|
中庸に曰く、道は須臾も離るべからず。離る可きは道に非ず。是の故に君子は、其の睹ざる所を戒慎し、其の聞かざる所を恐懼す。隠れたるより見らはるるは莫く、微かなるより顕かなるは莫し。故に君子は其の独を慎む。
孔門三千の徒、才明雋芸(芸にすぐれる)の者、七十二人。一陽のあたたむる 所、一雨の霑(うるおい)する所、各々自ら得る所有り。唯だ、大道の正統を得る者 は、顔曾二人のみ。顔回は蚤世す。故に曾参独り其の宗を得たり。孔伋、業を曾参 に受くるに及びて、此の一著を体究し、実学功夫、力を用ふる年有り。竟に孔門の 玄旨に通徹し、始めて這の語を唱出す。此の時孔子を去る梢〃遠し。乃ち其の 愈々久しくして愈々其の宗を失はんことを憂へ、遂に『中庸』を著し以て後学に授 く。其の要は此の数言に在り。数言の眼目は「慎独」の二字に在り。蓋し、古人、後 学の入り難きを憐んで、諄諄(くどい・ねんごろ)是の如し。後世の儒士、徒らに聖 賢の語を弁釈することを務め、未だ嘗て聖賢の心を明覈(あきらかにする)すること を務めず。故に孔門伝授の心法は堕して土の如し。痛む可し、悲しむ可し。学者苟 くも孔子の徒為らんと欲せば、先づ須らく此の語に依りて、強て精彩を著け、己に 反りて観照すべし。観照し去り、歳月の久しきを積み、念念退かずんば、則ち忽然 として妙訣に契当せん。那時、覚えず知らず、掌を拍つて大笑し去る在らん。是に 於てか、平日、山野が所謂、不玄の玄、不妙の妙、果して自得する有らん。蓋し入 徳の要門を開くに於て、此の外、更に撥転す可き者無し。
(『禅海一瀾』 今北洪川 著 より )
|
全体表示
[ リスト ]


