平成17年4月6日から平成23年9月6日までのブログ

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村の復興

 翁はこう言われた。村里の衰えを復興するためには、財を投じなければ人々が動かない。その財を投ずるには投じ方がある。それを受ける者が恩に感じるようでなければ益がないものだ。天下は広いから善人は少なくないが、悪習を洗いおとし、廃村を復興することができないのは、いずれもその方法が間違っているからである。すべて、村の長となっている者や、事業の中心になる者は、必ずその村の富者である。たとえその人が善人で、よく仕事をするとしても、自然、驕奢(思い上がった贅沢)な生活をしているから、恩を受ける者は恩とも思わず、ただその奢侈(贅沢)をうらやんで、自分の驕奢を止めず、分限(自分の身の程)を忘れるという過失を改めないから、益がないのだ。
 そこで村の長となろうという者は、謙虚で誇らず、倹約で奢らず、慎んで分限を守り、余財は人に譲って、村の害を除き、村益を起こし、窮乏を救えば、村人はその誠意に感じて、驕奢を欲する心も、富貴をうらやむ思いも、救済や減税を欲する気持も、ことごとく消えて、勤労も嫌わず、粗衣・粗食を嫌わず、分限を越す過ちを恥じ、分限内で生活することを楽しみとする。こうなれば、すたれた村を興し、悪習を一洗することができるものだ。

(『日本の名著26 二宮尊徳』 責任編集 児玉幸多 二二四 奢を禁ず より)

伝国の辞

伝国の辞(でんこくのじ)とは、鷹山が次期藩主・治広に家督を譲る際に申し渡した3条からなる藩主としての心得である。

内容は下記の通り。

一、国家は先祖より子孫へ伝候国家にして我私すべき物にはこれ無く候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれ無く候
一、国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候
右三条御遺念有るまじく候事

伝国の辞は、上杉家の明治の版籍奉還に至るまで、代々の家督相続時に相続者に家訓として伝承された。

一.国家は先祖から子孫へと伝えるのものだ。国家において私は私物化するものは一つもない。
一.人民は国家に属している人民であって、私は私物化することは一つもない。
一.国家人民のために立っている政治家であって、政治家のために立っている国家や人民は一つもない。

 こういうことを江戸時代の人が言っているのだ。フランス革命の時期に一致する。つまり、洋学の思想が入ってきていたようだ。

                              中村為彦

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