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今日は日曜日だ。
トランプの事など放っておいて好きなジャズでも語ろう。
まず何でも三大に括って語れば些か語弊が出るだろうが敢えてそれに拘って見た。
まず黒人三大女性歌手と云えば、エラ・フィッツジェラルド、サラ・ボーン、カーメン・マクレイ。
中でもエラとサラは群を抜いている。
マクレイは声の質が些か落ちる。
でもあのデイ・ブルーベックのテイクファイブに歌詞をつけ歌っているのは秀逸だった。
では三大白人歌手と云えば、まずアニタ・オディ、
次があのニューヨークのためいきとささやかれたヘレン・メリル、
決して美声とは言えないが、その雰囲気、歌い方、けだるい様なそのムーディナ歌い方は群を抜いている。
そして彼女の歌にはひときわフルートが冴える。
彼女も今や90歳近いだろう。まだ訃報は聞いていない。
若き日日本にも一度夫の仕事の関係で日本に住んだことが有る。
次にアニタ・オディのスキャット、とても体が黙ってはいない。
彼女が一度広島に来たことが有る。
勿論一番にチケットを手に入れ駆け付けた。
まだ駆け出しのベーシスト、ロン・カーターを連れて来ていた。
あれからだロン・カーターが売り出したのは。
次に男性ジャズ奏者も語ろう。
まずピアノ、何と言ってもセロニアス・モンク、
次に多少異論はあるだろうが、次がバド・パウエル、
彼のクレオパトラの夢は素晴らしいリズム感だ。
次にオスカー・ピーターソン。
ピーターソンの軽快さ、それに較べてモンクの重厚さ、
聞き比べてみれば歴然である。
些か軽いがトミー・フラナガンも入れたいが、
それでは他のピアニストが怒ってくるだろう。
次がドラマー、何と言ってもジーン・クルーパ、
彼のシング、シングシングなど聞いた日にはこの世を離れるほど有頂天になる。
次を選ぶのは難しいがあの蕎麦屋の出前持ちまで口ずさんだと云うアート・ブレーキ―、
彼のモー二ン、ただそれだけではない、チェニジュアの夜、これも聞きものだ。
次がバディ・リッチ、ジョー・モレロウ、
いや三大なんて枠にはとても入らない。
次がトランペッター、何と言ってもサッチモ、
本名ルイ・アームストロング、彼のペットには途中で歌が入る、
それがなんとも言えない味を出す。
特に三文オペラのマック・ザ・ナイフ、のちにエラもベルリンで歌っているが、
サッチモを先生の様に育ったエラ、ぜひ歌ってみたかったのだろう。
だが私はこの中にどうしても入れたいトランペッタ―がいる。
それはチェット・ベーカーだ。
若かりし頃パリのオランピア劇場をあふれさせた男。
そして1988年オランダ、アムステルダムのホテルの二階からち地上に身を投げて自殺した男。
どうにも麻薬との縁が切れず、それをはかなんで身を投げたのだろう。
その哀れさが私の胸に突き刺さって離れないのだ。
彼の泣く様なトランペット、耳について離れない。
他にも素晴らしいトランペッターがいる。何と言ってもマイルス・デービス、
彼のトランペットは人の心を突き刺す。
特にルイ・マル監督の「死刑台のエレベータ−」の挿入曲、
時に大人しくむせぶように吹くと思えばアップテンポで情景を思い浮かばせる。
これとベーカーを比べてはいけないが、心に残ってしようがないトランペッターだ。
いやまだほんの数行しか語っていない。
まだまだ語りたいジャズメンはいっぱいいるのだが、
とてもこの紙幅では語りきれない。
まだジャズギタリストも語っていない。
ギタリストもまだかたっていない。
一番多いギタリスト、まずウェス・モンゴメリィ、
彼のベッサメ・ムーチョも聞きものだが、
グランド・グリーンのジェリコの戦い、これも聞きものだ。
思わず体が乗ってくる。
次にバニー・ケッセルもなかなか聞かせる。
又素晴らしいサキソフォン奏者も語っていない。
日本でもおなじみのサム・テーラー、
日本の歌謡曲を情緒豊かに吹きこなしている。
これはほんのさわりだ、また何回かに分けて語ろう。
何時も政治にばかり偏りがちだが、本当に語りたいのはこんな音楽の話だ。
決してジャズだけに拘っているわけではない。
本邦の歌謡曲、特に昔の股旅物、あんな情感豊かな曲は今や昔語り、
もうこの国にはそんな歌詞を書ける人もいなくなってしまった。
そして曲を書く人もいなくなってしまった。
ただ状況描写の様に喚くだけ、恐るべき日本の朝鮮化。
まぁ悪口はこれくらいにしておこう。
ただすべてを語るには限りないジャズメン達。
今やクロスオーバーなどと云う新語に騙されモダンジャズの世界も境界が無くなってしまった。
そのクロスオーバーの始まりはクインシー・ジョーンズだ。
本邦では山下達郎辺りが入るだろう。
勿論日本にも素晴らしいジャズメンがいる。
それは又の機会に譲ろう。
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