|
維新の頃には、妻子までもおれに不平だったョ。広い天下におれに賛成するものは一人もなかったけれども〔山岡(山岡鉄舟)や一翁(大久保一翁)には、後から少しわかったようであったが〕おれは常に世の中には道というものがあると思って、楽しんでいた。また一事を断行している中途で、おれが死んだら、たれかおれに代るものがあるかということも、随分心配ではあったけれども、そんなことは一切かまわず、おれはただ行うべきことを行おうと大決心をして、自分で自分を殺すようなことさえなければ、それでよいと確信していたのサ。
おれなどは、生来人がわるいから(謙遜・世間にまみれているから悪くなるということ)、ちゃんと世間の相場を踏んでいるョ。上った相場も、いつか下る時があるし、下った相場も、いつかは上る時があるものサ。その上り下りの時間も、長くて十年はかからないョ。それだから、自分の相場が下落したとみたら、じっと屈んでいれば、しばらくすると、また上ってくるものだ。大奸物大逆人の勝麟太郎も、今では伯爵勝安芳様だからノー。しかし、今はこのとおりいばっていても、また、しばらくすると耄碌(もうろく)してしまって、唾の一つもはきかけてくれる人もないようになるだろうョ。世間の相場は、まあこんなものサ。その上り下り十年間の辛抱ができる人は、すなわち大豪傑だ。おれなども現にその一人だョ。
おれはずるい奴だろう。横着だろう。しかしそう急いでも仕方がないから、寝ころんで待つが第一サ。
西洋人などの辛抱強くて気長いには感心するョ。
(『氷川清話』 立身の数々を語る 吉本襄・編 より )
|
勝海舟の氷川清話
[ リスト ]



