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支那日本等に於ては君臣の倫を以て人の天性と称し、人に君臣の倫あるはなお夫婦親子の倫あるが如く、君臣の分は人の生前に先ず定まりたるもののように思込み、孔子の如きもこの惑溺を脱すること能わず、生涯の心事は周の天子を助けて政を行うか、または窮迫の余りには諸侯にても地方官にても己を用いんとする者あればこれに仕え、とにもかくにも土地人民を支配する君主に依頼して事を成さんとするより外に策略あることなし。畢竟、孔子もいまだ人の天性を究るの道を知らず、ただその時代に行わるる事物の有様に眼を遮られ、その時代に生々する人民の気風に心を奪われ、知らず識らずその中に籠絡せられて、国を立るには君臣の外に手段なきものと臆断して教を遺したるもののみ。固よりその教に君臣のことを論じたる趣意は頗る純精にして、その一局内にいてこれを見れば差支なきのみならず。如何にも人事の美を尽したるが如くなりといえども、元と君臣は人の生れて後に出来たるものなれば、これを人の性というべからず。人の性のままに備わるものは本なり、生れて後に出来たるものは末なり。事物の末に就て議論の純精なるものあればとて、これに由てその本を動かすべからず。
(中略)
君臣の論もなおかくの如し。君と臣との間柄は人と人との関係なり。今この関係に就き条理の見るべきものありといえども、その条理は偶ま世に君臣なるもの有て然る後に出来たるものなれば、この条理を見て君臣を人の性というべからず。もしこれを人の性なりといわば、世界万国、人あれば必ず君臣なかるべからざるの理なれども、事実に於て決して然らず。およそ人間世界に父子夫婦あらざるはなし、長幼朋友あらざるはなし。この四者は人の天稟に備わりたる関係にて、これをその性というべしといえども、独り君臣に至ては地球上の某国にその関係なき処あり、方今民庶会議の政府を立たる諸国、即これなり。この諸国には君臣なしといえども、政府と人民との間に各その義務ありて、その治風あるいは甚だ美なるものあり。天に二日なり地に二王なしとは孟子の言なれども、目今現に無王の国ありて、然もその国民の有様は遥に唐虞(堯舜)三代の右に出るものあるは如何ん。仮に孔孟をして今日にあらしめなば、将た何の面目有てこの諸国の人民を見ん。聖賢の粗漏というべし。
故に立君の政治を主張するものは、先ず人性の何物たるを察して後に君臣の義を説き、その義なるものは果して人の性に胚胎したるものか、あるいは人の生れて然る後に偶然の事情に由て君臣の関係を生じ、この関係を就ての約束を君臣の義と名るものか、事実に拠てその前後を詳にせざるべからず。虚心平気、深く天理のある所を求めなば、必ずこの約束の偶然に出でたる所以を発明すべし。既にその偶然なるを知らばまた随てその約束の便不便を論ぜざるべからず。事物に就て便不便の議論を許すは、即ちこれに修治改革を加うべきの証なり。修治を加えて変革すべきものは天理にあらず。故に子は父たるべからず、婦は夫たるべからず、父子夫婦の間は変革し難しといえども、君は変じて臣たるべし。湯武の放伐、即ちこれなり。あるいは君臣席を同うして肩を比すべし。我国の廃藩置県、即是なり。是に由て之を観れば、立君の政治も改むべからざるにあらず。ただこれを改ると否とに就ての要訣は、その文明に便利なると不便利なるとを察するにあるのみ。
(『文明論之概略』福澤諭吉著 巻の1第3章文明の本旨を論ず より )
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