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豊臣秀吉は源氏でなかったから、征夷大将軍になれなかった。今の民主主義の世の中ならば、当に征夷大将軍になっていたはずだ。これが封建制の駄目なところだ。まあしかし、今は民主主義の世だから、身分は関係ないはずなんだが。清正公の家来と申したが、家紋は小泉首相と同じ違い鷹、菊池氏に関係か、阿蘇に関係か、よくわからない。うちは、武士だったり、坊さんだったり、町人だったり、農民だったり、軍人だったり、いろいろ点々としていたのかもしれませんね。 |
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2005年05月21日
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一体、日本人はどんな考え方をしてきたのか。というわけで、小林秀雄全集を読んでまいりましたが、やっと目的の本居宣長まで到達できました。これで、なんとか、日本人観がつかめるぞ。神仏儒という混淆の果てにたどり着いた江戸の日本人とは。進みがたい道ではあるが、よっこらしょっと、行こうかな。 |
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料理のレシピがあれば、何でもつくることができる。これが料理人の基本である。料理は実験と同じようなものだ。しかし、危険な薬品はつかわない。すべて、口に入れても大丈夫なものばかりを混ぜる。だから、不老不死の薬というものは、結局のところ、日々の食事からつながってくる。いくら、不老不死の薬があったとしても、日々の食事が偏っていたならば、何にもならない。それほど、食とは大事なものだ。食材の性質を見極めて、生焼けでも駄目、焦げ付いても駄目、というような微妙なタイミングで仕上げていくのだ。肉ならば、アミノ酸の分子が流れ出てくるような感覚がイメージできればよい。野菜ならば、野菜の細胞が破れて、中の栄養分が染み出てくる。しかし、栄養分が壊れない程度の熱加減で、そのスープの出具合を決めなければならない。まあ、そんな感覚で料理をつくる。だから、あんまり、レシピのことは考えない。レシピが知りたいなら、次のサイトへ飛ぶが良い。 |
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朝鮮南部には倭の領域があったと思います。しかし、現在のような国境があるような認識はなかったに違いありません。ただ、そこに倭人と称する人々が村を点々と営んでいたのでしょう。そして、その村々の点を線で結んだものが国だと考えます。だから、韓人は、倭寇が攻めてくると、津波が来たときのように、山に逃げ込みました。この反応は、朝鮮の役のときと同じです。うちの先祖は清正公の家来ではなかったかと、想像しています。つまり、豊臣方です。秀吉は、瓢箪を旗印としていましたので、倭人の伝説を知っていたのではないでしょうか。だから、死期が近づくにつれて、朝鮮あるいは明にこだわった。この朝鮮の役で、日本軍はあっという間に平壌まで到達しています。ここでも、中国人のあくどさと小西のずるがしさで、先に進むことができませんでした。また、昔、倭人が住んでいたといっても、すでにそこが倭人の領地であるわけがありませんでした。朝鮮では、朝鮮の時間が過ぎていたのです。これと同じことを、韓国併合や大陸進出のときにやりました。侵略してもいいという根拠として、過去の歴史をもちだすことは、現代人の思考ではナンセンスです。中共が歴史認識をもちだすのとどっこいどっこいです。でも、当時は現在と歴史は同等に扱っていたようです。その例として、薩摩武士は、関が原を明治になっても、根に持っていましたし、老人が「平家物語」を語るとき、自分があたかもその時代に生きていた感慨で語るようなところがありました。それが年齢500歳とかいう根拠になったりしました。やっぱり、合理的思考ができたのは、明治になってからでしょう。 |
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料理のことを考えていると、美味ということと、うまいということとは別であることがわかる。美味なものばかり食うと、糖尿病になったりする。美味は味わい、つまり精神的な問題であり、うまさということは、体の欲しているもの、つまり栄養素のバランスの良いことをいうのではないか。労働の後の食事のうまさは、決して美味ではない。肉体の欲する要求である。これは、質実剛健と華美秀麗との問題である。武士と貴族の気質の違いでもある。美味ではなく、うまさを追求することは、医食同源と同じ心である。料理の心とは、体の欲することに対する要求に答えるということではないか。素材そのままを感じる。または、料理そのままを感じる。まずさを感じる。まずさを知ることが、おいしさを知ることにつながる。まずきをたずねて、おいしきを知る。まずくても、食いなされ。これが霧山人流の身体を労わる料理術である。良薬は口に苦しともいう。だからといって、美味を疎かにするというわけではない。まずさばかりでは、うんざりするであろうから、ときどきは、美味も提供する。これが、美味さを絶品にするための極意である。粗食ばかり食べておるうちに、美食を求める気持ちが高まる。空腹時の食事がうまいのと同様に、粗食の中の美食というものの有り難さ、これが美味最上のあり方なのだ。美食ばかり食っていたとしても、飽食の憂き目に遭うだけだ。食に飽きることほど、死んだ人生はない。 |





