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ジョン万次郎 (中濱万次郎)
ノーシンの日本の歴史云々
[ 国境・環境・歴史学習ツアー ]
2018/12/23(日) 午後 0:09
ジョン万次郎は、1851年2月2日、薩摩藩に服属していた琉球にアドベンチャー号で上陸を図り、番所で尋問を受けた後に薩摩本土に送られた。
海外から鎖国の日本へ帰国した万次郎達は、薩摩藩の取調べを受ける。
薩摩藩では中浜一行を厚遇し、開明家で西洋文物に興味のあった藩主・島津斉彬は自ら万次郎に海外の情勢や文化等について質問した。
斉彬の命により、藩士や船大工らに洋式の造船術や航海術について教示、その後、薩摩藩はその情報を元に和洋折衷船の越通船を建造した。
斉彬は万次郎の英語・造船知識に注目し、後に薩摩藩の洋学校(開成所)の英語講師として招いている。
薩摩藩での取調べの後、万次郎らは長崎に送られ、江戸幕府の長崎0奉行所等で長期間尋問を受ける。
長崎奉行所から土佐に向った。
高知城下において吉田東洋らにより藩の取り調べを受け、その際に中浜を同居させて聞き取りに当たった河田小龍は万次郎の話を記録し、後に『漂巽紀略』を記した。
約2か月後、帰郷が許され、帰国から約1年半後の1852年、漂流から11年目にして故郷に帰ることができた。
パンシロンです!
無題
[ mom*b5*twww*u0*r ]
2015/1/7(水) 午後 0:51
お疲れ様です。
いきなりのコメント失礼しますヽ(*’-^*)。
既にrj_**buさんのブログはお気に入りに入れちゃいました(o≧▽゚)o
今まで凄く落ち込んだりして
凹んだりして凄くつらい日々を過ごしてたんです。
でもでも、rj_**buさんのブログに巡り合えて変わったんです。
やっぱり色んな所で共感したり、そうなんだって新しい発見があったりとか。
こうした縁も大事だと思っています。
色々相談をしたいし、仲良くなりたいなぁって思ったので
一応勝手ながら載せちゃいました。(´∀`)
ayundamon@i.softbank.jp
これ、rj_**buさんがもし確認できたらコメントごと削除してもらって全然かまわないので
宜しくです
パンシロンです!
無題
パンシロンです!
無題
[ スポーツで汗かこっ☆ ]
2011/9/17(土) 午後 3:12




