|
道を行うには尊卑貴賤の差別無し。摘んで言へば、堯舜は天下に王として万機の政事を執り給へ共、
其の職とする所は教師也。孔夫子は魯国を始め、何方へも用ひられず、屡々困厄に逢ひ、匹夫にて世を
終へ給ひしか共、三千の徒皆道を行ひし也。
(『西郷南洲先生遺訓』 より)
道をおこなうことに身分の尊いとか卑しいとかの区別はなく、誰でも行わねばならないことだ。
要するに、中国の堯舜は国王として国のまつりごとをとっていたが、もともとその職業は教師であった。
孔子先生は魯の国をはじめどこの国にも用いられず何度も困難な苦しいめにあわれ、身分の低いままに一
生を終えられたが、三千人といわれるその子弟は皆その教えに従って道を行ったのである。
|