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平成二十三年の一言
厳冬のみぎりと書き出そうとしたら、暖かくなってきた。
今日は、動き出す日なので、書初めをしてみた。
相変わらず日本は厳しいので、今年の一言は『堅忍不抜』となった・・・。
『堅忍不抜』とは、かたくこらえしのんで心を動かさないことである。
一字一句を見てみると、堅忍という覚悟は固いが、心を抜かないという部分が弱い。まあ、吾輩の心はボロボロだから、弱いのは仕方が無い。良い知恵があってこそ、不抜ということが生きてくる。吾輩には良知がまだない・・・。
身体又は生活の方はどうも堅忍であるが、心の方はその堅忍さにためらって、気がひけてしまって縮こまっている状態である。不抜ではあるけれども気楽ではある。
『堅忍持久』のほうがよかったが、心の動きを重視するために、『堅忍不抜』になった。昔の日本人は、ここまで自分を追い込んだのかと感心する。しかし、良知と気楽さというものが備わって初めて『堅忍不抜』の域に達するのである。
孔子は一方では一貫を説きながら、又一方では臨機応変を説くようなところがある。
心に刃をあてることには自信にあふれているが、心はボロボロである。
21世紀では、社会がよくなりすぎて、人間のボロボロさが際立つようになっている。昔と比べたら、決して悪い世の中ではなく、かえって恵まれているのだけど、齢を重ねるごとに人間は病老死に近づくわけだから、心は満たされないのである。そこで、この『堅忍不抜』の精神を胸に刻む。不抜ということは、世の中のきらびやかさに、心を動かされないということだ。この境地に達したときに、はじめて幸福になるというか、成功するというか・・・。ま、満たされるんです。
霧山人
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明けましておめでとうございます。
お言葉如何にも納得でございます。「堅忍不抜」ポチでございます^^
2011/1/2(日) 午後 9:24 [ f u k o ]
ポチ、ありがとうございます。
満たされるということが、憂えずということ。
2011/1/2(日) 午後 10:01 [ 霧山人 ]