平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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後狩詞記 8

七 かくのごとき山中に在っては、木を伐っても炭を焼いても大なる価を得ることができぬ。茶は天然の産物であるし、椎茸には将来の見込みがあるけれども、主たる生業はやはり焼畑の農業である。九月に切って四月に焼くのを秋藪といい、七月に切り込んで八月に焼くのを夏藪という。焼畑の年貢は平地の砂原よりも低いけれど、二年を過ぐれば土が流れて稗も蕎麦も生えなくなる。九州南部では畑の字をコバと訓む。すなわち火田のことで常畠・熟畠の白田と区別するのである。木場切りのためには山中の険阻に小屋を掛けて、蒔く時と刈る時と、少なくも年に二度はここに数日を暮らさねばならぬ。わずかな稗や豆の収穫のために立派な大木が白く立枯れになって居るありさまは、平地の住民にはきわめて奇異の感を与える。以前は機を織る者が少なかった。常に国境の町に出でて古着を買って着たのである。牛馬は共に百年このかたの輸入である。米もその前後より作ることを知ったが、ただわずかの人々が楽しみに作るばかりで、一村半月の糧にもなりかねるのである。米は食わぬならそれでもよし、もしいささかでも村の外の物が欲しければ、その換代は必ず焼畑の産物である。家に遠い焼畑では引板や鳴子は用はなさぬ。分けても猪は焼畑の敵である。一夜この者に入り込まれては二反三反の芋畑などはすぐに種までも尽きてしまう。これを防ぐためには髪の毛を焦がして串に結び付け畑のめぐりに挿すのである。これをヤエジメと言って居る。すなわち焼占であって、昔の標野、中世庄園の榜示とその起源を同じくするものであろう。焼畑の土地は今もすべて共有であるが、また茅を折り連ねて垣のように畑の周囲に立てること、これをシオリと言って居る。栞も古語である。山に居ればかくまでも今に遠いものであろうか。思うに古今は直立する一つの棒ではなくて、山地に向けてこれを横に寝かしたようなのがわが国のさまである。
 
(『後狩詞記』 柳田國男 より )

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