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或る人問ふ。承り聞く、禅門の究道は静坐に在りと。其の意如何。余曰く、但だ吾が門のみに非ず。宋儒も亦静坐を勤む。朱熹曰く、「明道は人をして静坐せしめ、延平も亦人をして静坐せしむ」と。蓋し人の大道の何物たるかを知らざる所以の者は、精神定らざるに由る。精神定らざる所以の者は、外物来つて之を擾(みだ)すに由る。故に先づ静坐に依り工夫を凝らし、以て外物を空にす。外物空なれば便ち神定る。神定れば便ち性珠燦然として目前に現前す。之を捕齟(ほそ・とらえかむ)し、俯して地芥を拾ふが如きのみ。然りと雖も、吾が所謂静坐とは、六朝の清坐、宋儒の静坐と異る。仏は之を正思惟と謂ふ。故に必ずしも坐相上に在るにあらず。造次(急遽の時)にも必ず此に於てし、顚沛(傾覆のまぎわ)にも必ず此に於てす。若し但だ目を閉ぢ睛(ひとみ)を蔵し、寂を愛し閙(喧騒)を嫌ふを以て静坐を為さば、是れ正静に非ず。果して邪静なり。
或るひと問ふ、孔門の教は学に依り芸に遊ぶ。今、師は学芸を外にするは何ぞやと。余曰く、学芸の如きんば初学因地(仏道修行の位)の一事のみ。孔門の薀奥に至りては徳性を明かにするに在り。故に真意は冊子上のみには在らず。孔子云はずや、「余言ふこと無からんと欲す」と。又曰く、「賜(子貢)や女(なんぢ)は予を以て多学にして之を識る者と為すか。」 対へて曰く、「然り。非なるか。」 曰く、「非なり。予一以て之を貫く」と。山野常に謂へらく、儒にも亦教外別伝の一著有りと。此れ之の謂なり。
或るひと問ふ、近世に大儒有り、明の李王二家の学風を唱へ、古文辞を主張す。其の言に曰く、「道は則ち高くして美なり。謭劣の質の企て及ぶ可からず。故に卑卑焉として諸を事と辞とに求む」と。又曰く、「聖人の心は唯だ聖人にして而る後に之を知る。亦、今人の能く知る所に非ざるなり」と。今、師は頻りに企て及ぶ可からざるの道を説き、汲汲として之を勧む。弟子甚だ惑ふと。余曰く、今日之を望めば、天辺の寸碧なる者、明日之を践めば脚下の千巌なり。道を高遠なりと謂ひ、而して断然進修に志無く、只だ甘んじて卑きに就き、以て足れりと為す者、是れ自ら慢り、且つ孔子を謗る者なり。余少時、其の学に遊んで時有り。初め未だ其の言の聖意に戻ることを知らず。中間、自ら学風の膚浅なるを知り、乃ち罷め去つて宋学に従事せり。曰く、其の説を請問す。余曰く、『中庸』に曰く、「道は人に遠からず、人の道として人に遠きは、以て道と為す可からず」と。孟軻曰く、「道は邇(ちか)きに在り。而して諸を遠きに求む。事は易きに在り、而して諸を難きに求む」と。是れ当に道の企て及ぶ可きを知るべし。『書』に曰く、「惟れ聖念ふ罔き、狂と作り、惟れ狂克く念ふ、聖と作る」と。孟軻曰く、「何を以てか人に異らんや。堯舜も人と同じきのみ」と。是れ当に聖人の心も、亦、今人の修めて至る可きを知るべし。賢哲の言、豈に人を欺かんや。儒士の言の如きんば、孔子の所謂女(なんじ)限れる者なり。夫れ詩書は、後世に垂訓し、人をして是れに由りて先王の道を履ましむる所以の者なり。然るを唯だ、其の辞を学んで而して其の道を修めずんば、則ち演戯稗説を読むと同じきなり。礼楽は、法を天地に象り、人をして是に由りて性情を正し、万事を節せしむる所以の者なり。
然るを唯だ、其の事を学んで而して其の性情を正しうせずんば、則ち戯劇乱舞を観ると同じきなり。是れ豈に孔子を誹謗するに非ざらんや。余、彼の学に旧恩義有りと雖も、今、此の言を成す者、其の怒を彼の儒士に得ると、罪を孔子に得るを忍ぶ可きと寧れぞや。
(『禅海一瀾』 今北洪川 より )
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