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一番最初に、必要な知識を習得する。
そして、大学の要である誠意を求める。
誠意とは、物事を正しく実行することである。
誠意を極めるとは、善行を行うことである。
そのためには、良い知識を集め実行することである。
そして、心を正しくしようとするのである。
心を正しくするとは、自然と良い行いができるようになることである。
そして、身を修めることである。
身を修めるとは、必要な技術を身につけることである。礼儀も含まれる。
これを自分についていえば、「明徳」といい、
これを他人についていえば、「民を親しむ」という。
もし、誠意に努めないで、ただ科学のみをするならば、支(取り止めがない)という。
もし、科学に努めないで、ただ誠意のみをするならば、虚(むなしい)という。
もし、正しい知識に基づかないで、ただ科学と誠意のみをするならば、妄(当てどもない)という。
正しい知識とは、道徳に対する知識である。
そして、家を仲良く和合させるのである。
そして、それから国を治めるのである。
そうして、初めて古の明徳が天下に明らかになるのである。
まだまだ未熟な解釈でありますね。
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おはようございます。
『明徳』 好い言葉ですね。
一つ、心が賢くなりました。
2009/12/12(土) 午前 10:33 [ gold\crash ]
「大学の道は人間のくもりなき特性(明徳)を明らかにすることが本であり、人心を新たにするのは末節である」
末節というのは、本筋から離れた重要でない部分。
つまり、人心を改心させるのは目的でなく、人間の自由な本性(能力)を発揮させることが大学の道であると説く。
2009/12/12(土) 午前 11:57 [ 霧山人 ]