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私と杉原夕子は、M観光ホテルにいた。もちろん、別々の部屋である。
私は夕子の部屋に来ていて、夕子の描いた絵を眺めていた。
「君の絵は、小野彦三郎の描く絵に似ているよ。」
「ええ、彼の絵は、何回か見たことがあるの。でも、好きな絵は、佐伯祐三の描いた絵が好き。色彩がきらびやかなの。」
御池を描いた絵を手にとっていると、なんだかよくわかるような気がした。
「あのうらぶれた町並みをあれほどに、あでやかに描き出すことは、なかなかできないと思うよ。しかし、我々の達成しなければならないことでもある。まあ、冬月だったら、山内多門を好みそうだ。」
「そうね。美術というものは、写真と違って、真実を美化するということ。どんなに悲惨な状況でも、美化し続けねばならないわ。」
夕子は何かをフランスで学んで帰ってきていた。私は、デカダンにとらわれた小説家に成り果てようとするところを、彼女に救われた気がした。
「宮田重雄を知っているかね。」
「いいえ。知らないわ。」
私は持っていた絵を、テーブルにおいて、夕子を見た。
「彼は、佐伯祐三の友人だった。パリのパスツール研究所に留学しているとき、彼の死の間際に会っている。医者で画家であるよ。」
私は、頭の中に冬月を思っていた。夕子は女の勘なのか目をふせた。冬月が結婚に踏み切らない何かがある予感がした。
夕子は、冬月が研究所で研究をやり始めたころに、国展で特選を二回取っていた。
一方、冬月は相変わらず霧山人師匠のいる雲霧館において、土をこねていた。まだ、轆轤には触れさせてもらえていない。冬月は、頭の中で、何やら考え事をする癖があって、それが取れないことには轆轤を回させてくれないのだろう。いわゆる、無我の境地というやつに到達しなければならないようだ。しかし、冬月は今までかかえてしまったさまざまな技芸や約束なんかに縛られて、頭を空にすることができないでいた。だが、料理のことを考えたり、食材のことを考えたり、その成分のことを考えたり、その効能を考えたりすることをむしろ楽しみにしていた。師匠は、それを看破するからこそ、先に進めてくれないようだった。
冬月は、火傷をしたり、監禁されたりしているうちに、自分の存在の無力さを思い知らされていた。それが夕子との結婚を促進させるような心理を生み出させるようにも思えた。また、男心として、自分の死に恐怖して、子供が欲しいという気持ちが湧き起こるには十分な出来事であった。しかし、そんな出来心で結婚をしてもよいのかという戸惑いもあるのも確実だった。師匠は、その心を見透いているのか、ずっと土をこねさせ続ける。これは、真実の愛を貫徹させるための修行なのだろうか。冬月の心が無になり辿り着いたところに、夕子との結婚の障害となっている何者かがわかる。ときどき、ふと空になることがあって、ぼやけた存在が浮かぶこともあるが、雑然となって消えてしまうのだった。そういうわけで、毎日毎日、土をこねる生活が続いていくのであった。そのうちに、心のもやもやは何なのかがわかるにちがいあるまい。そして、土をこねるということが何かがわかる日が来るだろう。美の裏には、醜が潜むし根付くということを忘れてはならない。これが現代文明の根源に流れる問題であるのだ。
つづく
※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。
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小説・霧山幻想2
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やっぱりこの小説の続きは書かないほうがよかったのかな?
ドドドドーン。噴煙は止まらない。
2011/1/27(木) 午後 9:03 [ 霧山人 ]
轆轤(ろくろ)は、陶芸のときに器を丸くする。
都城では、新燃岳の火山灰をつかって、陶器を製作しているようだ。お見知りおきを。
2011/2/22(火) 午後 3:11 [ ECO暦5年 ]