿命はまだある・・と考えるのではない・・当時発売された白黒TV はすでに作られてはいない・・白黒TVの製品寿命はすでに尽きたということだ・・次のカラーに取って代わられたが・・すでにカラーも液晶などの代わられつつある。
新しい製品が開発されてから平均製品寿命は15年とはこういうことを言うのだ、最近は15年よりもっと短くなってきてるかもしれない。
電卓・・シャープが開発して初期1台100万もした・・それが次第に小さくなり・・今や300〜400円・・・・・すでに携帯にも付いて付属品扱いだ、とても利益の出せる商品とはならない・・製品寿命は尽きたということだ。
シャープの電卓には思い出がある。
僕がまだ勤めていたとき25〜6歳(40年前)ぐらいだろう・・部長を連れて・・シャープの奈良工場へ呼ばれて行った。電卓を開発した佐々木博士・・肩書きは工場長だか事業部長だか忘れたが・・彼の部屋でお目にかかった。
「次はこれです」
とテーブルの上に1.5cm角のチップを出した。
「ラージスケールですね」と僕が言うと
「そうです」と氏は笑って答えられた。
今までの大きな電卓から手のひらに変わるときの話だ。
部屋を出たときに
「あれは何だ?」
と部長が聞いた・・まだほとんど誰も見たことがない(僕も始めてみた)・・僕の自慢話だが部長ですらそれは理解外のものだった。
FAX・・これも当初は高額だった僕が買ったとき30万ほどしただろう・・ところが今は電話機と一体・プリンンターと一体・・となって電話の付属品扱いだ、FAX単体の製品寿命は尽きたということだ。
ではトヨタ自動車はどうだ?
と聞かれるだろう。
いまや世界のトヨタだ・・GMですら抜き去りつつある。
と言うことはすでに世界のGMですら斜陽企業となりつつあるということだ。
だが今は世界のトヨタだが僕が学校を出たころのトヨタは惨めな会社だった・・あえて行きたい会社ではなかった。
当時国産車の将来は悲観的に見えた・・学生時代にダットサンさんを運転していたのだが走ることは走った・・穴だらけの悪路をごとごとと。
しかしあるときヒルマン(欧州車)に乗って驚いた・・まるで走りが違うのだ・・滑らかに飛ぶように。
これほどの違いがあるとは・・国産車の将来は悲観的に見えて当然だろう・・特に日産に比較してトヨタは悪かった。
その国産車が特にトヨタが日産に追いつき、良くなってきたのはこの15年ほどだろう・・やっと他社に負けない車を作ることができて・・日本が世界の自動車王国となり・・特にトヨタは・・今や光り輝くトヨタ王国の絶頂期といえるだろう・・・・だがすでに斜陽の陰がかいま見える。
御用学者が絶賛する看板方式の無理無駄が白日の元にさらされるときはすぐ来るだろう。
僕はトヨタに何の恨みもない・・僕の作った機械をたくさん使ってもらっている・・特にハイブリットでは。
しかし制度疲労は隠せない。
JAL日本航空・・10年前までは・・日本の光り輝く会社だった・・日本のキャリヤフラッグだ・・日の丸をつけて世界を雄飛した・・学卒の憧れの会社だったが・・いまやぼろぼろだ。
パンナム・・夢のアメリカのキャリヤフラッグ・・・世界を駆けぬけて・・すでに消え去った。
今騒がれている不二家・・30年前には光り輝いていた・・がいまや消えていく会社だ。
「就職先を選ぶときに現在人気のある企業はう止めたほうが良い、20年後には落ち目の企業になってる」
これが僕の論の根拠だ。
さて次に
年功序列・終身雇用・・格差の話だ。
昭和35〜6年僕が社会に出たとき学卒者は20%なかった・・現在60%近い学卒がでてくる。
3倍もの卒業生がいる・・このすべてを年功序列・終身雇用性の中に取り込むことなど不可能だ。
今でも大社会が必要としている上部の人員は20%弱と考えるなら残る40%は従来どおり年功序列・終身雇用・・・外雇用となることは間違いない。
自分が大学をでていないから出世できなかったと・・・息子を大学を出してみても・・出世できるとは限らない、皆勘違いしているのだ。
60%近い学卒の・・残る40%は従来どおり年功序列・終身雇用外・・バイト・フリータの非正規雇用ということだ。
これを理解せずに格差是正などという議論をすることの無意味さをどうして理解できないのだろうか?
昭和35〜6年僕が社会に出たとき20%の学卒時代・・残る80%は格差の中にいたのだ。
これが矛盾だと誰も叫ばなかった・・当然のこととして受け入れて社会は成り立っていた。
違ってきたのは学卒が20%から60%に成ったことだ・・・当然学卒だから年功序列・終身雇用の社会に入れると勝手に考えることが間違いだ。
ではどうしたら格差をなくせるのか?
正規雇用の賃金を引き下げて非正規雇用の賃金を上げることだ・・こんな当たり前の結論しか出てこない。
論者の誰かがこれを話したがこの正論に誰も答えなかった・・・正論を出すと結論がでてしまう、これ以上議論する意味が無くなるから誰も応じない・・ばかばかしい議論をしてるということだ。
資本主義である以上・・どこまでも無意味な議論だ・・格差のない社会を求めて・・親方日の丸の社会主義という非効率の世界に戻れと言う以外に結論はないのだから。
女性の論者が一人・・女性の所得が9万円どうしてこの収入で暮らせるのか?
と話した・・NHKの特番ワーキングキングプアーを見たのだろうか・・北海道で給食会社で働く姉妹2人・・月9万・・少しでも給料を上げたくて栄養士の資格を取ったが会社が上げてくれた給与は時給10円という。
しかし姉妹二人合わせると18万だ。
中国で働く同じような女性の給与が7000円・・・どうしてこの収入で暮らせるのか?とは誰も言わない。
現実に暮らしてるのだから。
いったいどこが違うのか?
日本人の暮らしは携帯・TV・ラジオ・クーラ・ストーブ・電気カーペット・冷蔵庫・あらゆる電化製品に囲まれ電気も水も使い放題・・服もたんすに入らないほどもって入りきれずに部屋中につるし・・・・靴箱には入りきれないから穴の開かないうちにもう履かないからと捨てる。化粧品雑貨で部屋はあふれている。
これらはすべてお金だということだ。
中国人女性の暮らしは3〜4着の服と2〜3足の靴とわずかな身の回りと化粧品がすべてだ。
かばんひとつでどこへでも行ける・・車寅次郎の世界だ。
今この格差が消えつつあるのだ・・中国人の給与が7000円から〜3万に上がり日本人の給与が9万円から4〜5万円へと下がる・・これでバランスが取れてくる・・これがグローバル化世界ということだ。
日本人の有り余る生活雑貨品が消えて行き、ひっそな暮らしが戻ってきて・・中国人の暮らしに生活物資があふれかえものの豊かな時代が来つつある。
ひっそな暮らしが不幸でものの豊かな暮らしが幸せだと考えるのなら・・日本人は不幸になり中国人は幸せになる。
幸・不幸は物の有る無し者で決まるのか?
違う・・全く違う・・・家族が寄り添って助け合い生活を紡ぐことが幸せなのだ・・物のあふれかえる中で孤独な日本人の姿・・なんと不幸なのだ・・砂のようにばらばらになった家族・・団地での中年の孤独死・・物に幸せを求め続けた結果の不幸だ。
森永教授がそんなことはない・・日本人の給与を下げなくてもいいように企業は考えるべきだ・・・競争しなくてもいいような製品をイタリアみたいに作ることだと・・・チーズにしてもサラミにしてもイタリア製は高い・・ブランドではなくて・・製品を高く売ることだと。
果たしてそれほど高く売れる製品を大量に作ることができるのか?
不可能だろう・・・職人芸で作る製品など量が限られる・・・大量に作るならば必ず安売りに入る。
確かにうまいソーセージやハムがある・・これがどうしてこれが手に入らないのだろうか?疑問に思ったことがある。
少しぐらい高くてもいい・・・ほしいのだが手に入らないのだ・・友人のハム屋に聞いたら・・そんな少ししか売れない製品など少し高く売っても利益は出ない・・利益の出ないものなど作らない・・ということだ・・実に簡単な結論だ。
不二家が行き詰ったのはおいしいケーキを大量に売ることが不可能だということだ。
日本中に小さなケーキ屋が駅前にたくさんできておいしいケーキを作って小さな商売をしている・・・この小さなおいしいケーキ屋に大量販売の不二家が負けたということだ。
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