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或るひと問ふ。道は分れて神儒仏老と為る。今、神を学ばば如何。余曰く、是は則ち是なり。恐らくは神見浄見の障礙を被らん。云く、儒を学ばば如何。曰く、是は則ち是なり。恐らくは文字礼則の障礙を被らん。云く、仏を学ばば如何。曰く、是は則ち是なり。恐らくは仏見法見の障礙を被らん。云く、老を学ばば如何。曰く、是は則ち是なり。恐らくは冲見虚見の障礙を被らんと。其の人ぼう然として問ふことを知らず。余曰く、唯だ道を学べ。道に別名無し、神儒仏老は唯だ是れ箇の道。恰も一太陽の上下四維を照臨し、其の光の到らざる所無きが如し。只だ学者眼に知見学習の雲霧有り。或は儒見に落在し、或は仏見に落在す。是れ大道に同異有るに非ず、眼見に障礙有るを以てなり。故に神家者流其の障礙を払尽す、之を天原に止ると謂ふ。儒家者流其の障礙を払尽す、之を明徳を明かにすと謂ふ。仏家者流其の障礙を払尽す、之を見性成仏と謂ふ。老家者流其の障礙を払尽す、之を衆妙の門を得と謂ふと。問者黙して退く。今諸々の仁者の為に言はん。若し神を学ばんと欲せば、先づ、御中主以前に向つて求めよ。儒を学ばんと欲せば、先づ、三皇以前に向つて求めよ。仏を学ばんと欲せば、先づ、威音王以前に向つて求めよ。老を求めんと欲せば、先づ、黄帝以前に向つて求めよ。然らば則ち道に竇逕(水の通うあなとみち)莫く、見に異端莫し、神に値はば神受用し。儒に値はば儒受用し、仏に値はば、仏受用し、随処に主と為りて更に障礙無し。是れ吾が教外別伝の玄旨にして、即ち孔子一貫の要訣なり。道を学ぶ者請ふ此より始めよ。
(『禅海一瀾』 今北洪川 より )
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