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日本の農業・林業・漁業・畜産業を守るのが農林水産大臣の仕事だ。
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2010年07月10日
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堕落か成功か、其様な屑々な評価は如何でも構わぬ。儂は告白する、儂は自然がヨリ好きだが、人間は嫌ではない。儂はヨリ多く田舎を好むが、都会を捨てることは出来ぬ。儂は一切が好きである。儂が住居は武蔵野の一隅にある。平生読むだり書いたりする廊下の窓からは甲斐東部の山脈が正面に見える。三年前建てた書院からは、東京の煙が望まれる。一方に山の雪を望み、一方に都の煙を眺むる儂の住居は、即ち都の味と田舎の趣とを両手に握らんとする儂の立場と欲望を示して居るとも云へる。斯欲望が何処まで衝突なく遂げ得らるるかは、疑問である。此両趣味の結婚は何ものを生み出したか、若くは生み出すか、其れも疑問である。唯儂一個人としては、六年の田舎住居の後、いささか獲たものは、土に対する執着の意味をやや解しはじめた事である。儂は他郷から此村に入って、唯六年を過ごしたに過ぎないが、それでも吾が樹木を植ゑ、吾が種を蒔き、我が家を建て、吾が汗を滴らし、吾不浄を培ひ、而してたまたま死んだ吾家の犬、猫、鶏、の幾頭幾羽を葬った一町にも足らぬ土が、今は儂にとりて着物の如く、寧皮膚の如く、居れば安く、離るれば苦しく、之を失ふ場合を想像するに堪へぬ程愛着を生じて来た。己を以て人を推せば、先祖代々土の人たる農其人の土に対する感情も、其一端を覗うことが出来る。斯執着の意味を多少とも解し得る鍵を得たのは、田舎住居の御蔭である。
『みみずのたはごと』 徳富蘆花 より )
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レベルの高いところに常識を合せるか、レベルの低いところに常識を合せる
かで、社会の住みやすさは大分変わる。
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