平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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柳田國男の山人考

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山人考 七 5

 それをまた他の方面から立証するものは、山人の言語であります。彼らが物を言ったという例は、ほとんどないといってよいのであるが、平地人のいわゆる日本語は、たいていの場合には山人に理解せられます。ずいぶんと込み入った事柄でも、呑込んでその通りにしたというのは、すなわち片親の方からその知識が、だんだんに注入せられている結果かと思います。それでなければ米の飯をひどく欲しがりまた焚火を悦び、しばしば常人に対して好意とまではなくとも、じっと目送りしたりするほどの、平和な態度をとったという話が解せられず、ことに頼まれて人を助け、市に出て物を交易するというだけの変化の原因が想像しえられませぬ。多分は前代にあっても最初は同じ事情から、耕作の趣味を学んで一地に土着し、わずかずつ下流の人里と交通を試みているうちに、自他ともに差別の観念を忘失し、すなわち武陵桃源(陶淵明のいう平和な別天地)の発見とはなったのであろうと思います。
 これを要するに山人の絶滅とは、主として在来の生活の特色のなくなることでありました。そうして山人の特色とは何であったかというと、一つには肌の色の赤いこと、二つには丈高く、ことに手足の長いことなどが、昔話の中に今も伝説せられます。諸国に数多き大人(おおひと)の足跡の話は、話となって極端まで誇張せられ、加賀(石川県)ではあの国を三足であるいたという大足跡もありますが、もとは長髄彦(ながすねひこ)もしくは上州(群馬県)の八掬脛(やつかはぎ)ぐらいの、やや我々より大きいという話ではなかったかと思われます。北ヨーロッパでは昔話の小人というのが、先住異民族の記憶の断片と解せられていますが、日本はちょうどその反対で、現に東部の弘い地域にわたり、今もって山人のことを大人と呼んでいる例があるのです。
 私は他日この問題がいますこし綿密に学界から注意せられて、単に人類学上の新資料を供与するに止らず、日本人の文明史において、まだいかにしても説明しえない多くの事蹟がこの方面から次第に分ってくることを切望いたします。ことに我々の血の中に、若干の荒い山人の血を混じているかも知れぬということは、我々にとってじつに無限の興味であります。                     
                                     了              
 
(『山人考』  柳田國男 著 より )

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