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かようなことを申してまいりますと、結局、書は少なくとも日本人の書でも現代から三百年位前の人の書がよろしい。それからもっと遡って五百年位前になればなおよろしい。もっと遡って、弘法大師(空海)時代になれば、殊によろしいということになって、古いほどいいということになると思います。
それで自分がこんな字を習うのは自分の柄ではないということであれば、致し方ありませんが、調子の高い良書について習うに如かずと知る上は、初めからその方に近寄って行った方がよいと思います。
しかし、各々分際がありまして、まるきり柄にもない字を初めからやったところで、とても追いつかないこともありますから、自分に本当に出来るものからやり始めようという考え方でやられるとよいと思います。棒ほど願って針ほど叶う、という譬えもありますから、なるべく古く逆行して、調子の高きに就くが賢明だと思います。
(『魯山人書論』 北大路魯山人 平野雅章編 より )
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魯山人の書論
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