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ブログの容量を超えた可能性があるので、引越し中。
2GBの壁をやっと超えることができました。ふつうは訪問者のおかげで達成するようだけど、記事数や長い文章・写真で達成です。
コンピューターに人間は負けないということがわかった。2×1024×1024×1024B(バイト)ということだ。B→KB→MB→GBとくる。
2147483648バイト。21億4748万3648バイト。でも、日本の国債発行額よりかなり少ないけど・・・。
ま、いちブログ制覇です。
この作品は第一部、完というところです。
霧山人
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子曰く、「我に陳蔡に従ふ者は皆 門に及ばず。」
徳行には顔淵・閔子鶱 冉伯牛・仲弓。言語には宰我・子貢。
政事には冉有・季路。文学には子游・子夏。
(『論語』 先進第十一 より )
晩年の孔子は言った。「わしに陳蔡の間に従って患難を共にした弟子たちは皆周公の道を達成することはできなかった。」
当時陳蔡に従った人々の中には徳行に長じた者には顔淵と閔子鶱と冉伯牛と仲弓とがあった。言語に長じた者には宰我と子貢とがあった。政事に長じた者には冉有と季路とがあった。文学に長じた者には子游と子夏とがあった。
徳行・・・道を覚り得て行為にあらわれること。
言語・・・言葉使いの巧みなこと。
政事・・・国家を治めることに達していること。
文学・・・詩・書・礼・楽等を学んで善くその意を言うこと。
後世、徳行・言語・政事・文学を孔門の四科といい、顔淵・閔子鶱・冉伯牛・仲弓・宰我・子貢・冉有・季路・子游・子夏を孔子の十哲というが、程子は、「四科は孔子に陳蔡に従った者だけであり、門人中の賢者は固(まこと)にこの十人に止まるのではない。曾子のごときは孔子の道を伝えたけれども、この中に入っていないから、十哲というのは世俗の論であることがわかる」と言っている。
晩年の孔子は、周公の夢を見なくなったが、それはその志に燃えていた陳蔡の弟子たちがみんなその志を達成することができなかったからだろう。ここには、子路が入っていないから、子路は勇のみで知が足りなかったことがわかる。
まあ、孔子は周公の志を達することができなかったが、しかし彼らの生き様は後世に多大な影響を与え続けたのだった。彼らはみんな死してしまったが、彼らの志は、滅びなかったのだ。曾子が孔子の道を伝えることができたのは、曾子が晩成であり、親孝行によってその身を傷つけないようにしてきたからであろう。曾子が実行できたことは、身を修め、家をととのえることまでであったのだろう。
霧山人
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SF的には、えびの演習場での何かが噴火の異変を引き起こした。
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SF的には、超音波(ヘリとか)が地盤を破壊して、マグマが上がった。
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地理院の推測地を参考にすると、栗野岳の地下にマグマの供給源があるようだ。
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