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武士道は損得勘定をとらないとされていた。しかし、『武士道』が書かれた時代から100年が過ぎ、二十世紀が終わってしまっていた。この二十世紀の間に一体金銭において、何がおこなわれたというのだろうか。『武士道』は、苦難をのりきるための指標であり、生き方の具体的な方法ではないことを考慮しなければならない。生き方の具体的な方法とは、何で食べていくのかということであり、どんな職業に就きたいかという現実的な処世術をいう。今の時代で、『武士道』のような生活を望むならば、その品性、美の価値を認められなかった場合、餓死またはのたれ死にの覚悟を決めねばならんかも知れない。確かに、そういう腹積もりでおれば、『武士道』の精神は生きる。だが、そのような覚悟というものは、自分の道を見定めた後においてのみ、有用であるということを追記せねばなるまい。新渡戸稲造の『武士道』というものは、明治の職業でいえば、軍人として生きるという道において、語られている。だが、武士(もののふ)というものは、強靭な者であって、戈(ほこ)を持って敵を制しても、戈を止めるという優しさをもっているものだ。そういうことを武と呼ぶ。つまり、どんな職業においても優れている者は、必ず優しさを品性の中に保持しておらねばならない。金銭の価値を徳にまで高めることとは、金銭が決して欲によって得るものではないということに他ならない。「お金が欲しい」という欲目によって、営業するならばどんなに金銭を獲得したとしても、いろんな人たちに嫌われてしまうだろう。人々は、職業によって金銭を得ているわけで、その人の品性や美の意識が金銭に反映されることにもなろう。損得勘定をとらずとも、金銭が懐に入ってくるようになれば、その仕事は世の為人の為の事業ということであり、自分の道を得たと言っても過言ではないことになる。まあ、算術が合っていないといけないと言う事は当然ではある。まわりの金持ちが品性下劣ならば、真の金持ちというべからず。 |
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武士の情けがあれば・・・今失業中の人間集めて何か日本のためにできるんじゃないかな・・・
2009/12/27(日) 午後 1:04 [ 梅太郎 ]
「武士の情け」ということも
今度触れたいと思う。
2009/12/27(日) 午後 1:27 [ 霧山人 ]
ご高説嬉しく拝見しました。良きお年を迎えて下さい^^
2009/12/27(日) 午後 2:25 [ f u k o ]
ありがたいお言葉を頂きまして、ただただ感謝です。
来年もよろしくお願いいたします。
2009/12/27(日) 午後 3:51 [ 霧山人 ]
お金や時間、物とは皆に解りやすいよう同じ定規で測りがちですが、
それを使う人のその携わり方で「その人自身」をも測れるのかもしれませんね。
非常に興味深く拝見いたしました。
ありがとうございました。
2009/12/27(日) 午後 9:22 [ kirixh ]
kirixh さん、コメントありがとうございます。
人の人生を品性で測ると、
大金持ちになったタイガー・ウッズの人生も可愛そうに思えますね。
2009/12/27(日) 午後 9:27 [ 霧山人 ]
貧者には道が与えられ、
富者には徳が求められる。
2009/12/30(水) 午前 11:52 [ 霧山人 ]
履歴から参りました。ご訪問ありがとうございました。
金銭の放出に徳が反映される、というご意見には痛く共感です。
占い師として、金銭運で「貯める」「獲得する」ばかりに目がいきがちになるのは常々疑問を感じております。
(運気的に)強い人には、かえって金銭は邪魔になる事があります。
2010/4/13(火) 午後 7:03 [ どおーる ]
どおーるさん、コメントありがとうございます。
金銭も邪魔になることがあるんですね。
勉強になりました。
2010/4/13(火) 午後 8:30 [ 霧山人 ]