平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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文明開化と大道

 持続可能な社会を考慮するとき、文明開化(啓蒙思想及び科学技術)と大道(宗教を超克した自然回帰)の両道を窮めていく必要がある。それを生活や実業において、どのように調和させればよいかということが浮び上る。
 神道・仏教・儒教・基督教というように多数の宗教的教義があるが、それらが複雑に絡まるにつれて、ただの情報にしかすぎなくなって、現実に役立ち難くなる。そこで、禅に行き着いた。神々の足跡、釈迦の生涯、孔子の生涯、イエスの生涯それぞれから手本や教訓を得ること深いが、それぞれをどのように現実に対処すればいいかは、それぞれの生涯が重なり合って、行動への連続性を保てなくなる。これが宗教による争いの根源であろう。結局、日本と中国、アメリカの場所が違うように、それぞれの生涯の共通点を探ることは困難に近いのである。ただ、共通している点は、人々の生存に対して恩恵を与えたということである。つまり、世のため人のために生きたということである。それ以外は何もない。争いというものは、世のためにも人のためにもならない。そういうことである。これは、どの教えにも反した行いだといえる。だから、何も考えないようにして、必要なときに、ふと何かが浮んでくることを期待するだけになった。結局、たくさんの物事を学んだとしても、時と場所と目的に応じた知識がピンポイントで頭に浮んでこなければ全くの役にたたない。そのためには、頭を空にする訓練が必要である。これが禅なのだと思う。料理をつくるときも、頭の中を空にして、無駄な知識を喪失させ、手がひたすら動く境地にならねばならない。このとき、頭脳というものはほとんど無駄なもので、体に染み込んだ修練だけが物を言うようになる。大道とは、そのようなもので意思ならぬ意思によってもたらされるので、誰にも邪魔されないで生きることができるようになる。そういうものが、老子の無為自然と同じようなところがある。頭を使えば頭にだまされる。それを超えなければ大道には至れないのである。
 一方、文明開化というものは、逆に頭を使いまくって、創造したものである。だから、頭の中にない想定外の事象に対して対処できなくなり、それを対処しようとして知恵を絞り、その知恵を越えてまた現実が凌駕してくるので、さらに知恵を絞るというイタチごっこが繰り返される世界になってくる。知恵はあるのだけれど、欲望を満たすことに果てしがなく、その欲望によって知恵が犯され、だんだんと欲望が知恵を支配するようになる。こうなれば、欲望を満たすために知恵を使うようになるので、だんだんと欲張り合戦になって、戦々恐々の時代になっていく。だから、「足るを知る」ということの重要性が思い起される。欲望を抑え、必要を知る知恵を得なければ、持続可能な社会は築けない。仁・智・勇の三本柱の智が欲望と結託して、勇を鼓舞し、暴走した者が仁義を語り、世の中を蹂躙する。仁にとっては迷惑至極の話だ。智の中に暴義が宿る。だから、そうならないために、「智者は惑わず」というのであろう。暴義に対して勇を奮うので、「勇者は懼れず」という。「仁者は必ず勇あり」というが、井戸に落ちない仁者には、智も具わっている。智の具わらない仁義は必ず暴義となって、災いを行う。なかなか、仁・智・勇の三本柱は、単純ながらも考えられたものだ。まあ、明徳といっても過言でない。しかし、それがわかったからといって、科学を発展させることには至らない。そこにはお釈迦様の見性成仏が必要となる。それは、孔子の智を発展させることに一役買った。物を見る眼を養うというか、着眼点を鍛えるといったふうである。思考回路の組み立てがある。それがわかり、やっと外界を見渡せば、ようやく物事をチェンジすることになる工夫を生み出せるようになる。そういうわけで、求道精神が科学的研究に通ずるようになるのであった。西洋では、自然と人為を区別してしまったので、環境と都市文明は別々に見えるかもしれないが、お釈迦様にはその区別がそもそもない。何事も同じ視点だと悟っている。孔子にとっては、科学も智の一つにすぎない。だから、科学に惑わない。結局、人間が科学文明に惑わないということが大事であって、そうなってこそ、人間は仁を得て、憂えなくなるのではないかと思う。洞爺湖サミットや生物多様性なんかによって、その効果か、環境がよくなったような気がして、静けさをとりもどしたが、一体何の騒ぎだったのだか、思い出せない。しかし、これは今までの努力の成果であって、杞憂にすぎなかったのだと結論づけるわけにもいかない。結局、その原因も何も理解してしまったわけではないからだ。もしかしたら、日頃の行いが、天に通じて穏やかになったのかもしれないが、地は相も変わらず揺れてくる。天地人の中に、文明も自然も含まれて、一つの大道と呼び習わしてもいいくらいだ。その大道を見極めたいものだ。
 
                                       霧山人

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欲望が莫大な借金を生んだ…。

2010/11/6(土) 午後 5:30 [ 霧山人 ]


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