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ここまで掘り下げないと、侍とか、幸田露伴という人間は理解できない。
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2010年10月24日
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子曰く、過って改めざる、是を過ちと謂ふ。
(『論語』 衛霊公第十五 より )
人は過ちがあったならば急いで改めなければならぬ。
過って改めなければ無心の過失が反って有心の罪悪となる。
これを真の過ちと謂うのである。
人に過ちを改めることをすすめたのである。
人は過ちのあることを免れない。故に君子は過ちを改めることのできないのを患うるのである。
日本語が分かる者であれば、ここに西洋と東洋の区別はないことがわかる。
日本語は、神・佛・儒の言葉によって、現実を理解しよう努めた歴史があるので、それらを取り払うとただの獣になってしまうのだ。
これは文明開化後の大問題であり、今でも東洋とか西洋とかの区別をしてどちらかを排斥しようとすると、日本人の本能を抑えているストッパーが外れて暴走する恐れがでてくるのである。だから、このような語を排斥することは愚かなことである。東洋の語と西洋の語を翻訳する事が望ましい。
吾輩は、この雰囲気およびイメージのために、現状のような形態を維持しているにすぎない。
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日本語の成立において、利益以外で、人間関係を宥和する用語は宗教から得ていたので、政教分離にすれば喧嘩が絶えなくなる。
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子曰く、人能く道を弘む。道の人を弘むるに非ず。
(『論語』 衛霊公第十五 より )
人づきあい以外に道はなく、道を見つける以外に人にはなれない。
人とは自分の道を見きわめたものである。人種・ホモ・サピエンスのヒトではない。
だから、人とは悟る心があり、道は自ら何もするものではない。
故に人は自分の道をいろいろな人に伝えて広めることはできるが、非道は人を広めることだ。つまり、物欲の世では、人間を増やしすぎると災いが生じるから、なるべく質素倹約にして多くの人を養えるようにしましょうということだ。
ちょっとした慈悲的な解釈でもある。仁愛による解釈でもある。
人に道を覚ることを責めたのである。つまり、人間本位ではない道というものの存在(自然環境)を表わしている。人力では制御できない自然の脅威というものが存在する。自然環境がたくさんの人を養えないということを防ぐためには、たくさんの人間が住めるために、自然環境を確保しなければならない。
朱子は人が能く道を弘めることを説いて、「道は扇のごとく、人は手のごときものである。手は能く扇を動かすが、扇はどうして手を揺かすことができよう。」と曰っている。
『旧約聖書』もだが、『論語』も『仏典』も紀元前の書物であるから、どうしても科学的にその時代のニュアンスを汲み取ろうとすれば、人間性が欠如して、獣臭い解釈になっていくので気をつけたいところである。これは戦前の書物の事柄にも当てはまるので注意を要したい。
道というものの解釈も時代によって進化しているのだ。
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宮本武蔵という人は、大層な人物であったらしい。
剣法に熟達しておったことは、もちろんの話だが、それのみならず、書画にも堪能であったとみえて、書いたものの中に神品ともいうべきものがたくさんある。この人は、仇があったので、初めは決して膝から両刀を離さなかったが、一旦豁然として大悟するところがあって、人間は、決して他人に殺されるものでない、という信念ができ、それからというものは、まるでこれまでの警戒を解いて、いつも丸腰でいたそうだ。
ところが或る時、武蔵が例のとおり無腰(まるごし)で、庭先の涼み台に腰をかけて、団扇(うちわ)であおぎながら、余念もなく夏の夜の景色にみとれていたのを、一人の弟子が、先生を試そうと思って、いきなり短刀を抜いて涼み台の上へ飛び上った。武蔵は「 アッ 」といってたちまち飛びのくと同時に、涼み台にしいてあった筵(むしろ)の端をつかまえて引っ張った。すると、そのはずみに、弟子は涼み台からまっさかさまに倒れ落ちたのを、見向きもせずに平然として、「 何をするか 」と一言いったばかりであったそうだ。
人間もこの極意に達したら、どんな場合に出会うても大丈夫なものさ。
(『氷川清話』 古今の人物論 勝海舟・言 吉本襄・編 より )
本当に強い人間は、武器すら持たないものだ。
戦争を鼓舞するような人間は、真先に戦場に赴かずに、他人を戦場に駆り立てるだけの弱虫であろう。戦争を鼓舞するような女・子供はたちが悪い。
それは、自分が戦場に行くことを前提としていないからだ。
そういう人物には、敬礼して、「 いってらっしゃいませ 」とのみ、
言うだけだ。
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