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急いで、宮崎に戻って来たわけだが、フランスの片田舎・ノアンにおいても、景気においては似たようなもんだった。フランスは西洋の農業国で観光国、宮崎は東洋で農業県で観光県であった。農業は、地球温暖化でやりにくくなって、観光地は、世界的な不況の影響をもろにかぶる。つまり、長くその土地に滞在するにつれて、似たような状況がわかってくるのだった。結局、努力や根性、忍耐、我慢、辛抱しか、この状況を乗り切る手段はない。そういう感想をもつのだった。
まあ、何もできないのだが、私においては義捐金の寄付、夕子においては絵画をオークションで出して、そのお金によって寄付ということを実行することにした。したがって、口蹄疫によって少しばかり停滞した商品を動かすには、その交換を促す資金が必要ということになる。県外への販路はもとより、商品の質や量、適正な値段が求められ、ブームよりもロングランを生み出す方がよいように思えた。宮崎は観光地でやってきたみたいだから、待つことばかりが得意になって、動こうとする気概が失われていた。宮崎は大都市圏の都道府県に協力を仰いで、販路を提供してもらったほうがよいだろう。県外のほうが、資金・設備・人材が優れている傾向があるため、資本主義的な競争においては、厳しい戦いになるだろうことは予想されていただけに、今回の被害は目を覆うばかりだった。ここは欲望をぐっとこらえて、国内の食物の生産基地であるということを自負するのがいい。高級路線を押さえて、もっと質実剛健な商品のあり方を考えねばならない。まあ、宮崎のやったことは、ほとんど他県に真似されてしまい、その策案は優れていたのだが、やはり優秀な他の都道府県の後塵に配するしかなかったようだ。宮崎は、南国なので狭い沖縄にできないことを考えるしかない。地球温暖化によって、ますます亜熱帯化するであろうから、商品作物で夏場にはブラジルとか、東南アジアの作物に注目するのもよいだろう。また、地元に自生する作物は、手間もかからない楽な商品になるだろう。元手がかからなくて、食べていけるだけの収入を確保できれば合格だと思える。あんまり、あせって荒稼ぎしようとすると無理がでるみたいだ。ブランドというより、宮崎特産物・宮崎名物といったほうが長持ちするような気がする。まあ、そのくらいしか、考えが浮ばないけれども、なんとか県民が健康で幸福を得られることを祈っている。
高校野球で甲子園に行くことを夢見て、頑張る。そういう生き方もある。宮崎は、二十年遅れて、バブル景気を経験したんだよ。二十年前は、そのような景気は宮崎には来なかった。だから、都会にあこがれて、やっと夢が叶った。しかし、夢が叶うと、現実がやってくる。その現実は、実は夢を叶える前よりかなり厳しいものだった。それに、耐えられるものだけが、理想を掴める。そのようなものだろう。厳しい理想を実現して裕福になるか、現実を我慢して幸福になるか、二つに一つである。目の前にある現実を改善することだけを考えて実行しよう。そうすれば、目の前はいつの間にか必ず開けてくるものである。駄目だ、駄目だという悪魔の囁きを振り切って、とにかく自分のすべきことだけをとにかくやるだけだ。うまく行く方法を信じて、それをやり続けるのだ。それが生存する方法だ。
宮崎牛について、血統主義よりも現実主義でなきゃいけない。血統主義だと、血統牛以外の牛を持つ人々が努力して精魂込めて育てても、いつまでもなかなか良い値段がつけてもらえないというジレンマがでてくる。霜降り至上主義が高級品であることは当然で、口を挟むことはしたくないが、やはりそれ以外の要素にも価値を見出さなければならないだろう。今のままでは独占的で、他の農家には全然チャンスがまわってこない。サシの入り方や色ツヤのよい順に5〜1、肉の多くとれる順にA〜Cの3段階、計15ランクに分けられるという。オリンピックの審査基準みたいなことばかりが優先されれば、畜産業の低級品には赤字が出るのは必至なので、食えない人たちがでてくることも考慮しなければいけない。品評会をやり直して、本当に高級牛はそれだけしかいないのかを探してみることもいい。何十年も経つと、突然変異が出て来ているかもしれないからだ。これは、冬月の持論だから、私が代わりに書いているにすぎない。
※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。
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小説・霧山幻想2
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