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全体の境遇はもって一部の境遇を支配せざるべからず。全面の大勢をもって一局の大勢を支配せざるべからず。しからばすなわちわが日本特別の境遇と大勢とはまたいずくんぞ世界一般の境遇と大勢とによりて支配せらるるものなることを疑わんや。
読者はすでに記憶せらるべし。今日の世界の境遇は実に平民主義の大勢なることを。すでにしからば吾人はただこの事実よりしてただちにわが日本の将来は商業国となるべし、また商業国とならざるべからずと断言することを得べきやもとより論をまたず。しかりといえどもかのゲルマンのごとき、露国のごときはその国に固有する一種特別の事情あるがために容易に全体の大勢に従い、全体の境遇に入り全体と協同一致の運動をなすべからざるがごときの観なしとせず。おもうにわが日本においてははたしてこれらの事情あらざるや、否や。これ吾人がわが邦の境遇を観察するにさきだち、思考を労せざるべからざるの点なりとす。
およそ今日の大勢に抗し武備をもって一国の生活を維持するものは必ず過去のやむべからざる事情あるがゆえなり。しかしてその事情においてもっとも重なるものは、〔第一〕内部の結合薄弱にしていまだ強迫の威力を仮ざるべからざるもの存すればなり。
けだし内部の結合薄弱にしてややもすれば分裂の傾向を生ずるゆえんのものその原因一にして足らず。あるいは人種を異にしてその性情行径においておのずから氷炭相容れざるものあり。あるいはその腕力をもって征服せられたるにもかかわらず、そのかつて独立国たりし遺風を存し、その国体の記憶を有し、恥を包み愧を忍ぶといえどもその心中報復の念いまだ一日も去るあたわず。ために征服者をして一日も去るあたわず。ためあらざれば高枕安臥するあたわざるものなり。あるいは宗教・言語・風俗の相撞着するよりして、あるいはその国家の面積あまりに広漠に過ぎ、政治家の手中において随意の結合を頼んでこれを維持するあたわず。ややもすれば分解せんとするの勢いあるがために、またあるいはその政府なるもの、人民を、すなわち人民の実例実利を代表するあたわず。これがために風声鶴唳その位置の危険なるに恐れ、ためにやむをえず武力を仮りて国を維持せざるべからざるの苦策を行なうことあり。
(『将来の日本』 徳富蘇峰 第十一回 天然の商業国 (第三 わが邦 特別の境遇より論ず)より)
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