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四条大納言隆親卿、乾鮭と言ふものを供御に参らせられたりけるを、「かくあやしき物、参る様あら
じ」と人の申しけるを聞きて、大納言、「鮭といふ魚、参らぬ事にてあらんにこそあれ、鮭の白乾し、何
条事かあらん。鮎の白乾しは参らぬかは」と申されけり。
(『徒然草』 兼好・作 )
四条大納言藤原隆親卿が、乾燥鮭というものを天皇に差し上げたときに、「こんな、いやしくて下品な食べ物は、差し上げるという法はあるまい。」と誰かが申し上げたのを大納言が聞いて、「鮭という魚だ、これを差し上げないわけがどうしてあるのか。鮭の白乾しは何の差し支えがあろうか。鮎の白乾しは差し上げないとでもいうのか。」と申し上げた。
四条大納言隆親卿…藤原隆親。一二三八年に、三十七歳で権大納言となり、一二五〇年に、四十九歳で正に転じた。一度辞退したが、一二七八年に七十五歳で大納言に還任し、翌年辞任した。一二七九年、七十八歳で薨じた。その家は、代々、包丁家(料理の名手)であった。
乾鮭…からざけ。鮭の内臓を取り去り、塩を加えず、白乾し(そのまま乾かすこと)にしたもの。鮭そのものは上等な食物とされていたが、その白乾しはいけないというのである。
それでも藤原隆親は力強く、乾鮭を美味しいと献上したのである。
乾鮭は、炙ると、脂分で湧き出てきて、すごぶる美味である。
霧山人
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