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冬月は、亜季と二人でこの鵜戸神宮にやってきたとき、亜季がそこから先に進むことを断ったという話をした。亜季は都会的なアメリカ文化が好きであった。そのような趣味の違いが離婚の原因であったのであろう。冬月は日本の伝統文化を背負ってしまっているところがあった。このように、冬月と亜季との生活習慣の違いが、日向神話の世界に妙にマッチしているという嘆きがあった。つまり、別れをイメージするということだ。イザナギとイザナミの黄泉の国での別れ、そして、ホホデミノミコト(山幸彦)と海の神の娘(豊玉姫)との結婚もうまくいかなかった。神武天皇も妻をおいて遠くに行ってしまっている。うまくいったのは、天孫降臨のニニギノミコトと山の神の娘であるコノハナサクヤヒメとの結婚、そして神武天皇の父、ウガヤフキアエズノミコトと海の神の娘(玉依姫)との結婚である。海の神の娘は自由奔放であったのだろう。しかし、この御両名とも単身赴任をしていたらしい。ともかく神話の世界は、家庭運はなかった。
だんだんと、白菜も地鶏もしょうゆで茶色に染まっていく。それを卵につけて、食べる。わさび漬けとご飯を食す。赤だしをすする。すべてを食べ終わった後、完全なる空腹で倒れそうであった肉体が活性化された。徐々に固形燃料の火が消え、鍋の食材も尽きた頃、冬月は、遠くに見える太平洋の大海原と黒々した岩々を眺めた。 「さて、岩窟に参ろう。」 「ああ、そうだな。」 冬月は私を置いて、先に店を出ようとした。しかし、冬月は間違って、その店の厨房の入り口へと入ろうとしていた。私は冬月を引き止めて、出口に引っ張り出し、階段をつたって下に降りさせるのだった。冬月は、まだ料理の世界にも未練があるようだった。おみやげ屋を出て、鳥居をくぐる。しばらく、砂利道を進むと、お婆ちゃんとその孫が会話をしている。 「昔とだいぶかわってしまったでしょう。」 「ああ、だいぶ変わったね。」 道もきれいに舗装され、橋の欄干もきれいな真っ赤に塗り込められている。それでも、家族が神宮参りをするということは、変わっていないのだ。 先に進む冬月は、鵜戸神宮霊橋と呼ばれる断崖絶壁の前で待っていた。冬月は、身の潔白をはかるかのように、ゆっくりと、その橋に足をかけた。ゆっくりと、ゆっくりと、橋を渡っていく。 そして、その霊橋を渡り終えた後、「やっぱり渡れた」と喜ぶ冬月がいるのであった。 冬月は、石段を降り、展望台までやってきた。霊橋を下から眺めて、証拠の写真を携帯電話のカメラで写した。さらに、亀石も写した。冬月は、運玉を買い、亀石の縄の中に投げた。しかし、やせ細った冬月の身体では、亀石までとどかずに、運玉は岩にはじかれて、砕け散るのだった。冬月は、こんなもんだろう、と言って、岩窟の鳥居をくぐり、奥へと入っていった。あわてて、私もその後を続いた。岩窟の信仰は、岩戸の信仰と同じなのだろうか。冬月は、鵜戸神宮の厄除けのお守りを買い、他人から運がもらえるように、運玉の入った袋も買うのであった。自分には運がないので、他人に運を委ねて、その運をもらおうというわけである。 日向というものは、実は天孫降臨以前の神々たちが息づいている。天照大神より前の神々がいる。とくに、諸県地方と呼ばれた都城盆地以西の地域には、イザナギ・イザナミを中心とした神々の痕跡が多い。とくに、霧島の原生林の奥地には秘められた謎に満ちていた。天津神と国津神に分かれる以前に諾冉二神の世界があった。この高天の原はこの一帯であったろう。しかし、市町村合併により、その名も消えていった。このように、失われていく歴史の重さをかみしめながら、旅を続けるのだった。
フィクションです。
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小説・霧山幻想(リメイク中)
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返してちです。。。足跡どこに残したらいぃかわからなかったので。。すいません
小説かけるなんてすごいですね?
今読ませてもらっています
2010/8/17(火) 午後 7:48
ヵズト卍 さん、ありがとうございます。
小説はときどきです。
最近、続きがまとまりかけてます。
よろしくおねがいします。
2010/8/17(火) 午後 7:58 [ 霧山人 ]