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道は天地自然の道なるゆゑ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。
己に克つの極功は「意なし必なし固なし我なし」(『論語』子罕第九 )と云えり。
総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。能く古今の人物を見よ。事業を創起す
る人其事大抵十に七八迄は能く成し得れ共、残り二つを終る迄成し得る人の希れなるは、始は能く己れを
慎み事をも敬する故、功も立ち名も顕るるなり。功立ち名顕るるに随ひ、いつしか自ら愛する心起り、恐
懼戒慎の意弛み、驕矜の気漸く長じ、其成し得たる事業を負み、荀も我が事を仕遂げんとてまづき仕事に
陥いり、終に敗るるものにて、皆自ら招く也。故に己れに克ちて、睹ず聞かざる所に戒慎するもの也。
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