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三陸(陸前・陸中・陸奥、宮城・岩手・青森県の海岸地方)の海嘯(つなみ) 濃尾の地震(1891年10月28日に濃尾(美濃・尾張、岐阜・愛知県)地方で発生した、日本史上最大の直下型地震)、これを称して天災といふ。天災とは人意の如何ともすべからざるもの。人間の行為は良心の制裁を受け、意思の主宰に従ふ。一挙一動責任あり、固より洪水飢饉と日を同じうして論ずべきにあらねど、良心は不断の主権者にあらず、四肢必ずしも吾(わが)意思の欲する所に従はず。一朝の変 俄然(急に今までとちがった状態になること)として己(おのが)霊の光輝を失して、奈落に陥落し、闇中に跳躍する事なきにあらず。この時に方(あた)つて、わが身心には秩序なく、系統なく、思慮なく、分別なく、ただ一気の盲動するに任ずるのみ。もし海嘯地震を以て人意にあらずとせば、この盲動的動作また必ず人意にあらじ。人を殺すものは死すとは天下の定法(じょうほう)なり、されども自ら死を決して人を殺すものは寡(すく)なし。呼息逼(せま)り白刃(はくじん)閃(ひらめ)くこの刹那(せつな)、既に身あるを知らず、焉(いずく)んぞ敵あるを知らんや。電光影裡に春風を斫(き)る(沢庵和尚(沢庵宗彭)の『不動智神妙録』にある)ものは、人意か将(は)た天意か。
青門老圃(せいもんろうほ・青門山人、邵長蘅のこと)独り一室の中に坐し、瞑思遐捜(めいしかそう・目をつぶって思い、遠くの人を捜すこと)す。両頬赤を発し火の如く、喉間咯々(らくらく)声あるに至る。稿を属(しよく)し日を積まざれば出でず、思を構ふるの時に方(あた)つて大苦あるものの如し。既に来れば則(すなわ)ち大喜、衣を牽(ひ)き、床を遶(めぐ)りて狂呼す。バーンズ(ロバート・バーンズ)、詩を作りて河上に徘徊す。あるいは呻吟し、あるいは低唱す。忽ちにして大声放歌欷歔(ききょ・すすりなくこと)涙下る、西人この種の所作(しょさ)をなづけて、インスピレーションといふ。インスピレーションとは人意か将(は)た天意か。
デクインシー(トマス・ド・クインシー)曰く、世には人心の如何にして善にして、また如何に悪あるかを知らで過ぐるものありと。他人の身の上ならば無論の事なり、われはデクインシーに反問せん、君は君自身がどの位の善人にして、またどの位の悪人たるを承知なるかと。豈(あに)ただ善悪のみならん、怯勇(きようゆう)剛弱高下の分、皆この反問中に入るを得べし。平かなるときは天落ち地欠くるとも驚かじと思へども、一旦事あれば鼠糞(そふん)梁上(りょうじょう)より堕ちてだに消魂の種となる、自ら口惜しと思へど詮(せん)なし。源氏征討の宣旨(せんじ)を蒙(こうむ)りて、遥々(はるばる)富士川まで押し寄せたる七万余騎の大軍が、水鳥の羽音(はおと)に一矢も射らで逃げ帰るとは、『平家物語』を読むものの馬鹿々々しと思ふ処ならん。ただに後代のわれわれが馬鹿々々しと思ふのみにあらず、当人たる平家の侍どもも翌日は定めて口惜しと思ひつらん。去れども彼らは富士川に宿したる晩に限りて、急に揃ひも揃うて臆病風(おくびょうかぜ)にかかりたるなり。この臆病風は二十三日の半夜忽然(こつぜん)吹き来りて、七万余騎の陣中を駆け廻り、翌(あ)くる二十四日の暁天に至りて寂(せき)として息(や)みぬ。誰かこの風の行衛(ゆくえ)を知る者ぞ。
(『漱石文明論集』 三好行雄編 より )
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漱石山人の論集
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