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夕子がフランスへ旅立ってから、すでに二年もの歳月が経とうとしていた。冬月は精神の治療を終えていた。冬月の左手の火傷はほぼ完治しつつあり、元の生活に戻るかに見えた。だが、どういうわけか、冬月は料理をつくることができなくなってしまっていた。それは、夕子がいなくなってしまった哀しさがそうさせたのだろうか。冬月は黙々と土を捏ねていた。何事もなかったかのように、延々と土を捏ねていた。冬月は、霧山の奥深くにある雲霧館にやってきて、其処に棲む師匠の霧山人の許で陶芸の修行を続けているのだった。料理のできなくなった冬月にはもってこいの作業だった。心の傷を癒すかのごとく、冬月は延々と土を練り続ける。夕子を忘れるために作業を繰り返していた。轆轤を廻す霧山人は、遥か遠く、冬月を見下ろすかの如く、そこにどっしりと坐っていた。冬月は、その道に入り込んで、実に久しい。その時刻は悠久の自然に溶け込んでいくに相応しい流れを醸していた。夕子を棄てきることは、世俗を棄てるに均しい。その覚悟というか、諦念というか、そういったものが混ざり合った心境は、靄のかかった脳裏の虚ろさとなって、冬月を苦しめていた。悟りというには早過ぎるし、心療といえば俗に過ぎる。ただ、師匠の一声に冬月の作業は制御されているのだった。
一方、霧山の下界にある宮崎では口蹄疫が発生して、魔界の様相が生み出されていた。その幻魔ともいう状況は、政治・経済・社会を混乱の渦中に巻き込んでいた。せっかく、綾の叔父さんが頑張って、商品開発やPR作戦をして盛り上げていたものが、水泡に帰しつつあった。その一報は、もちろんフランスに滞在する私の元にも届けられたのだった。私はお花の栽培に夢中だった杉原夕子のいる場所に走っていって、その旨を伝えた。
「宮崎県が大変なことになった。口蹄疫というウィルスが県下に広がって、非常事態が宣言されたみたいだ。」
夕子は、赤い花を根元から摘み取りながら、
「どういうこと?」とつぶやいた。
「口蹄疫というものは、牛や豚に感染するウィルスで、感染を防ぐために殺処分をしなけりゃいけないんだ。十年前は、何百頭で終結したみたいだが、今回はすでに二十万頭を上回ってしまった。しかも、発生した区域には宮崎牛という高級ブランドの種牛がいるみたいなんだ。」
「それって、県にとっては大打撃ね。」
「いや、県どころか、国家の畜産界における大惨事だよ。しかも、県内にやってくる観光客の減少も招いている。」
私と夕子は、フランスでの企画を中止して、宮崎に帰ることにした。私は、もちろん原稿の締め切りをかかえたままで、夕子にしても展覧会に出展するはずの絵画数十点を描いているだけだった。つまり、我々には如何なる手段も残されていなかったのだ。二年にも渡る仏渡航は、まあ政治家の外遊と同じようなもので、地元に対して恩恵を与えるような成果があるかはわからなかった。では、冬月はどうか?何者かに拘束されて以来、師匠の田山霧山人のもとで、何やら修行をしているようであるのだが、それは霧山の奥深くのことなので、全く連絡がつかない。一体、冬月は元気なのだろうか?そして、宮崎の行末を案じるのだった。
※この作品は、作者の虚構に基づく完全なフィクションであり、登場する団体、職名、氏名その他において、万一符号するものがあっても、創作上の偶然であることをお断りしておきます。
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2010年07月19日
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貨幣(お金)を財宝だと思っていると、不景気になる。
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日本は、決定した政策をどのようにして社会に及ぼしていくのかという手段を
なくしてしまった。
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日本では、何が最善の政策であるのかを決定する方法が確立されていない。
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