マルキシズムをやさしく教えてくだ

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ワルシャワの飛行場で搭乗手続きを取り・・ついでにバッグの確認をしたが・・やはり着いてないという。

ロストバックの保管所を見せてくれというと・・すぐ右手の建物の埃だらけの棚にある・・15〜6のバッグを見せてくれた。
引き取り手のないバッグが・・並んでいる・・行き先も発送元も不明になったバッグは・・行き場を失ってこの棚に眠っているのだ。

ぼくのバッグは無かった・・間違って・・ニュョークへ行ったという!!!
保険で保障しますからと・・言う。

ロスで相棒のバッグが出てこないで・・ずいぶん心配したことがあったが・・相棒がなんだかやわらかい布製の芋虫のような袋に荷物を入れて出したため・・空港員が親切にそれをダンボールへ詰めなおしてくれたために・・相棒にはそのダンボールが自分のものとは分からずに大騒ぎだった。

どうも相棒はどじでよく問題を起こす・・昨日も・・朝遅い朝食をとって・・ロビーから出ようとしたところで・・30ぐらいの草色のスーツに身を固めた男に呼び止められて・・エクスチエンジ・・という・・お金も少し足りなくなってきて交換をと思っていたのだが・・闇屋はいないというから・・また郵便局か・・と思っていたのだが・・この男が変えてくれるという。

相棒は円を出して彼に渡すとその男はししわしわの束ねた札束を出して・・何かいいながら数えて見せた・・相棒は分かったような分からん勘定を黙って見ていた・・男は一旦ポケットに手を入れて札束を足して・・これでいくらいくらだと目の前で束を相棒に渡し・・相棒はそれを受け取った。

その男は深く日本式の礼をして紳士的な態度で消えた。

しばらく歩いてから相棒が妙な顔ををしてい札束を見ている・・・!!

そう・・それは小額紙幣の札束とすりかえられていたのだ・・。

両替しながら次々と違う国を歩くと・・殆ど紙幣が理解できない・・。


手ぶらで機上の人となり・・手ぶらで・・東ドイツへと降り立った。

東ドイツ空港はもう覚えていない・・事務的に的確にすべては運ばれたのだろう。


ブランデンブルグ門の近くにあるホテルの窓から・・ワルシャワよりよほど確りした感じの町並みを見ながら朝食をとっていた。
下で街路樹の手入れをしてる若いのが・・なにやら棒を片手に木の根元をつついている。

4〜5回突っつくと立ってしばらく休む・・しばらくすると思い出したように・・また木の根っこを2〜3回突っつく・・一体何をしてるのだろう?・・同じような作業員が二人ほど離れて立ち働いているのが見え隠れする。

と路上のゴミ箱から煙が上がった・・すぐに消防車がサイレンを鳴らして到着した・・火の手にもならない煙を消防は消し止めた。

作業員は少し離れてそれを見ている。
日本のような作業服など無く・・思い思いの私服だ。
仕事が出来るかどうかなどどうでもいいことなのだろうか?
消防のすばやさと・・レストランの従業員のてきぱきした動きと・・路上のやる気の無い作業員と。


日本の方ですね・・若いのがそう言って前に座った・・殆ど満席状態だから・・僕一人のところに来たのだろう。

ウラジヲストックからシベリア横断鉄道でモスクワににはいりソ連を回って・・ここに来たという。

今年卒業で一回りしてるという・・僕は既に終わりかけていたので・・席をたった。

どうもこの光輝く若者の相手をする気になれなかった。

彼にしてみればシベリア鉄道で1週間以上の旅をして・・・暗くてわびしいモスクワをうろつき・・やっと人並みのホテルにたどり着いて・・・日本人に会えた・・・いろいろ話したかったに違いない。

そこそこに込み合うこのダイニングで一人の日本人を見つけて座った・・

彼の血色のいいつやの有る美しい笑顔・・。

なぜか僕は話したくなかった。


いいホテルだロビーもフロントもすべて光っている・・新しい機能的なホテルだ。


緑のあふれる公園で・・

  人はゆっくり散策し・・

     池で白鳥が泳ぎ・・

       ボートの二人は湖面をすべる・・・。

アンナは友達と二人話に夢中で・・振り向きもせず・・先を歩く。

ショパンの彫像が・・そのちじれた髪を・・青白く・・跳ね返るような春のきつい日差しにさらしている。

のどかな初夏のワルシャワの公園・・木々のみどりの美しさに・・共産主義などは無い。

後で考えると日曜日なのだろう・・平日の公園の賑わいではない。
旅先では曜日も日付も殆ど忘れている。

公園を散策し終わると・・タクシーを飛ばして・・ショパンノ家へとはしった。

市街はすぐ尽きて・・緑の畑が続く・・・豊かな手入れの行き届いた・・麦??だろうか・・畑が何処までも・・。

既に個人所有の農地なのだろうか?
アンアに聞いたが・・詳しいことは知らないようだ。

気持ちのいい風がかをに吹き付ける・・・穏やかな美しい空が・・広がる。

まだ公害などの無い国なのだろうか?
既に東ドイツの公害の悲惨さは報道され始めているが。

3〜40分も走ったろうか・・細い道に入り込んで車は止まった。

車を降りて少し歩くと小さな門と・・穏やかな森に囲まれた中に・・ショパンの家は白く立っていた。

近づくとピアノの音が・・力強く聞こえてくる・・大きな男が弾いてる・・ぐるット回って庭の方から・・ピアノの聞こえる部屋へと入った。

一人の老婦人がイスに座って聞いていた・・その近くに僕も座って・・ショパンの曲を聴いた。

他には誰もいない・・庭のベンチで・・15〜6人の観光客が聞いていたが・・・。

弾き終わると・・僕は軽く手を叩いた・・隣の夫人も・・と庭の観光客も・・拍手するのが聞こえた・・。

ピアニストは立ちあがつて室内の二人に頭を下げた・・・・大きな男だった。

ゆっくりと庭に出ると・・花の咲き乱れる・・花壇のそばのベンチで相棒はアンナたちと何か盛んに話していた。

ショパンノ家の2階はそのままだというが・・殆ど生活臭の無い・・整理された部屋に・・机とイスと少しの用具とが置かれていた。

下で弾かれたピアノも当時のもではないことは当然として・・何処にもショパンの香りはしない・・美しい庭に囲まれた美しい手入れのされた家・・だった。

タクシー乗り場に・・いやバス停だったが・・4〜5人の若者がバスを待っている・・その向こうにタクシーが1台客を待っている。


アンナにもう一度電話をしてもらう・・やはりバックはつかないという・・一体何処へ行ったのだろう・・別に高価なものは無いからどうでもいいのだが・・着替えとスーツだけは必要だし。


ワルシャワの街の・・新潟の雪避けのような歩道の上に続く・・天井?これは何なのだろうか?
それほどの雪国とも思えないのだが・・でもなんだか・・工事現場の足場のような古びたこの天井?
映画で見たような気もするが・・はっきりしない。

その下を通って・・とあるビルに入る・・中華料理店だという・・確かに中国人風の東洋人のウエイトレスとボーイが忙しそうに動き回っている。
なんだか凄い込み具合だ・・・うまいのか安いのか・・なんでこんなに込んでるのだろう。

2階に上がって席に着く・・ここなら我々でも注文できるだろう・・とメニ-ユを見るが・・麺とか炒めとか分かるだけで・・中身はさっぱり分からない。
忙しそうなボーイに聞くことも出来ないので・・たぶん・・・だろうと・・注文する・・ぬるいビールが来た。
まービールに違いは無いし、ドイツでは温めて飲むというから・・。

出てきた料理は・・どうもいただけない・・味付けがどうも・・甘い焼きそば・・へんな感じだ。
ロスで食べた中華も変だった・・そういえば・・マーレシアでも・・中華とは??!!

そういえば友人の中国料理の張さんが・・中国から板前を連れてきてもそのまま使えない・・日本の味を覚えさせる・・とはなしていた。

僕らが食べているのは日本人向けの中華料理なのだ。
しかし中国で食べたのは殆ど実に・・おいしかった・・そうするとやはり・・一体・・よく分からなくなる。

台湾で食べた磯カキのいためたのが凄くおいしかったので・・日本でどうして食べられないのかと張さんに聞いたら・・あれは無理だという。
磯にへばりついたカキを取るのが大変だし・・小さいから料理できるほど取るのが大変だ・・とてもメニーユに出せるものではない・・とのことだった。

磯海苔がとてもおいしい・・やはり磯に付く海苔を手でわずかにとって・・と思っているうちに・・磯海苔だらけになった・・変な話だ。



ホテルで二人にさよならを言った・・日本に行きたいというから卒業したら連絡くださいと・・・。
使い残しの1〜2万・・これはバイト代に・・と相棒が出すと・・受け取らない・・いや日本では・・学生はバイトをする・・君たちも当然これを受け取っていいのだから・・と。
アンナが恐る恐るそれを受け取った。

5年後に手紙が来て卒業したという・・4年生ではなかったのだ。
相棒と二人でアンナを2ヶ月ほど日本に呼んだ・・アンナの相棒は半年後に日本政府の招待で20日間ほど日本に来た。

伊丹に降り立ったアンナは・・サポットを履いている!!
ワルシャワでサポットをはいてる人など見たことも無い・・確かにサポットだ・・あのアルプスの少女ハイジがはいている木靴だ。
どうも凄い子だ・・日本に降り立つときにサポットを履いて降り立ったのだ・・日本にサポットで降りてきた人がいるだろうか?
多分彼女が初めてではないだろうか?勝手にそう思った。
服装は普段着で・・民族衣装ではない・・その後彼女がサポットを履いたところを見たことは無いから、やはり彼女の日本に対するセレモニーだったのだろうか。

僕もいろいろ旅をしたが・・下駄で空港に降り立ったことは無い・・大体・・下駄で搭乗を許すだろうか?
高校のとき朴歯がはやった・・14〜5cmの高さはあるだろう・・白くて太い鼻緒の朴歯を履いて電車に乗ると・・頭一つ上にでる・・実に気分がいいものだが・・。
それをはいて・・有楽町の当時出来た新設の映画館に行った・・何を見たのかは覚えていないが・・入り口で朴歯を脱がされた・・ふかふかの真紅の絨毯の上を・・朴歯で歩くことを許さないのだ・・下駄箱も無い新設の映画館・・洋画館を靴袋一つに入りきらず・・二つぶら下げて映画を見た・・屈辱感は無かったが・・変な時代になったな・・という違和感はあった。


細身の小柄な可愛いらしいアンナが5年たって少し肉付きのいい女性に変化していた。

アンナの相棒は殆ど変わらずの長身を・・公営の素晴らしい・・学生のためのものだろうか・埼玉の施設にポーランドの学生5〜6人と泊まっていた、そこにはアジアの子供たちもいたから・・同じように政府が呼んだのだろう。
旅費を渡して大阪へ呼び・・京都を案内したが・・凄いガイドブックを持ち書院造・・その他の庭の詳細を聞かれて・・とても答えられなかった。

日本の大学生とのちがとでも言うのだろうか?

さて相棒とアンなと相棒の嫁さんとのトラブルがあるのだが・・それは書くまい。


ホテルで遅い朝食を取る。

一階フロントの左手にある開け放されたドアーを入ると・・大きなダイニング。
清潔に行き届いた白いテーブルクロスと磨かれた床・・すべてが落ち着いた少し古風なヨーロッパらしいダイニングだ。
白いのりの利いたエプロンをかけたウエイトレスがきびきびと動く。
何もかもが当たり前に・・整然と動いている・・モスクワとだいぶ違う。

テーブルにつくとすぐに注文を聞きに来る・・遅い朝食だが・・それでもそこそこに客はいる・・ゆっくりと新聞を読む人も。
ベーコンエッグとオレンジジュースにトースト・・ベーコンはよく焼いて・・いつもの通りだ。

どうも不思議なのだが・・どうしてもモスクワのホテルのダイニングを思い出せないのだろ・・朝飯を食べなかったはずは無いと思うのだが。
記憶がない。

ゆっくりとした遅い朝の時間が流れていく。

共産主義社会の崩壊もまじかである・・それがどんな社会だったのか?・・とてもこんな通行人に理解できるはずも無いが・・それでも通り過ぎてみたい・・そう思ってきてみたのだが・・どうもポーランドは本当に共産主義だったのだろうか?
既にとうの昔に共産主義は崩壊してしまったのだろうか?

フロントで両替できるかと聞くと・・ここでは出来ないという・・何処で交換しても・・率は同じです・・と男はいう。
闇屋はいないというのだ。
たいした国だ通貨が政府と市場と一体だという。
日本でも闇通貨が消えたのはそんな遠い昔ではないと思うのだが。

フロントのソフアーに座って少しすると・・・アンナと二人が元気いっぱいにホテルのドアーを開けては入ってきた。

ホテルを出ると外の人通りは多い・・昨日の石畳の古風なポーランドと違い近代的なアスハルトの道路とバス路線・・建物も角ばった・・風格の無いコンクリートの町並み・・近代的な明るさと・・そこそこの安っぽさ・・・。

エクスチエンジしたいというとアンナが町の人ごみを掻き分けて・・コートのすそを春風になびかせて・・公共施設の郵便局か役所風の・・いや職業安定所・・これも違う・・殆ど行ったことが無いのだから・・そんな建物に連れて行ってくれた。

そのオフイスには・・多くのひとが動き回り・・列を作っている・・何かの書類に額を書き込んで円を出すと・・すっと交換してくれた、実に簡単だ。

外へ出るとアンナが止まりかけた市電に飛び乗って早く乗れという・・市電は明るい緑の中をゆっくりと走りぬけて・・ぐるりと回る・・いくつかの停留所を過ぎて・・次の停留所で・・とまりかけた市電からアンナは飛び降りて・・降りろという・・切符を・・アンナはいいからお降りろ・・と無視する・・車掌はいない・・無賃乗車だが誰もとがめる人はいない。

モスクワの地下鉄も同じだが・・殆ど無料といえるのだろうか?・・市民の足だから・・国が運営している・・というよりも基本的にすべて国のものだし・・国民もすべて公務員・・いちいち切符を売り買いして車掌や・・改札で切符を切る人など不要ということなのだろ。
乗る人はすべて公務だ・・私用で乗っても・・とにかくすべて公務員だ・・市内を走る乗り物は運賃などどうでもいいのだ・・後でそう考えてなるほど合理的だなと思った。

大きな建物・・少年宮・・とか言う博物館でもない・・妙なガランとした何も無い建物の上へ登った・・ソ連からの贈り物とか・・記念碑のようなビル・・目的がはっきりしないから・・用途もはっきりしない・・典型的な役人仕事のモニュメントなのだろう。
暗い階段を上り見るものもなく・・また降りた。

市電に飛び乗り市内をぐるりと回る・・ここが私たちの学校・・アンナが指差す・・ワルシャワ大学のキヤンパスが・・林の奥に見え隠れする。

しばらく走って電車を降りて・・狭い道を通り過ぎると・・急に赤レンガ造りの町並みと石畳の広場に出た。
不思議な町並みだ・・完全に破壊された旧市街を元通りに再現したのだという・・石畳の広場に面して真新しい・・古い中世の町・・。
人の気配のない町・・観光客が散策しているが・・何の店も土産物屋もない・・中世の看板をぶら下げて・・何の店か看板ではちょっと理解できない。

アンナと一緒に・・突き当たりの建物に入り・・暗い廊下を右に曲がりダイニングのようなくらい部屋に入った・・人がいない・・部屋を出ると一人の黒服の若い女の人とすれ違う・・アンナがボソッと話しかけて小声で返事・・。
そのままも元来た廊下を明るい広場へと出る・・どうも予定していた・・あるはずのレストランがやってなかったようだ。

更に町並みを奥へ進むと・・再現された町を通り抜けて壊れかけたレンガ塀にぶつかる・・その向こうに川が流れている・・岸辺はまだ未整備で荒れていた。

元の大通りを街路樹を見ながら歩くと・・ゲットウに出る・・囲まれていた塀は壊され広い公園のような広場になり・・黒御影の三角定規のような黒光りするモニュメントが一つ置かれている。

すべて取り壊してしまい・・過去の忌まわしい記憶を消すべく・・しかし新しい建物も立てることは出来ず・・モニュメントの墓標でもない・・心の迷いを私は・・勝手に感じた。

明るい広場として・・心の葛藤のままに・・・。


日本人は過去を置き去りにして・・消し去ったが・・ワルシャワでは消しようのない過去が現実に存在して・・過去を主張し続けている。

しかし・・・
日本人が・・置き去りにして忘れ・・消し去ったはずの過去が・・今でも隣国の・・町々村々に存在して・・過去を主張し続けている。


二人の若い男がたたずんでいる・・日本人?アンナが指差した・・間違いない日本人だ・・今日は・・と呼びかけると振り向いた。
ラフな格好の二人だ・・微笑んで軽く挨拶を返した・・・ワルシャワ大学の日本語学科の学生・・に案内してもらっているの!!
自慢げに僕が言うと・・アンナはハハハハ・・と笑った。

ゲットウを出ると・・ユダヤ人は子供をさらって食べる・・とアンナは言う・・一瞬・・うへ〜〜・・君はそう教育されたんだ・・・というと・・そうかも〜〜と小さく答えた。

どう言うことだろう?少なくともワルシャワ大学の相当優秀な学生であるこの子が・・こんなことを真顔で話す・・子供のころそう親に聞かされて・・ユダヤ人に対する偏見を・・とそのとき僕は考えた。

しかし今考えると・・アンナの話は本当なのだろう・・当時ゲットウに囲まれて餓死し始めたユダヤ人は当然人肉を食べただろう・・先に死んでいった弱い子供を・・・!!!
外で暮らすポーランド人はそれを見て知っていた・・アンネ・フランスの話は素晴らしく広がったが・・この話は伏せられた。

しかしアンナは何でそれを僕に話したのだろう・・当然僕は即座に否定した・・アンナはその否定を黙って受け入れた。

僕なら理解できると・・アンナは考え・・理解できない僕を即座に受け入れた・・。
今の僕は・・15年たって・・その意味を理解できた・・ということだろうか?

日本軍が南の戦場で・・敗残の身をさらし・・餓死して行ったとき・・死肉を食べたという事は読んだ・・当然ワルシャワのゲットウでも起きたことだろう。



そういえば共産圏では・・さすがに日本人の団体さんにはお目にかからない・・ロンドン・スペイン・ポルトガル・アジア・米国・・インド・タイ・あらゆるところで日本人の団体さんにお目にかかるのだが・・共産圏ではまだすれ違っていない。

日本人団体さんは・・何処ですれ違ってもジロっとにらみつけるような目で見る・・どうしてなのだろうか?
個人で逢う日本の若者たちは実に気さくで・・笑顔で話せるのに・・団体さんだけはどうしても僕の目線を拒否する。

スペインの街角で着飾った7〜8人の日本の婦人にすれ違ったが・・じろっとにらみつけられ・・あるいは・・目をそらして無視された。
僕にすれば久しぶりの日本人だからちょっと挨拶を・・という気でいるのだが・・。

婦人連の後ろから少しはなれて・・ついてきたガイドさんが・・こんにちは〜と笑顔で頭を下げてくれた・・大変ですね・・と笑いながら返事をした。
こんな婦人連を連れて歩くと大変だろうな!!気の毒に。

ま〜〜中年の男がジーパンはいて妙にラフな格好で・・向こうから歩いてきたら警戒するのが当然なのかもしれないが。 
よく出会う若者は全くそんなことは意に介さずに・・すぐに話せる・・まーその若者も一人か二人で旅をしてるのだから、久しぶりに会う日本人にはうれしいのに違いないのだが。

バッグが来たかどうか・・アンナに何回か空港に電話をしてもらったが・・着く気配はない・・サーて困ったものだ。
雑貨屋で靴下と肌着とは買ったが・・カッターとスーツが無いとどうも格好がつかない・・ネクタイは相棒のを使えばいいのだが。

既に5月だ・・緑が濃くなり始めてるポーランド・・モスクワと違いコートの必要はないが・・如何したものか。



機はぐんぐん高度を下げて緑の森へと降りていく。

緯度が違うとこれほども緑が濃くなるのか・・極北のタイガの大地・・白の世界から・・モスクワの初めて燃え出した緑と比べて・・機上からその美しさに見とれる内に・・機はとまった。

薄暗い空港・・日本の地方の空港程度の・・これで国際空港なのだろうか?

ターンテーブルで荷物が出てくるのを待つうちに相棒はバッグを手にして消えた・・殆どの荷物は引き取られて・・20人ぐらいの乗客が一向に出てこない荷物を待ってテーブルを見つめている。

中々出てこない・・既に入国を済ませた相棒がガラス越しに・・何をしてるんだ・・と外から手招きする。
バックが出てこないんだ・・と聞こえるはずも無い相棒に言うと・・そうか・・とうなずいて相棒は消えた。

これは駄目だと・・僕は考えた・・左にある事務所にドアをあけて入り・・事務所の男に・・バッグが出てこないのだが・・如何したらいいのだ・・と聞くと・・そこへ座れと・・と机の前イスをさした。

イスに座るとしばらくなにやらやっていたが・・やにわに顔を上げて・・バッグの種類がいろいろ書かれた表を見せて・・どれだ?という。

はは〜よくあることなのだ・・実に手馴れたものだ・・と感心した。
よく似た車つきの途中がやわらかく小さくちじめることのできるブルーのバッグをさすと・・何やら書類を取り出して書き始めた。

そのころになると・・気がついた乗客が・・窓口に並び始めた・・一人10〜15分かかると2〜3時間ではとてもすまないだろう。

住所はどこか?とバッグを最終地は何処え送るか?ということを書き留めて・・書類は出来上がり・・次の便で来るかもしれないしあるいは明日の便で来るかも知れない・・・・後で電話で問い合わせることにして、事務所を出た。
相棒が待ちくたびれていた。


タクシーで街中のホテルへと落ち着き・・ぐったりしてベットでうとうとしてると・・。
ドアーをどんどんドンと誰かが叩く・・

「岡崎先生に言われてまいりました」・・日本語だ!!
ステテこのままドアーを細くあけると・・女の子が二人立っている。
「岡崎先生?・・知らない・・!!」
「ワルシヤワ大学の日本語学科の生徒です・・岡崎先生に・・・」

そ!!か!!ピアニストだ・・アノ飛行機の中のピアニストが・・この子達をよこしたんだ!!
と気がついた・・。
「ちょっと待っててください・・いま服を着ますから」

相棒も飛び起きて支度をしてる・・僕もすぐに上着を着て・・ドアーをあけた。

入って来た二人をイスに座らせると・・・
「ワルシャワ大学の日本語学科の生徒です・・日本語の勉強になるから・・案内するようにと言われて参りました。」
素晴らしい日本語である!!
変なアクセントも無い!!

僕が何か冗談を言うと・・けらけらけら・・一人が笑った。
僕の冗談は少しひねりがあるから・・僕の女房でもなかなか笑わないことが多いのだが・・それを理解して笑う・・凄い子達だ。
相棒はバッグからウイスキーを取り出してこれお土産だから・・と彼女らに渡す・・ほかに何かとバッグを探すが手ごろなものは見当たらない・・僕はバッぐがないし・・・。
「じゃあ夕食を付き合ってください・・どこかワルシャワのいい店を選んで・・5時半ごろに」
と決めて二人を帰した。

さて・・バッグを失ってほとほと困り果てた。
ショルダーにパスポートその他の書類は有るから・・旅に支障は無いが・・何せ歯ブラシから無いのだ。
相棒がとりあえず使うかと・・パンツを出したが・・どうも洗ってあるとはいえ・・ひとのパンツを履く気にはなれない。
汗はかいてる・・何せ飛行場での苦闘の後だ・・ワルシャワ大学の2人の素晴らしい女学生とのデナーだ・・さっぱりしたい・・とりあえずシャワーは浴びたが・・奥の手だ・・パンツを裏返してはく・・こうするとさっぱりするのだ・・いつもこの手だ。
靴下も裏返した・・カッターは裏がえしょうも無いのでそのまま着た。

5時半過ぎて・・ドアーを叩いて二人はやってきた・・・。
スーツでカチッと身を固めて・・とは行かない・・ネクタイも無い・・ジーパンに黒皮のスーツ・・と思っていたが・・後でこれは背広のつくりではあるが革ジャンらしいと知らされた。皮で作ると同じ背広でも・・背広ではないらしいジャンバーなのだ。

相棒はグレーのスーツにネクタイだ・・一応の正装だ。

夕暮れのワルシャワの町を・・市電に乗る・・古い町並みを??古くは無いらしいが・・戦後すべて作り直したというから。
とにかく古風な石畳の中を市電が揺れながら町並みをはしる。

何処までも・・美しい並木道だ・・素敵な二人の女子大生と・・とにかく暮れ行く・・美しい町並みを走り抜けて・・心地よいゆれと・・そろそろの空腹と。

市電が止まり安奈が飛び降りた・・そう・・彼女の名前はアンナ・・もう一人はなんだか難しい名前だ。

どこかで歯ブラシとかみそりを買いたい・・僕が言うと・・歩きながら・・小さな店へと連れて行った。
小さな雑貨屋だ・・とりあえず今日はこれで何とか格好がつく。
モスクワと違いものが買えるありがたさ。
そういえばさっき飛行場からのタクシーの中で・・余ったルーブルを出して・・運転手にこれ使えるかと聞いたら・・窓の外に手を出して捨てろ・・と言った・・二人は札束を握って大笑いしたのだ。
殆ど両替してないから残ってるにしても知れているが・・束にすると相当な量なのだ。
金の使えない国・・妙な国だった。

石畳と路線と並木道を少し歩くと右手に・・赤く炎が燃えている・・かがり火が2つ暗くなりかけた街路にゆれている。
赤いレンガに・・綺麗な木のつくりのドアーと窓と柱と廊下すべて木で出来た・・石造ばかりの町に・・木で作ったレストラン・・まだ客はいない・・どうも日本と違いすべてが遅く始まる・・多分7時近いだろうに・・客はいない。

硬い木製のイスに座って・・ビールと・・ワインと・・料理は彼女らに任せる。
エンジのスカーフを巻いたボーイが微笑みながら注文を聞く・・小声でぼそぼそとなにやら注文をしている。

二人は常に小声でぼそぼそと話す・・それが品のよさなのだろう・・決して声を張り上げることは無い・・私語のようなささやきで。

とりあえず4人で乾杯・・ピアニストのことは知らないという・・実によく通じる日本語を使う・・こんなにどうして話せるようになるのか?
何の癖も無い綺麗な日本語だ・・岡崎教授の凄さだろうか?。

料理はどうもボリュウムが無い・・彼女らに任せたためか・・遠慮したのか・・彼女たちにすれば相当高い店で心配したのかもしれないが・・僕らにすれば実に安いのだ・・遠慮せずに注文するように言ったのだがやはり・・ボリュウムが無かった。

以前台中のライブハウスで一人夕食をしていたら・・どうも店員に英語が通じない・・台湾で若者にはほとんど日本語は通じない・・困っていたら小柄な実に可愛い学生だという子が通訳してくれた・・でいろいろ注文すると盛んにそれは高いと値段を気にしてくれるのだ・・学生の彼女にしてみれば高いのだろうが・・僕にすれば殆ど日本の半値だ・・彼女は気を使ってくれて支払いするときには言ってください・・私のこのカードで20%安くなるとまで言ってくれた・・そして何かリクエストがあれば演奏させますという。
デ何かはやりの曲を言うと紙に書いて・・バンドに渡した・・バンドの歌手が何かいいながら笑顔でぼくに向けてOKと合図をした。

一緒にと誘ったが友達と来ているからと奥を指差した・・5〜6人が騒いでいる。

でまたぜひ遊びにと・・住所まで書いてくれた・・僕は行く機会がなかったが友達に行っ見るかとその紙を渡した・・旋盤メーカーの御嬢さん・・高砂族だったという。

よく現地の人に世話になるが・・実に優しくて気がいい人ばかりだが・・今度も素敵な人にめぐり合った。


暗い街路をいい気分で歩いた・・何かいうとけらけらと・・心地よくアンナは笑う・・背の高いもう一人は静かに・・きつい近眼のめがねで静かに微笑む。

明日10時の約束で別れた。



トルストイの家という・・塀に囲まれた・・林の中の赤レンガの建物・・・ほとんど観光客もいない・・静かな家の中を・・見るものも無い・・二階へと上がり・・彼のテーブルと・・インクつぼを見る。

急にタクシーは止まって・・この先には行けないという・・??先日はこのまま走れたのに何故だ?
ここから後は地下鉄に乗れば一駅だとタクシーの運転手は言う。

大きな四角い地下鉄の入り口を・・さてどちらに行けば??
とにかく人の流れる方向へと進む・・方向は左右に分かれる・・どちらだ??行く先が書かれた標識・・もちろん字が読めない。

いいや・・こちだう・・と勝手に進む・・大柄な軍人がすれ違う・・足早な人が行きかう・・さて改札に来たが切符売り場が無い??
切符は何処で買うのか?・・と聞くと指差したところに・・壁に小さなボックスがかかっている・・これにコインを入れて買うのだ・・がコインなどもっていない・・紙幣だけだ・・紙は使えない・・・。

もと来た道を戻りどこかで交換してもらおうと思うが・・店など何処にも無い・・人が足早に通り過ぎる中を・・出口近くまで戻ると・・花束を置いて売ろうとしてる男がいる・・サツを出してコインをクレと言うと・・男は考えている・・いいからこれでコインを2枚クレとサツを渡すとコインを2枚くれた・・日本円で5円ほどコイン2枚を100円と交換したのだ。
やっとコインを手に入れて・・それを自販機に入れて・・切符が手に入った。

さて改札だが・・そのとき改札に人がいないことに気づいた・・さっきは切符ばかり気にしていて・・いよいよ改札を通ろうとして・・改札に・・切符切りがいないことに始めて気がついた!!
気がついたというより・・全くそんなこと気にもしていなかったのだ・・改札に人がいないなどということを。

恐る恐る改札を通りながら・・切符を見せて如何するのかと前の男に聞いたら・・そこへ入れろという・・箱がある・・切符切りの代わりに切符を入れる箱があるだけなのだ。

だが切符など・・誰も入れる人がいない・・定期券でも持っているのだろうか?
その定期を見せようにも改札に人がいない・・人はそのままどんどん入っていくだけだ!!
もちろん切符を入れる人も居ない。

さてこれがかの有名なモスクワの地下鉄だ!!
エスカレーターに乗って驚いた・・下を見たらまッ逆さまだ・・これは危険だ!!
誰か一人転んだら・・この急な勾配を・・皆な下まで転げ落ちるだろう・・下が遠いのだ・・こんな長いエスカレーターは見たことが無い。
恐ろしいエスカレーターだ。
ロンドンの地下鉄の・・磨り減った・・木のエスカレーターにも驚いたが・・これにもおどろいた。

ドーム状のホーム・・大理石造りという・・。
赤の広場はどっちか?ガイドブックで駅名と方向とでこっちだろうということで地下鉄に乗り込む・・これはそれほど日本と変わりは無い地下鉄だ。

次の駅を降りて迷路のような地下路を軍人に混じって歩き・・やっと地上に出た。

赤の広場から少しはなれた交差点だ・・。

なんだかすごい音響で怒鳴り声がする・・ラウドスピーカからの男の声が・・!!!

石畳の赤の広場に続く道に!!

戦車の列!!

すごい音響で怒鳴り声!!

ロケットの戦列!!

いやーー!!

もう始まったのか!!

ソ連崩壊が!!

背筋に緊張が走る!!

それにしては人通りが無い・・人が殆どいない・・交差点にたむろする・・わずかな人だかり・・。

軍人が2〜3人・・歩くのいが見えるだけ・・戦車にもロケットにも・・誰も人がいない・・。

赤の広場の向こうから轟音が聞こえてくるような気がする・・いよいよ兵隊が現れるのか?

しかし物音ばかりで一向に変化が無い・・いよいよソ連崩壊が始まると大変なことに巻き込まれたか!!
帰れなくなるのか??

それにしても人がいないし落ち着いている・・らウドスピーカーだけがが鳴り立てている。

相棒が痺れを切らして・・交差点にたたずむ頬かむりしているおばさんに聞いてみる・・・?
話が通じない・・おばさんも道路の向こうを気にして見つめているだけだ。

相棒が明日はメイファーストか?と僕に聞いた・・??
もういちどおばさんに手を広げて・・5・・と1とを出して聞いてみた・・5月1日か?と・・おばさんは分かった様な判らんような顔で彼を見た。

貧相な戦車の脇を通り抜けて・・ロケット車のそばを通り抜けて・・赤の広場に出てみた・・広場はがらんとして誰もいない・・四方からだみ声の男の演説が続いている。

日は暮れかけて最後の夕日に赤の広場が沈んでいく。


地下鉄でホテルへと向かうがさて何処で降りたら近いのか?
多分ここだろうと地下鉄を降りて地上へと上がったが・・どちらがホテルなのか?
マー遠くは無いだろう・・すっかり暗くなった大通りを歩く・・あんなに大きなホテルだから・・多分見える筈だが・・全く見えない・・広い車道の両脇に巾10Mほどの緑樹帯その外側に5M程の則道その両側に30m程の林がありその外側に建物が並ぶ・・アパート群か事務所なのか・・何の記載も無い建物の群れ。

すれ違う婦人がメイアイヘルプユウ・・ノウサンキュウ・・有難う・・道に迷ったわけではない・・本当に迷ってないのだろうか?。

それにしても見えない・・アノ白亜の殿堂の如きホテルが。

15〜6の大柄な少女が・・なかなか綺麗な子だ・・ハブユシガレット?・・ノー・・僕はタバコを吸わないから・・後ろを向いて彼を指差した・・立ち止まった彼はごそごそとタバコを取り出して・・何本か渡していたようだ・・もしかしてこの子も・・そんな想像が・・。

歩き疲れたころやっとホテルが見えてきた・・見えてからもだいぶ歩かされた・・ホテルへのスロープが車ならすぐだが・・歩くとなかなかだった。
ロビーは相変わらず駅のように荷物と人でごった返していた。


朝早くホテルを出て・・地下鉄に乗り空港へと向かった・・途中乗り換えのホームで若い二人ずれの女性に・・空港への乗り換えここで間違いないのかと・・聞いたが・・通じなかった。

どうも英語が通じないのだ・・大国はとくに・・どうしてなのだろう?
日本でも殆ど通じないだろう。
僕も高校のとき博物館を聞かれて答えられなかった・・これが事実だ。

空港の朝はまだ起きたばかりで・・殆ど人影が少ない・・ベンチで過ごしたのだろう若者がまだバックの脇で寝ている。

売店もまだ開いていない・・厚い曇り空から少し光がさしている・・なんとも大変な国だった・・。

売店に人が来て何かを並べている・・サンドイッチだ・・モスクワで見る初めてのサンドイッチだ。

と次になにやらビンを並べてる・・人がきてそれを買っている・・近くへ行ってみるとコニャックだ・・コニャックを売っているのだ・・ほう〜これはいい僕も2本ほど買った300円ほどだったか・・本物のコニャック・・貧弱なサイダービンのようなビンに安いレッテルが張られている。
しかし中身はうまいのだ。

しかし交換したルーブルは殆ど残った・・買うものが無いのだ・・みやげ物も無い・・しわだらけのルーブルと2本のコニャックををもってモスクワを飛び立った。

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柳 四郎
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