平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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東洋自由新聞

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                    君民共治の説
 政体の名称には数種類ある。立憲とか、専制とか、立君とか、共和制とかだ。だが事実を調べてみれば、立憲の形をとった専制もあり、共和であって立君なのもある。共和制はまだかならずしも、民政(人民政治)ではなく、立君もまた、かならずしも民政でないわけではない。
 今日、日本の人びとは、みな政治学に熱心であり、政体の是非得失を論じないものはいない。だが東洋の風習は、いつも耳学問であって、脳を使ったことがない。形態を模倣して精神を問題にしなかった。耳学問のやからは、しばしば名前にとらわれて実態をきわめていない。共和の字づらにうっとりして、いっしょうけんめい、かならず昔フランスがしたこと(フランス革命)を行なって、わが国の政体を改正しようと欲する者がいないわけではない。それが間違いであることは、もともと彼らの無学無知の結果であって、深くとがめるに足りないけれども、今この幻想を解明しておかなければ、悪人が善人のなかにまぎれこんでしまいかねないし、大いにわれわれの自由の発展を妨害するだけでなく、もしかすると木食い虫が侵蝕してしまって、知らぬうちに国家の元気のいくぶんかをそかなうことがあるだろう。そうだとすれば、この幻想を解明しておくことが、現在の緊急の任務である。したがって、一日の紙面を費やして論じよう。 
 共和政治の字づらは、ラテン語の「レスピュブリカー」を訳したものだ。「レス」は物である。「ピュブリカ」は公衆だ。だから、「レスピュブリカー」は、つまり公衆の物であり、公有物の意味だ。この公有の意味を政体の名前に及ぼして、共和共治の名をつけたのである。ほんとうの意味はこういうことである。だから、いやしくも政権を全国人民の公有物とし、ただ有司(官僚)がほしいままにしないときは、みな「レスピュブリカー」である。みな共和政治だ。君主があろうとなかろうと問題ではない。そうだとすれば、いま共和政治を立てようと思うとき、名前を求めるのか、さもなければ実をとろうとするのであるか。名前を求めるときは、昔のベニスなども共和といっていた。しかし、実際には、けっして人民を政治に関与させたものではなく、貴族たちが集まって行なっていたのにすぎない。これがほんとうの共和政治であろうか。それだけではない。最近のフランスの共和政治のごときも、イギリスの立君政体にくらべるとき、共和の実態は、はたしてどちらにあるというのだろう。そうしてみると、共和政治は本来、その名前に眩惑されるべきではない。もちろんのことだが、外面の形態にこだわるべきではない。
 ためしに、イギリスの政治をみるがよい。名称も形態も、ともに厳然たる立君政治ではないか。しかし、その実態を考えるときは、少しも独裁専制があったためしがない。宰相は国王が指名するものだけれども、議会や世論の希望したもの以外からとることはできない。要するに、全国人民が公選するのであって、アメリカ合衆国人民が大統領を選挙するのとかわらない。
 その法律は全国人民の代議員が討論し、きめるのであって、もちろん、二、三の有司が勝手に出したり入れたりするものではない。つまり、宰相を選挙するものは人民である。法律を作るのも、また人民である。人民がしだいに自分で法律を作り、自分で選んだ宰相にそれを執行させれば、行政や立法の権はともに人民の共有物である。
 その君主というものは、立法、行政二権の間にいて、人民に和解、調停をすすめるにすぎないのである。官吏とて同じことだ。共有でないものはなく、省庁とて共有でないものはない。これを、「レスピュブリカー」でないといえば、世界の何を「レスピュブリカー」というのか。「レスピュブリカー」は形態にこだわるべきものではなく、共和政治の名前にまどってはいけないことは、これでわかるはずである。
 現在、共和政治の名称にまどわされる党派は二つある。一つは共和政治を憎みきらうものであり、もう一つは共和政治にあこがれているものである。共和制を慕う者は論じていう。共和でもって政治をするときは、君と民とを分けるべきではないと。その意味は、かならずアメリカまたはフランスの政体のようにしてしまおうと願っているのであろう。共和制を嫌う者は論じていう。もし共和制で政治を行なうときは、わが君主をどこに置こうとするのかと。その意味は、わが国がアメリカやフランスのように、君主を置く場所がなくなってしまうことをおそれるのである。
 これはみな、皮相の見解であり、形にこだわる説でしかない。もし、共和制論者が眩惑のまま説をかえず、結局それを実行に移してしまえば、そのわざわいは、はかりしれないものがあるだろう。共和制反対派に志を遂げさせてしまえば、圧制、束縛の政治がますます力をたくましくし、害はかならずいいきれないものになるであろう。ああ、ちょっとしたちがいでもって千里の誤りが出てくる。心が寒くなるではないか。孔子はいった。「必ずや名を正さん」 (きっと名称の整理からはじめるだろう。『論語』子路)
名の混乱しているかぎり、数千万の国民を長く五里霧中にうろつかせ、出口をわからなくさせてしまうだろう。
 だから、われわれが「レスピュブリカー」の実態を主としてその名称を問題にせず、共和政治のことばを使わず、君民共治という理由はそこにある。君民共治が現在行なわれているのは、さきにあげたイギリスである。ああ、人民が政権を共有することがイギリスのようになることができれば、文句はないのではなかろうか。こうなったときには、共和制論者もうらみをとどめることなく、反共和制論者も心配しないでよいはずだと思う。
                                       (第三号、明治十四年三月二十四日)
(『東洋自由新聞』 第三号 中江兆民 より )

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