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社説
わたしは、今月十八日、第一号の紙上で、わたしが多く人びととともに考えたい事項をあげ、題目をかかげておいた。今日はその前に、ひとつ、みなさんに述べたいことがある。まずそれを論じてから、本題に入らせてほしい。
およそ、古今の人民が大業を成就できた理由は、過激な言辞を発したためではなく、精密な議論をたてたことにある。軽挙妄動に走ったのではなく、強固な意志を身につけていたことにある。議論が精密でないときは、原理がはっきり見えず、実行にさいして、まちがいをまぬかれない。志操が堅固でないときは、うまく事理にかなっていたところで事業にあてはめることはできない。かりにも事業に応用しないとしたら、まだ事理をえていないのと同じことである。
言論が過激である者や、行動が軽率な者は一時の快感があるだけで長い将来の利益をはかることはできない。すくなくとも、わたしは、みなさんと一時の快感を楽しむだけではすまないのだ。まさしく身に益し、人に益し、家に益し、国に益し、人類に益したいと願っているのである。そうだとすれば、議論は精密さをいとわず、綿密にこまかく分析し、かならず正しい結論を出すべきであり、志は堅固をいとわず剛気を養い、がんばりつづけ、かならず実践に移すべきである。
町なかのいさましい人間が、腕まくりをして人びとの中に入り、口角沫をとばして、熱弁をふるえば、聞く者はひざをたたいて感心しない者はない。しかし、一歩さがってその顛末や順序を考えるとすると、竜頭蛇尾であったり、頭は牛で体は犀であったり、魚を樹上に躍らせ、鳥を水底に飛ばそうとするたぐいだ。こんなことでは、その主旨がどこにあるかを求めようとしてもえられない。まして、その論議が正しいか否かと問うこともできないではないか。こんなことを事業に試みるに至っては、弊害はさらにはなはだしい。これは、「方柄を以て円鑿に内れん」(四角いツカを円いのみに入れること。とんちんかんなさま。『史記』)としたり、「舷に刻して剣を索めんと欲す」(落とした場所で舷に刻みをつけ剣をさがそうとする。『呂氏春秋』察今)るものであり、身はきずつき、ひとにわざわいし、家をほろぼし、国をあやまらないものはきわめて少ない。李斯、商鞅が秦朝においてそうであったように、王安石が宋において、ロベスピエールがフランスでそうであったように、みな自分の身にわざわいし、国にわざわいし、世の人びとのせせら笑いのたねになってしまった。つまり、理をはっきり見きわめずに、無理に事業に着手したためである。われわれも、みなさんとともに、深くいましめなければならないではないか。
わたしが論じてゆく論法は、諄々として老人の話に似ているところもあろう。世の矯激の徒は、もしかすると、わたしをそしって、のんきすぎる人間だとするだろう。これでもわたしは、議論が激発に流れて、中正をえていないのではないか、とおそれているのだ。どうして、それに加えて、自分で鞭うち、正しい道の外に逸脱することができようか。それに、わたしは、はじめから敵を作ろうと欲する者ではなく、ただ至理に到達することだけを求めている。すくなくとも至理に到達することができれば、どうして事業におよぼすことができないなどと心配ししょうか。またどうして人を傷つけたり、憎んだりすることが必要であろうか。
しかしながら、自由の権がまだ興っていないわが国で、自由の権を興そうとし、憲法がきまっていない国で憲法をきめようとする。天下に、これほどむつかしいことはない。むつかしければかならず情勢が変転することは、あらかじめ考えておかなければならない。また猛進するときにも、ゆっくり進むときも、おのおのその時期があるのだ。
わたしやみなさんが、さいわい至理を獲得することができ、この論理がすっかり明らかになり、時至り機熟し、わが三千五百万の兄弟が、みなすべて自由の権によることができるようになったばあい、そのときでも、もし万分の一でもいばらが道をさえぎることがあり、われら三千五百万の人民をふせぎとめて、自由の道に入ることを妨害するときは、わたしとて諄々として説き、ゆっくり本を読んで歳月を過ごしてしまい、みずから屈服することができるであろうか。となれば、大声一喝し、手につばを吐いて立ち、けりとばしてすぎるだけである。
ああ、聖なる天子もいらっしゃり、頭のいい宰相も位にいるはずである。仁義を施し、恩恵はゆたかで雨や露が原野をうるおすかのようである。「化理沛然として波濤の江海に迸る」 (徳も教えも事蹟も明らかなこと、柳宗元のことば)のように、この間は詔を発して、立憲制にしたがうの意志を表明された。立憲は、つまるところ、わたしのいう君民同治である。府県の民には、意見を聞き、投票によって議員を選び府県会を開かせた。天皇の仁慈は、ここまで来ている。われら三千五百万の同胞が、なぜ自由の境地に入ることをためらわなければならないのか。わたしは、ただ至理を学んで時を待つべきである。天下の君子は、願わくは、安心して騒ぎたてないでもらいたい。わたしが事を論ずるのを、のろいといってどがめないでいてもらいたい。
(第二号、明治十四年三月二十三日)
(『東洋自由新聞』 第二号 中江兆民 より )
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東洋自由新聞
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